第49話 二人の大きな一歩


「好き……だ。責任を取らせてくれ」



 俺の言葉を受け、奏は大きな瞳をぱちくりと瞬かせ呆気にとられた様子になった。

 目を擦り俺をじーっと見つめてくる。


 やばい、顔が熱い。

 それも焼けるように……。

 顔面にドライヤーを当て続けてるぐらい物凄く熱い……。


 心臓がばくばくと脈打ち、今にも羞恥心に押しつぶされそうだ。


 でも、逃げてられない。

 認めると決めた。

 覚悟をすると決めた。


 だから、進むしかない。



「奏、俺は—―」


「そ、そうだ! ご飯を作らなきゃねー……ハハハ」



 奏は慌てたようにそう言うとキッチンに向かい、料理をしようと箸を持つ。

 けど、上手く持てないのか調理器具を次々と落としてしまった。


 俺の伝え方が悪かったのだろうか?

 だったら、ハッキリと……。


 俺は床に散らばった物を一緒に集める。

 手伝っていると、奏が頭を掻きながら気まずそうに笑った。



「大丈夫か?」


「うん……えーっと。アハハ……。は、箸を落としちゃったよ~。まだ寝惚けてるのかなぁ……ってゆうか、夢だったり……」


「俺は、奏が好きだ」


「ふぇっ!?!?」



 素っ頓狂な声を出し、顔が茹蛸みたいに赤くなった奏は、その場でおろおろとする。

 頭を抱えて七変化する表情はなんだかおかしかった。

 それからハッとした表情を見せ、箸たちを流しに置くと慌てて俺を丸テーブルの前に座らせてけ自分も隣に腰を下ろす。


 背筋をピンと伸ばし、流石は老舗料亭の娘と言わんばかりの綺麗な正座だ。



「奏?」


「あのさ、しんたろ……」


「うん?」


「このタイミングで言うことかな!?!?!?!?」


「いや、だから前置きしただろ?」


「そうだけど……いや、そうじゃなくて!! こういったことは順序が……でも、そんなことを気にしても—―あ~なんて言えばいいの!?!?」


「ははっ。おかしな奏だな~」


「なんで当の本人はのんきなわけ!? あーこっちはこんなに動揺しているのに〜っ!!!」



 怒ったように頬を膨らまし、俺の頬を引っ張てくる。

 ひとしきり、こねくり回して気持ちが落ち着いたのか、急にしおらしくなり俺を不安そうに見つめてきた。



「……理由を教えて。なんで急になの? 無理にだったら嫌だしさ……。逃げないから、しっかりと聞くから……考えを聞かせて」


「うん……」



 俺は息をのみ、深呼吸をする。

 それからゆっくりと口を開いた。



「甘えてたんだ、ずっと」


「甘えてた?」


「奏の優しさにも、自分にもね……。結論を出すことも、前に踏み出すのも、すべて居心地の良いままにしていた。そのほうが楽だから。たとえ、離れていく結果になったとしても、痛みが少なると……心では否定していてもそうだったんだと思う」


「……」


「新しく受け止めるのも、自分の気持ちに気が付くのも……。でも、一番はただ勇気がなかったんだ。情けない話だけど、離婚を言い訳にして怖がっていたんだよ」



 離婚して全てが灰色に変わったようだった。

 真っ暗で何も見えないようなどん底に俺は倒れていた。


 そんな中、照らしてくれて導いてくれた奏。

 落ち込んだ気持ちに差した一筋の光のようで……本当に有難くて、縋りたくて、ただひたすらに甘えたかった。



 でも——それではダメ。


 彼女の好意に甘えるだけではいけない。

 キッカケは彼女だけど、俺も進み始めなきゃいけない。

 整理して、認めて、弱った気持ちではない――本当の想いに。


 俺はを真っ直ぐに見据える。



「俺はダメダメで情けなかった。立ち直るのに時間がかかったしね……でも、そんな俺を奏は理解して待っててくれた。今にも潰れそうな俺を支えてくれて、大切なことが何かを教えてくれたんだ」



 温かい気持ち。

 一緒に過ごすという意味。

 デートという素晴らしさ。

 他にも色々と彼女は俺に教えて、救ってくれた。



「だから、俺は奏にこの気持ちを返したい。いつも笑顔でいて欲しい、幸せになって欲しい、一緒の時間を過ごしたい……そう思ったんだ」


「一緒に……?」


「ああ。こんな頼りない俺だけどね。失敗した俺だけど絶対に奏を今以上に幸せにしてみせる。だから……俺と付き合って下さい」


「——っ!?!?」



 言い切った……でも、声はきっと震えていたと思う。

 奏への想いを、好意を、言葉に変えて伝え終わった。


 後は奏の返事を待つだけ……。

 うぬぼれでは無く、奏が俺に好意を抱いてくれている事が分かっている。彼女の態度から、それは伝わってきていた。

 俺が曖昧にぼかしていただけで、とっくに気が付いていたんだ。


 気がついたからこそ、心に蓋をするのはやめて、言い訳をするのをやめて……彼女に想いを伝えている。

 ……今は全身を針で刺されるような緊張の中に俺はいた。


 奏もこんな気持ちで告白してくれていたのだろうか?

 そう思うと、胸が苦しくなる。



「………………」



 俺の告白を聞いた奏は、大きく目を見開いたまま硬直している。

 それから少しして、その瞳から大粒の涙を溢し始め、自分の頬を抓り、恐る恐るといった様子で口を開いた。



「……夢……じゃない?」


「奏……もう一度言うね。俺は奏のことが好きだ……。これからも一緒に過ごしたい。返事を、聞かせてもらってもいい?」


「……いいの私で? 初恋をずっと引きずっちゃうぐらい、重い女かもよ……?」


「俺のことをずっと思ってくれた。一途にずっと考えてくれた……奏しかいないんだよ」


「~~!? しんたろ~っ!!」


「うわっ!?」



 奏は俺の言葉を聞いて嬉し涙を流し、勢いよく飛びついて来た。

 急なことで対応が出来ず、その勢いに押されて奏に抱きつかれたまま仰向けに倒れてしまう。奏は少しも俺から離れたくないと言いたげに、身体の全てを俺にくっつけながら涙を流し続けた。



「ゔぅ……ひっぐ……」


「ちょ、ちょっと……泣くなって」


「だってぇえ~。……こんなに幸せで……嬉しいこと……生まれて初めてなんだもん……」


「奏……」


「……しんたろー……好き……大好き」


「俺もだよ。待たせてごめんね」



 奏は「ううん」と首を左右に振り、俺の胸に顔を埋める。

 そして涙交じりの声で、何度も俺を好きだと告げてきた。

 その言葉を受け、想いが通じた嬉しさを感じながらその体を少し強く抱きしめる。


 すると奏はその動きに反応し、そっと顔を上げ……目を閉じた。

 俺は頬を伝う涙を指で拭ってから、奏の首の後ろに手を回し、ゆっくりと顔を引き寄せる。



「大好きだよ、しんたろー」


「ああ、俺もだよ」



 こうして俺達は付き合うことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る