夜は要らない
「んん……」
体を起こす。体に痛みが走るけれど、起きれないほどではない。あれ、筋肉痛になるような運動してないんだけどな。何ならゲームしかしてないまである。
「いけねぇ、車で寝ちまったのか」
徐々に意識がしっかりし出す。あたりが真っ暗で街灯だけが俺を照らしていた。
「って何時だ今」
スマホで時間を見る。時刻は、深夜の2時を周っていた。
「うわっ、めっちゃ通知着てる」
母親からだった、何時になるんだとのこと。そういえば実家に帰る途中だったのだ。車内は冷え切っていたが、肩からジャンパーを被っていて何とか凌げたみたいだ。いや、車に置きジャンパーしてたけどいつの間に着てたんだ。寝てるとき無意識に動くとか爬虫類かな。
「急いで帰りますか」
エンジンをかける。車内には、ランダム再生で選ばれた懐かしい歌が流れる。不思議と心が落ち着くが、なにか思い出せない記憶があるような引っ掛かりを覚える。何かが記憶の蓋を開けることを邪魔する。喉まで出かかってる的な奴である。
「寝てたはずなのに眠ぃ」
眠気襲来である、1日の睡眠想定量が赤ちゃんレベルで悲しくなる。さっさと帰ってしまおう。その後は何も考えられなかった。腹はグゥとなるが寄り道する気にはなれず帰路についた。
_______________
実家に到着すると、親はもう床についており、懐かしいリビングの机の上にメモが置いてあった。確かに通知も数時間か前のものだったし、起きてないか。
(おかえり、明日にするから今日はさっさと寝なさい)
綺麗な字で書かれていた。昔は親とのこんなやり取りもあったなとしみじみ思う。いや、しみじみできる記憶でもないような。明日は授業行かないから起こさなくても大丈夫ですって書いて置手紙したときは普通に怒られたし。
「まぁ、お言葉に従って寝ますかね」
自室の方に行き敷かれていた布団に倒れた。その日は泥のように眠りに落ちた。
_______________
返ってきた次の日は、やはり家族会議が開催された。結論は、帰ってくるか向こうに戻るかは自由にしていい、決めたならまた職を探せ。とのこと、期間なんかは何も言われなかった。
親父はほぼ何も言わずに座っているだけで、逆に怖ったが最後に
「男なら好きにやれ、他人に迷惑はかけるなよ」
と言ってくれた。
「親には迷惑をかけてもいいって言いたいのよ」
と後で母が教えてくれた。
そして、帰省してから数日が経過した。
テレビからは華やかな音楽が流れていた。どうやら外での中継の様子を放送してるみたいだ。かく言う俺は、カバンに詰め込んできた紙の束を整理していた。
就職のご案内、だとか、向こうの地域紙なんかを取捨選択しつつ中に目を通す。見ていて思う、やはりどんな困難にあっても都会の方で働きたい気持ちは変わらなかったことだ。大学で地元の外に出たからその流れでだっただろうか、高校卒業の時にカッコいい男になりたいと思ったからだろうか。だいたいそんな感じだった気がする。
「転職系サイトとあんまり内容変わんないんだよな」
そう思いながらボールペンと付箋を持って情報誌に見当をつけている。根は真面目なんです俺。欲を言えば再就職のための会社報とか作ってくださいって感じではある。なんだハローワークって、英語で挨拶してきてんじゃねぇぞ。こんにちはお仕事に改名しやがれ……なんて冗談ですよ、悪態つきたくなる年頃なんです。第二次幼児期的な。
くだらないことを考えているとテレビの大きな音にハッとさせられる。
ゴーン ゴーン ゴーン ……
頭が軋む。
アナウンサーの耳を突くような甲高い声が聞こえてきた。
「開園の鐘の音が鳴り響いております!」
「ただいま! 10年の時を経て曙パークがリニューアルオープン致しましたぁ!」
今まで靄のかかっていた記憶が、頭の中に溢れ出した。居ても立ってもいられなくなり、テレビの続きを見ぬまま家を飛び出そうとしてしまう。
「痛ってぇ」
勢いよく立ってしまったため机に直撃した。間抜けである。
「あ……」
一枚のはがきが目に入る。紙の束から飛び出してしまっていたそれを拾い上げ、ささっと書き込む。はがきをジャンパーのポケットに突っ込んで崩れた姿勢を直す。
「母さん、ちょっと出てくる」
大きめな声で家に言い放つと返事を聞かぬまま、外に出た。
目的地は、決まっている。
この時期にジャージは冷えた。
気にも留めずに走った。
体の痛みも。
歯を食いしばって走った。
彼女のことも。
ただ前を向いて走った。
体力の限界はとっくに超えている。
ひたすらに走った。
途中で、見覚えのある高校の制服を着た学生の集団とすれ違う。
在りし日の自分と重ねた。
でも、振り返らずに走ったのだ。
「着いた……」
場所は曙パーク入場口前。リニューアルオープン初日だからだろう、人でごった返している。息は切れ切れ、汗はだらだらと流れている。ちょっと不審者っぽい。
ふと冷静になって気づいた、いきなり飛び出してきたから財布を持ってきていない。
ただ後悔や焦りという感情は湧きあがらなかった。それどころか安堵に似た心地よさすら覚えた。
賑わう人々と城の鐘を目に焼き付けて、踵を返した。
「私も好きだったよ、またね」
後ろから不意に声が聞こえた気がして振り返る。
すらりと伸びた人影が微笑んだように見えた。
「うん、また来るよ」
家に帰る途中、ポストに寄った。
はがきは高校卒業10周年記念、同窓会の招待状。
俺は行きますに丸を書いて投函したのだった。
PrimEla ~27歳無職が遊園地で夢の制服デートをする話~ 篝火 @kagariB
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