第50話(終話)エピローグ
——交際開始から2ヶ月後。
大事なイベントごとが近づくなか、俺はそわそわする気持ちを落ち着けようと仕事をしていた。
テレビを見ながらパソコンにネタになりそうな時事問題を打ち込む……そんな作業である。
奏はそんな俺の様子をテーブルに肘をつき、つい見惚れてしまいそうな柔らかな笑みを浮かべながら俺を見つめている。
……こんなに見られていたら集中できないな。
心の中で苦笑しながら、ニュースに耳を傾ける。
「政治方面はいつでも出題されやすくて……特に中3は公民と絡めてくるから要チェックだなぁ。それから、オリンピック系の話題も……」
「テスト対策の時事問題、また作ってるんだね〜」
「まぁ好評だからね。張り切って作らないと」
「頑張ってしんたろー。『塾長まだ~?』って、この前も生徒たちもいつも急かしてたから」
「ははっ。だったら急がないとなぁ」
テレビ流れる色々な話題を耳で受け取りつつ、パソコンで検索して調べてゆく。過去のものから現在のものへと、前回のテストからの期間を総調べしないといけない。
でも今、テレビで流れ始めたのは刑事事件関係で、こういったネタは時事問題には使えない。
――早乙女建設株式会社の社長が逮捕。
息子は行方を暗まして、複数の余罪があるから指名手配、逮捕も時間の問題……みたいな話題は出題されることが皆無だからスルーである。
政治関係や、新たな試み……みたいなのは問題として出しやすいんだけど……。
自分に必要な話題がくるまでテレビを眺めていようと思い頬杖をついていると、後ろから奏が抱き着いてきて体重を預けてきた。
「どうかしたか?」
「ううん、何も……ただ、こうしたいだけ」
「そっか」
「嫌だった?」
「嫌じゃない。寧ろやってくれって感じだけど……俺の背中って飽きないのか? 毎日のように後ろから抱き着いている気がするんだが」
「ふふふ、なんか落ち着くんだよねぇ。こうやって、ぎゅっとしていると」
俺と奏は付き合ってから時間をそんなに空けずに同棲を開始していた。
まぁ、そうは言っても元々家に入り浸り始めていたので同棲に移行するのに違和感や特別感はない。
特別感がないと言うと聞こえが悪いかもしれないが……、これは悪い意味じゃなくて、寧ろ奏がいることが当然となっているから自然に溶け込んでいるってだけである。
平穏な毎日。
何もなくても充実しているように感じる日々の暮らし。
そんな、居心地の良い空間に俺は心酔しきっていた。
朝起きたら『おはよー』と声が聞こえ、寝るときは『おやすみ』と挨拶を交わす。
ご飯も一緒に食べて、仕事柄、不規則な生活なのにそれを感じさせないほど順応している。
何か気を遣っているわけじゃなく、自然体でいられる生活。
俺が求めていた暮らしが今ここに存在していた。
……この何気ない日常が幸せだと思うんだろうなぁ。
「どうしたのー? 何か考え事?」
そんなことを考えていたら、奏が俺の顔を覗き込むようにして訊ねてきた。
「別になんでもないよ。ただ、今の幸せを噛み締めてるだけ」
「お、おお〜……。しんたろーって恥ずかしげもなく、普通に言うよね」
「だって事実だろ? 嬉しいことは嬉しいし、好きなものは好き。ちゃんと言わないとわからないし、“言わなくても伝わるなんて甘え”だよ」
「ふふっ。確かにそうかもね〜」
奏は嬉しそうに微笑みを浮かべると俺の腕をぎゅっと抱いた。
それから、にししと悪戯っ子のような表情になり俺の頰を突く。
「最近、しんたろー節が復活してきて、私としては大満足だよっ。なんか元気になったって気がしてねぇ〜」
「しんたろー節って……変なこと言ったか??」
「ううん、全然! ただ、私を救ってくれた時みたいに戻ってくれて良かったよっ! あ、でも〜……」
「でも?」
「他の人に優しくし過ぎて惚れられないでよー?? しんたろーって、良いタイミングで言うから疲れてる子だとコロって惹かれちゃうんだたからねっ!」
「き、気をつける……」
「自分で言うのも変な話だけど、『経験者は語る』ってね」
「そう言われると、説得力がある気がするなぁ……」
「でしょでしょ〜。ちなみに職場の人も同じだからね。たとえば、リカちゃんとか」
「佐原さん? 仕事のことで話すことはあるけど、前と変わらないし何もないぞ。仮にそういうことがあっても、奏を不安にさせることはしないって」
奏は「よろしい!」と弾んだ声で言うと、再び抱きしめてきた。
柔らかな感触と共に伝わる熱に浸りながら、俺は天を仰いだ。
「ねぇ、しんたろー。今、幸せかな?」
「とってもな。これ以上ないぐらい充実してるよ」
「ふふっ、よかったぁ〜。これで幸せになる復讐は完了だねっ」
「幸せになる……復しゅ……あ」
嬉しそうに微笑む奏が呟いた言葉が俺の耳で反響するように残る。
すると、あの日、絶望のどん底だった時に話を聞いてくれた女性を思い出した。
その瞬間、すっと腑に落ちるものがあり、思わず「ははっ」と笑ってしまった。
ああ、そうか。
あの時から、俺はもう支えられていたんだな。
今更、気がつくなんて……ほんと頭が上がらないよ。
「……名乗ってくれても良かったんじゃないか?」
「あの場で名乗っても、余計に見栄を張って隠そうとするでしょー。しんたろーは何でも一人で抱え過ぎなの~」
「はは……。見透かされてるな、ようご存じで」
「ふふ、まぁね~」
奏は、得意気に笑う。
そして数秒間、見つめ合うと俺に手を伸ばしてきた。
「じゃあいこっか。しんたろー? 勿論、手を繋いで……」
「ああ、もちろん。きちんと挨拶に行こうか。ちょっと響ちゃんが心配だけどね」
「心配しなくても大丈夫だよッ! 質問攻めに合うだけだって〜」
「それが一番、不安なんだが……」
俺がため息をつくと奏が背中を軽く叩き元気づけてくれる。
目が合うと屈託のない笑顔を俺に向けてきた。
その眩しい笑顔に心が絆される。
奏の手を握ると、感触を確かめるように彼女は何回か力を入れて握ってきた。
「これからもよろしくな」
「末永くね、よろしくー」
そんなことをお互いに言いながら、手を繋ぎ二人で家を出た。
今の俺たちには、先生と生徒という背徳感や恥ずかしさは微塵もない。
以前にあった心の傷もすっかりと塞がっている。
代わりに生まれたのはただ一つの感情……。
温かくて優しい安心感。
それはつまり、奏とずっと一緒にいたい――『好き』という気持ちだ。
◇◇◇
あとがき
これにて完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
ある程度キリが良く終われるように組んでいましたが
「後輩ちゃんや妹を掘り下げて!」と要望があるかもしれません。
ですが、メインの奏編で終わりとなります、すいません…。
分岐の話、アフターストーリーなどは余裕があればやろうと思います。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました!!
離婚から始まる教え子との青春リスタート 紫ユウ @inuko
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