最終話 四月十九日

「ねぇゴウくん、似合う~?」


 カーテンの奥から出てきたあきらさん・・・・・は、純白のドレスをまとっていた。

 お尻のあたりまでは身体の線を際立たせるようなタイトなデザインだけど、膝下から裾に向かってふんわりと布が広がっている。


「新婦様は大変スレンダーでいらっしゃいますから、マーメイドラインのドレスがよ~くお似合いになりますねぇ」


 式場スタッフのおねーさんも、心なしかうっとりとしているようだった。

 おっしゃる通り、モデル体型のあきらさんは、なにを着てもさまになるのだ! まったく鼻高々だぜ!


「どうかな、これ」


 えへへと笑うあきらさんがあまりに魅力的で、俺はなんとなしに頬のあたりを搔いていた。


「ええと……すごく似合ってるよ」

「この前着たやつとどっちがいいかなぁ?」


 かわいらしく小首をかしげるあきらさん。

 正直、『美しいあなたにはなんでも似合うから、どっちでもいいよ』と言いたい気分だけれど、俺は骨身にしみてわかっている。女性に対して、『なんでもいい』は禁句だと。


 かつて二人で弁当箱を選んだときはそれを回避できたけれど、デートの最中は何度もそれをやらかして、そのたびに機嫌を損ねたっけ。


「ええと……あきらさん……俺の率直な意見、言ってもいいのかな?」

「うん、もちろん!」

「そのドレスもあきらさんのスタイルのよさが際立っていいんだけど。俺としては、この前試着したふわ~っとしたドレスの方が好きだな。なんか、映画とかに出てくる『お姫様』って感じがして、すげーかわいかった」

「プリンセスラインのやつだね」

「あと、肩は出してもいいけど、背中はあんまり見せちゃダメ。セクシーすぎるから……」


 あきらさんのスベスベの背中を知る男は、古今東西ここんとうざい俺だけで十分だ!

 しかし、口出ししすぎて怒られるかなぁと戦々恐々としたけれど、あきらさんはキラキラと瞳を輝かせ、至極満足そうな笑みを浮かべた。


「うん、ゴウくんの言う通りにする!」


 と、スタッフのおねーさんと試着室の中へ引っ込んでいった。今着ているドレスを脱いで、俺がリクエストした通りのものを選び直すためだろう。 

 

***


 ドレスの試着が終わったあとは、式場近くのカフェに移動して午後のティータイム。

 互いにブラックコーヒーを飲みながら、一つのショートケーキをシェアする。


「ごめんねゴウくん……。パパが、『お金は出すから料理のグレードを一番いいやつにしなさい』って……」


 イチゴを頬張りながら、あきらさんが申し訳なさそうに言った。


「そ、そっかー……。まぁ、言われたとおりにしておこうか……」


 俺は苦笑しながら答える。

 当初の見積もりを見たときは、『結婚式ってこんな安くできるんだぁ、いけるいける~♪』と浮かれ気分だったが、今や金額はその三倍くらいに膨れ上がっている。

 この分だと、最終的にはン百万コースですな……。


 本当なら、あきらさんと俺の稼ぎに見合った規模の式を挙げるつもりだったんだけど。

 どうやら結婚っていうのは、本人たちだけの問題じゃなく、家と家の問題でもあるらしい。

 そして結婚式とは、自分たちのためにやるものではなく、ゲストのことを第一に考えてやるものらしい。


 ゆえに、両家両親の意見をふんだんに取り入れていたら、金額がどんどん膨らんでしまっていた。


 親戚連中にひそひそとダメ出しされるのもしゃくに障るし、金を出してくれる、っていうなら甘えさせてもらえばいいんだろうけれど。

 でも、あれこれ口出しされると、なんだか嫌になる。


 でも、俺は強く決心している。お世話になった人たちのため、俺たちを結びつけてくれた人たちのために、この式を素晴らしいものにしようって。


 俺を信じてくれた母ちゃん、先輩のお母さん。

 そして、俺に料理を教えてくれたばあちゃんのため。


「そういえばあきらさん、結婚指輪は来週できるんだっけ?」

「うん、そうだよ。引き取りのついでに家具も見に行こ」


 結婚式……指輪に、家具……。ああ、俺たちの結婚準備は、恐ろしいくらいに順調に進んでいるんだなぁ。

 恐怖を感じつつも、俺の口元には幸福感からくる笑みが浮かんでいた。


「あきらさんと結婚できるなんて、高一のときの俺が知ったら、どんなつらするだろうなー。泡吹いてひっくり返るかも」


 無意味な妄想をしながらますます笑みを深くすると、カップをソーサーに置いたあきらさんがけろりとした様子で言った。


「そうかなぁ? 高三のわたしはべつに驚かないかも」

「えっ、そうなの?」

「ゴウくんと一緒にいるとなんかしっくり来てたし。年下と思えないほどしっかりしてるなぁってずっと尊敬してたし。『あ、やっぱりそうなんだ』って言いそう」


 と、最後の一口になってしまったショートケーキを名残惜なごりおしそうに眺めつつ、俺へと差し出してきた。俺が首を横に振ると、喜々としてフォークですくい、口へと運ぶ。


 本音を言えば、その一口は俺が食べたかった。でも、ニヤニヤと緩みそうになる口元を引き締めるのに必死で、それどころじゃなかった。


 ああ、あきらさんはそんな昔から、俺との未来を想像してくれていたんだ。料理を作るしか能のない、二歳も年下の俺とのことを。九年越しに判明した新事実に、胸のときめきが止まらない……。


「と、ところで、入籍日って俺の希望通りで本当にいいの? 式よりも前になっちゃうけど……」


 おずおずと尋ねると、あきらさんは一切迷うことなくうなずいた。


「もちろん。四月十九日でいいんだよね?」

「うん、そう」

「二人が初めて出会った日……かぁ。ゴウくん、よく覚えてたね」


 くすりと笑われたけれど、俺は大真面目だ。

 だって、あの日に俺の運命が変わったんだから。


「あきらさんが、俺の卵焼きを食べてくれた日だよ。ツナ入りの卵焼きを『いいね』って言ってくれた日」


 照れながら告げると、あきらさんはまたくすりと笑う。


「……『サラダ記念日』ならぬ、『入籍記念日』かぁ」

「え?」

「知らない? 俵万智たわらまち。国語でやったでしょ?」

「聞いたことはあるような……ちょっと検索してみる」


 ポケットからスマホを取り出したとき、あきらさんが上目づかいで俺を見ていることに気付いた。


「あーあ、当時のことを思い出したら食べたくなっちゃったぁ~。ツナ入りの卵焼き」


 九年前には到底聞けなかった、甘ったれた声。最愛の女性からのおねだりに、俺はいそいそとスマホをしまい込む。


「じゃ、今から俺んち来る?」

「うん、行く!」


 席を立ち、店を出て指を絡める。

 歩幅を合わせて、同じ方向へと歩く。


 見つめるのは、同じ未来。

 食べるのは、同じ料理。



〈了〉





------

あとがき

5話と74話と最終話で、「サラダ記念日」ならぬ「卵焼き記念日・入籍記念日」と相成りました。

これにて当作品は完結となります。


もしよろしければ、コメントや☆評価の痕跡を残していっていただけると、作者にとってかけがえのない宝物になります。


「カクヨム」ユーザーの皆様、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。皆様が残してくださったコメントやいいね等が完結までの大きなモチベーションに繋がりました。

重ねてお礼申し上げます。

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美人生徒会長は、俺の料理の虜(とりこ)です!~ぼっちで昼飯食べてたら生徒会室に連行されました。以後、二人きりの美味しい関係が始まります~ root-M @root-m

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