元ヒロインと傍観者

杜咲凜

元ヒロインと傍観者

 ここは帝光学園。


 国内有数のお金もちの学校で、学校にいる人間の総数は数万人規模になる。


 幼稚舎から大学までの施設をもち、病院から製薬会社、商社、金融、観光、娯楽など系列会社は多岐に渡る。


 国内を支配するといってもいいこの学園は、一部の人間によって支配されていると言っても過言ではない。


 学園を組織し施設にばくだいな費用を投資している人間には、特別に『プレジール』という組織に入ることが許可される。


 そのプレジールの中において、幼稚舎から在籍し大きな勢力のトップに君臨するもの達が数名いる。


 男のトップは行く末は、企業のトップや総理大臣候補。女のトップも同様であろう。




*****


 帝光学園の社会科教諭・灰田学は、人が少ない職員室で進路にむけての書類を作成していた。

 今見ている進路指導の書類は、高校三年生であり指定校推薦でみごと難関大学への切符を手に入れた女子学生のものだ。


 彼女は文武両道で、優しく、まさに優等生。ただ実家が貧乏である。帝光学園では、広く優秀な生徒を募っていて、経済的に困窮している生徒も特別特待生として入学できるのだ。

 待遇はとてもいい。入学のときの審査が厳しいものであるので、成績はもちろんであるが、将来性も加味される。選ばれた人間だけが特別特待生になれるのだ。


 彼女はさらに特技もあった。両親が多国籍な出身なため、語学がいくつもの堪能であった。将来的には活躍できる人材として、すでに企業に声をかけられているらしい。今年のヒロインはまさに彼女だ。


 学は、この帝光学園に赴任してきて10年。三年に一人くらいのペースで圧倒的ヒロインが現れる法則を見つけてしまった。


 歴史がもともと好きであるから、毎年起こるイベントに法則性を感じる癖があるのかもしれない。主人公になれる人物を見つけると、なんとなくわかる。この学園は不思議なもので、まるで小説のような展開が突然起こることがある。


 圧倒的ヒロイン・ヒーローの登場が一番わかりやすい。年に一回選ばれる、ミス帝光&ミスター帝光である確率が高く、文武両道であり、もれなく美形が多い。しかし中には平凡なのだけれど、イケメンお金持ちに好かれてバトルが勃発したりする突発系ヒロインも現れる。


 今年は、圧倒的な能力と才能でみんなの注目の彼女。

 学が昔、帝光学園に学生としていたころにもヒロインが存在した。


「御影 琴菜ミカゲ コトナ……」


 学は遠い昔の記憶を思い出す。御影琴菜は、学の帝光学園での生活には欠かせないものだった。

 なんせ、親友の好きなひとだったのだ。


*****



「鷹、おまえ……また“いいひと”になったって聞いたけど?」


「しょうがないんだ。彼女があいつを心配するから……」


「また、東堂寺に振り回されているのか。あいつ勝手なやつだよな……友達がよくいるなとは思うわ」


「東堂寺のことを悪くいうな」


 灰田学が帝光学園の三年生のころ、受験真っ最中であるのに、学の親友である片倉鷹はよく女の子の恋愛相談を引き受けていた。

 片倉は頭がよくて、家が金持ち。中学生のころから一緒のクラスでかれこれ6年の付き合いになるが、モテてモテて仕方がないやつだ。とてもいいやつで、みんなに平等であるから、女の子とそこそこ付き合いがあるが悪評もないのだ。


 しかし、そんな片倉鷹であっても、片思いの女性には形無しになってしまう。

その女性の名前は、御影 琴菜ミカゲコトナ。御影は高等部から特別特待生に選ばれ入学した生徒で、一般家庭ではあるものの、文武両道であり優秀な生徒である。

 ただ、御影は普通に美人という程度であり、モデルや芸能人と付き合いがある片倉の交友関係と比べると、そこまで際立ってはいない。


 さらに学には理解ができないことに、御影はプレジールに男ナンバー2である東堂寺に気に入られて、プレジールの生徒と交流をもつようになったという。そこでは東堂寺の取り巻き連中に嫉妬されて、いじめのようなものもあるらしいが、なぜか美形男子に好かれる御影はそのヒロイン力から親衛隊のようなものまであるらしい。


魔性的なヒロイン。学はそう感じ取っていた。


「東堂寺、親に彼女との付き合いを反対されて、進学は海外になるらしい。だから彼女も悩んでいるんだ」


「まあ、そうだろうな」


「きっと彼女の優しさや聡明さをわかれば、理解してくれると思うのに。東堂寺は親に反発して、家出をして行方がわからないらしい」


「家出って。どっかの別荘じゃないのか?」


 学の家は、一族公務員家系であり、先祖をたどると有名な武将がいたらしい。実家にいけば蔵には歴史好きにはたまらない家宝があるものの、維持をするのにそれなりに大変であり、土地持ちだけれどそこまで資産はない旧家である。

 一方、親友の片倉といえば、両親が有名な監督と女優であり、芸能界事務所をしていて親戚は大手出版会社を経営しているらしい。芸能やマスコミ系のプリンスといっていいだろう。


 片倉もプレジールに属しているほど上流階級の出身なのであるが、仕事に忙しい祖母に育てられたため大のおばあちゃんっこである。素朴な料理や生活にあこがれがあるらしいのだ。


「学、話を聞いているか?さいきん対応が雑になってきたような気がするが」


「気のせいだって」


 何度も同じような話を聞いて、かれこれ3年間ずっと答えのないことを繰り返しているのだ。学とすれば、早く彼女を東堂寺からうばってしまえばいいのにと思うばかりである。


 しかし、御影の前では片倉はヘタレになってしまうので、ここぞというときに“いいひと”になってしまい恋愛感情を伝えられないままになってしまうのだ。きっとこのまま“いいひと”で終わるに違いない。


「俺、塾だからそろそろ帰るわ。まあ、適当にがんばれよ」


 顔も要領もいい片倉は、難関私立大学の推薦入試で進路先を決めてしまっている。学は、歴史や文学に興味があり、読んだ本から気になっている教授がいる国立大学へと受験を決めている。

 勉強はそこまで不得意ではないが、大きなコネも財力もないので、たんたんと勉強をして一般試験を受けるのみだ。恋愛は自分の外の世界でがんばってくれとしか言えない。


 学にとっては物語のような劇的な展開も、外の世界のことなのである。あくまで自分の人生を優先するべきなのである、


 そうして、年が明けて、むかえて受験シーズン。結果的に大学も合格し、帝光学園を無事卒業できたのだ。


 片倉といえば、やはりというかカマセ役におさまり、卒業式で海外へ旅立つ東堂寺のもとへヒロインをおくるために奔走していた。卒業後、御影と東堂寺は遠距離恋愛を続けることになったという。


「あれだけ人を好きになれたよかったよ、灰田もいいひとを見つけろよ」


「鷹もな」


「まあ、俺のほうは困ってはないかな」


「大学に行ったら女子大とかと合コンしているって言っていたな。俺には無理そうだな」


 片倉の交友関係は派手で、都心から離れている大学に通っている学とは別世界に感じる。たまに週末になれば、学が一人暮らしをする部屋に遊びにきて、話をしたりすることもある。片倉が合コンする相手は、派手な子ばかりで一度参加したが、雰囲気になじめずにいた。結果的に親しい女の子もいない。

だが、学びたいことができる大学にいるためそれほど不満もない。


 そして平凡に大学生をしていて、就職をする時期に同窓会の案内がきたのだ。

 少人数で集まるらしく、たまたま時間があいていたので参加することになった。そして、まさかの出会いをすることになった。



*****


「御影さん、相変わらずモテるの?」


「え、モテてないよ」


 大学生になってまた一段ときれいになった御影。女子たち囲まれ、楽しそうに会話をしている。学もたまたま席が近くになってしまい、御影の大学生活の話を黙って聞くことになっていた。

 今回集まった生徒たちは、一般生徒が多く、学でも話しやすいメンバーであった。地味だが着実に学生生活を過ごし、このまま就職して社会人になるだろうメンバーであった。


 御影も就職を考えているらしく、いくつかの大手商社を受けたらしい。もともと優秀であるし、美人であるから就職も問題ないだろうと思われた。だが、彼女はときおりつらそうな顔をしていた。


「だって、東堂寺くんと付き合っているのでしょう?玉の輿だよね!東堂寺くんって大手の商社を経営しているんだよね。御影さんもだから商社に就職するのでしょう?」


「う、うん……」


シンデレラストーリーを地でいく御影と東堂寺の話は女子たちの興味をくすぐるものだ。だが同窓会に出れば、こうなることを予測できただろう。彼女も話したいに決まっていると学は考えていた。


「お酒のみたいな~」


 適当に相づちをうっていた御影は、度数の高いお酒をぐいぐい飲んでいた。そしてただただうなずくだけで自分の話は話さなかった。ただ周囲はそれでも勝手に妄想を膨らませるので楽しそうだ。

 学は御影の様子を気にかけていた。そして、まさかの事態になることを予想していなかったのだ。

 

******


「御影さん、そこはポストだよ。冷たいから離れたほうがいいって」


酔っ払いの世話ほどめんどうなものはない。あのあとすっかり酔っぱらった御影の世話をみることになってしまい、彼女を駅まで送っていくことになってしまったのだ。


 最初は黙っていて飲んでいた御影だが、だんだん愚痴っぽくなってきて、最後は泣き出してしまった。そして今、ポストに抱き着いて離れようとしない。


「もう、もう無理だってわかってる。だけど、初めて好きになった人だから……恋愛をどう終わらせるのかわからなくて……。まだ大丈夫かなって思ってるの」


「ちょっと、御影さんスカートまくれてる!!」


 東堂寺とは遠距離でなかなか連絡ができず、大学になればだんだん好きな気持ちだけでは関係を維持できなくなってきたという。高校生のときは、帝光学園という閉じた世界でのことだから、自分たちの世界はそこしかないと思っていた。

 だが、いざ社会の荒波にもまれれば世間を知るようになる。


「わたし、本当に普通の子なんだよ。ちょっと勉強が得意なだけで。高校のときは変にもてて自分でも怖かったんだよ!!どこの乙女ゲームなんだよってさあ!!」


「御影さん、声がでかい!周りに迷惑だって」


「金持ち怖い、もう平凡な生活がほしい。ただ好きな人と当たり前の生活がしたいだけなのに。なんで一緒にいられないの……」


 なきじゃくる御影をなだめながら、駅までのはずが家まで送ることになってしまった。結局盛大なリバースをやらかしてくれた御影。服が汚れてしまい、洗濯機を借りることになって、それでなんやかんやと家に泊まることになってしまった。


 断じて何もないが……、次の日に青ざめた御影の顔が面白かった。


 それから、数奇な運命が学には起こってしまう。御影とメッセージを交換して、恋愛相談を受けるようになった。だが学は友人の片倉とは違う。


『そんなに嫌ならやめればいいよ。疲れない?』


『まだ連絡待っているの?時間もったいないわ』


 女心一切無視の返答ばかりしていた。最初はひどいと言っていた御影だが、ちやほやされていたようで新鮮なようだった。返事が定期的にくる。


 そして週末になるとお酒をのむこともあった。


「なんで相談しちゃうんだろう。『時間の無駄』とか、『あほらしい』とかそんなのばかり返事がくるのに」


「失礼だな、全部じゃないだろう。東堂寺との関係だけがめんどくさいから適当に返事しているだけだ。同じ悩みばかり繰り返してこっちが疲れるだけだ」


「ごめん……確かに。進路のこととかはちゃんと話をきいてくれるよね。公務員試験を受けるの、なんで応援してくれるの?」


「御影の性格からして、地道に公務員が向いているのかなと思っただけで。無理しいてる感じがして。まあ、東堂寺と結婚するなら商社がいいんだろうけど」


「結婚か……たぶんないと思う。全然連絡もないし。お互いに無理なんだなと思ってるんだよね、きっと」


「そうなのか?」


「前にも言ったでしょう?高校のときが本当に異常だったの。いろんな人にモテて、取り巻きができたり、変に嫉妬されたり……怖いくらいだったんだよ。大学生になったら、また普通に戻って。まるで魔法が解けたみたいだった」


「物語で王子と幸せにあったお姫様は、ずっと幸せに暮らしました…ではないんだな」


「身分違いの恋って大変だと思う。本当の物語の主人公なら、好きなだけで耐えられたのかもしれないけれど。わたしは主人公じゃなかったんだよ」


「じゃあ、もし片倉が御影のことを好きだって言ったら?」


「片倉くん?!……すっごく優しくて、何度も助けてくれて。わたしにとっては恩人なんだよ。でもあの世界の人というか。自分とは違う世界な気がするんだよね」


「片倉はいいやつだけどな」


「うん、連絡先教えてもらったことがあるけれど。結局連絡してないもの」


「でも、俺には連絡してくるじゃないか」


「同じ世界の人って気がするんだよね」


「なんだ、それ」


 お互いに笑いあう。学は御影の存在が大切に感じるようになっていた。


 そしてまた数奇な運命が重なる。就職後、数年がたち御影と学は結婚することになった。しかし結婚後一年たってから、音信不通の東堂寺から突然連絡があったときは、さすがに学さえも妻をとられてしまうかと危惧したものだ。


「東堂寺くん。ごめん、今わたしには大切なひとがいて。彼との生活がわたしにとっては一番なの」


 家に押しかけて、結婚してほしいとバラの花束をもってきた東堂寺。まるで物語のヒーローであった。学は夕ご飯のカレーを食べている最中だったので、その絵面のギャップに思わず噴きそうになった。


 東堂寺は両親に認めてもらおうと海外でがんばっていたらしいが、御影の心には響かなかった。そして落ち込んだ東堂寺を見送ると、ゆっくり夕ご飯を再開した。そして御影はしみじみという。


「バラの花束をもって登場ってドラマティックだよね。高校生のころは、毎日がドラマティックで、途中からしんどかったもの。ドラマな展開はたまにで十分だわ。それかドラマでみているのが一番ね」


「身もふたもないな」


「だって、学さんにいうとおりだったの。毎日ジェットコースターの恋は疲れるだけなのよ。結婚してからもあの気持ちが続くのなんて怖い。何もないのが一番幸せだってようやくわかった」


「それじゃあ、俺との結婚生活が何もないみたいじゃないか」


「ふふふ、そんなことはないのよ。学さん、記念日は大切にしてくれているじゃない?」


「ちょっとしたプレゼントだけだけどな。あんなにたくさんのバラの花なんて買えない」


「たくさんのバラを受け取っても困るだけだわ。こうやって庶民的なカレーを食べているのが幸せ」


 学と御影はそっと見つめあい、笑顔になった。


*****


「先生!灰田先生!」


 はっと意識が戻った。ちょっと物思いにふけりすぎていたようだ。すぐそばに隣のクラスのヒーローがいた。彼が今年のヒーロー、きっとヒロインと幸せになるだろう。

 だが、学校を卒業してから彼らがヒロインとヒーローであり続けるかはわからない。


「ありがとう、勉強をがんばるように」


 彼から資料を受け取ると、また学は進路の資料を作成しはじめる。すると携帯にメッセージがあることに気が付いた。


『夕食は何がいい?』



 妻の琴菜からであった。学は『カレー』と簡単に返した。


 すると妻からひとつの画像が送られてきた。とてもかわいらしい寝顔で、思わず学は笑顔になった。今年に生まれた最愛の存在、琴菜と学の娘の寝顔である。


 学は娘と妻のことを思って、もうひと頑張り仕事を続けるのであった。

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