暮れに映す
城へ向かう足取りは重く、緊張して体が強張る。繋いでる左手は既に汗ばんでいるだろう。この手汗が上堀さんにバレてないといいんだが。
こんな時に
( 「いやー、手汗酷くてごめんね」 )
なんて言ったら逆に、空気重くなるから。これはマジ、イッツトゥルー。だって経験談だからね。
「小杉君、私緊張して手汗酷くないかな」
「俺も緊張してて感覚がないからわかんないよ」
結論、手汗じゃ空気は重くならなかった。あれれー、経験は嘘だったようです。こういうのってデリケートな話題振って失敗した記憶があるんだけどね。っていつの記憶だっけ。
外は薄暗くなりはじめ、吹く風は春とは思えないほど冷たくなっていた。手汗でドギマギしていたことなど乾かされて、むしろ俺たちの距離は風をしのぐかのように近づいていた。2人でいる空間にもなれ安心して落ち着いてきた矢先、目的地の入り口は見えた。
「扉ってこんなだったんだ」
「えー、小杉君ここから出てきたじゃん」
「そうなんだけどしっかり見てなくって」
西洋風の大きな門のような模様が入ってるだけの普通の扉だった。白を基調とした色は塗ったばかりくらいに汚れがなく綺麗だ。
「……入ろうか」
色気を含んだその言葉に、俺の心臓はバクンと跳ね上がった。
「……。」
何も言い返さず彼女の右手をギュッと握り返した。
_______________
建物の中に入ってからは早かった。
「あぁ! もうちょっと右だよ」
「わ、わかった。次はしっかり通すから」
「焦らず慎重にね」
「こっちこうして……こう!」
「そうそう、先端で……」
「よっしゃ! いけ!」
「入った! 凄い凄い!」
2人の掛け合いは徐々に声量を増し、他に誰もいない空間に響く。
揺れる。揺れる。……落ちる。
ゴトンッ。
「やったー! 取れた、すごいよ小杉君。2つ同時に取れたよ!」
「腕が訛ってたから回数かかっちゃったな」
「それでも、3回しかやってないじゃんー。自慢かーこのこのぉー」
ツンツン指で攻撃してくる。なんて愛らしい仕草だろうか。
「なんか照れるな」
景品を下から取り出して片方を彼女にあげる。手のひら大のぬいぐるみキーホルダーみたいなものだ。差し出したそれに、手が伸ばされる。
「……ありがとう、嬉しい」
照れながら遠慮がちに言う頬は、薄い朱に染まっていた。
あ、状況説明が遅れましたが、今2人で建物内のゲームセンターに来ております。
時は戻り数分前。建物前でモジモジしてた2人だったが、中に入ると俺はなぜだか城の構造を覚えていたのだ。医務室から出てくるときもそうだ、記憶がある。どんどん鮮明になってきた、ここで遊んでた思い出が。
「痛っつ」
声が小さく漏れる。思い出すと同時に体が痛みを取り戻していくのがわかった。
「どうしたの小杉君?」
心配かけまい、と平気を装い建物内を進むと前方に光り輝く空間が広がっていた。
「なんでもないよ……ってあれ、ゲーセンだよね!」
不意にテンションが上がる。ドリームワールドサプライズ最高である。
「そのようだねぇ、行ってみる?」
答えはもちろんイエスで今に至る。
ゲームセンターに入ってからは上堀さんの方がはしゃいでいたように思う。俺も中高と足しげく通ったものだ。音ゲーでは理論値目指したり、格ゲーでボコられてキレたり、キレさせたり。
2人で辺りを見回して何をするか検討を立てる。いくつか作動していないゲームが目に映るが、視線は声の方に戻された。
「小杉君小杉君! 次はこれやろうよ」
「うん、行こうか」
落ち着いて返す。
それにしても良いはしゃぎっぷりである。彼女とゲーセンデートとか憧れる、こんな感じなんだろうか。俺を引っ張ってシューティングゲームの筐体へ。出てくるゾンビは結構リアルでビビった。ほんと貧弱だな俺。
こういうゲームって昔は全然やったことなかったけど、大人になると楽しめるものなのかなとしみじみを思う。 派手な集団が占拠してるイメージがどうもね、ははっ。ただ、昔のことを考えるたびに体は痛みを取り戻していった。
やりたいことを一通り済ませたのでゲームセンターを後にする。城内を歩いていると入ってきた方向とは逆の扉を見つける。
「この先にはね、公園があるんだよ」
_______________
扉を開けて外に出る。もうすっかり空は黒に染まっていた。
「
「うん、見えてるね」
大きな橋が視界に入り、その名前がポロっと零れた。
2人の足は自然と曙橋の方に向いた。手を握るのも自然だった。
「今日、楽しかったね」
「アトラクションで酔ってたよね、苦手だったんでしょ」
「水着になったら全然目合わなくなったよね」
「はしゃいでるところたくさん見られたから恥ずかしいな」
「小杉君も一緒になってはしゃいでくれたから、おあいこか」
「昼は暖かかったのに、急に冷えちゃったね」
彼女の独白が続く。
「上堀さん」
遮るように言う。
気づけば俺たちは橋の一番高いところについていた。見える景色には楽しさを出すはずのイルミネーションが光を放っていた。暗い夜を照らすそれは、今の俺にとって、とても虚しいものに見えていた。
そして、振り返る。
視線と視線がピッタリと合った。でも手は離さずに、空いている右手で彼女の左手を取る。距離が近く向き合う形になるが、恥ずかしさはもう淡い光に溶けて無くなっていた。
優しく語りかけるように呟く。
「曙パーク、サービスエリアから見えてたんだ」
「俺、君と来たことがある」
「でも、ここは俺が高校の時に潰れてる。無くなってるんだ」
上堀さんは何も言わない。
体中に痛みが走る。我慢の限界が来たみたいだ。
「楽しい思い出をありがとう」
視界がぼやける、雨は降ってなかった。
「私も楽しかったよ、本当に」
彼女の鼻声が、耳に届く。
あぁ、終わるんだ。最後の夢が。
「もう閉園の時間だね」
ゴーン ゴーン ゴーン ……
城の上にある鐘が鳴り響いた。その鐘の音は、俺の我慢を解き、夢を終わらせた。
「さよなら、上堀さん。ずっと好きだったよ」
雫が頬を伝うのがわかった、視界が開ける。
「わた……き……ね」
意識が無くなりかけて、何を言ってるかは聞き取れなかったけれど。
目には彼女の優しい笑顔が映っていた。
鐘が鳴りやむのを聞かないまま、俺の意識は途切れた。
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