白を放つ

 あー、なるほどな。完全に理解した。ここは夢の世界だ、それか三途の川付近だな。生と死の間際的な。そう考えると体の痛みはふっと消えた。中二病卒業である。

 彼女はこちらを見つめて、視線を離さないでいた。


「あれ人違いかな、小杉君じゃなかった?」


 上目遣いで問うてくる。なんだ、死ぬほどかわいいぞ。すらりと胸元まで伸びた黒髪、ぱっちりと開かれた大きな目。その声音は俺の鼓膜を喜ばせ、彼女の一挙手一投足に魅了される。


「いえ、小杉で合ってます。お世話になっております」


 丁寧になってしまった。緊張、故ですね。


「あーはっはっは、やっぱり面白いねぇ小杉君」


 目をこすって涙を拭くかのように堪えている様子は上堀朝菜かみほり あさなそのものだった。

 笑い終えると呼吸を整えてこう言ってくる。


「あのさ、小杉君。私とデートしてくれない?」


 顔を赤らめながら言う彼女に見惚れてしまった。そうだ、ここは夢の世界だ、ドリームワールドだ。悩む必要なんかないじゃないか。


「いや、むしろこっちからもお願いするよ。デートしよう」


「やった! へへっ、なんと運のいいことに、ここ実は遊園地なのですよ」


 知ってた、だってアトラクションあるし。幼いころに思い描いてた遊園地そのものだ。

 俺はできる男だ、と言い聞かせ足りない頭をフル回転。脳内シミュレーションで最適解を導き出す。


 これだ!

 咳払いを一つ。


「どこから行きたい?」


「始めは王道で!」


「じゃあメリーゴーランドにしよっか、ここからも見えてる」


「うん!」


「あ、あのさ着くまで手繋がない?」


 ちょっとどもった、ぴえん。


「早くない⁉」


「はぐれないようにさ」


「でも私たち以外人いないよ」


 そうだ、ここ夢の世界だった。忘れてた。


 ぎゅ。

 不意に強く握られる左手。


「え……っと、俺から握る予定だったんだけどな」


 ハハっと笑って照れを隠す。多分顔真っ赤、慣れてないことはするもんじゃないね全く。ハハっ。


「なんか小杉君じゃないみたいだね」


 彼女は静かにそう言って顔を隠すかのように左を向いてしまった。

 

 ………。成功とは言えないようです、ぱおん。


 脳内シミュレーションなんてやってるから良くないんですよね、自分の心に素直になって楽しもう。

 これは神様がくれた、死ぬ前の余興みたいなものなのだから。


 _______________


「思ったより動くねー!」


 白い馬に横向きで乗る彼女をこちらも白い馬に跨って追いかける。これ、メリーゴーランドなんで追いつかないんですけどね。


「動きすぎるくらいだよ」


 笑いながら返す。目と目が自然と合うことが心に幸福を与えてくれる。メリーゴーランドに乗ってキャッキャし終わると、次どこ行くかの話になった。


 そして次なる目的地は。


「ゔぉぇ……」


 コーヒーカップでした。縦方向の揺れから横方向の揺れ、3次元的にグルグルされた俺の体はやっつけられてしまった。


「大丈夫?」


 上堀さんは平気そうにこちらを心配してくる。この人可愛くて体も強いとか無敵かよ。俺カッコわるっ。


「うん……ちょっと酔っただけだから」


「少し休もっか」

 

 リードされてしまってる、弱った女の子に手を差し伸べて休憩促すのやってみたかったんだけど、完全に逆転されてる。だって今手引っ張られてるし、実質駄犬の散歩である。俺カッコわるっ。


「はい、これ。どっちがいい?」


 飲み物を差し出される。


「じゃあ、こっち」


 プシュっと栓を開けて缶の炭酸飲料を飲み干す。何故だか無意識にコーヒーを避けてしまった。


「無理させちゃったかも、ごめんね」


「俺が弱っちいだけだから謝んないでよ」


 出来るだけ明るく言葉を返す。


「外に出て遊ぶって楽しいしこのくらい全然!」


 ムキっとポーズを取って元気を見せる。筋肉ないとか言わないで。

 彼女がふふっと微笑んだ。


「覚えてる? 昔もこんなことあったよね」


 優しな声音で問いかけられる。


 ザザァ。一瞬の暗転。


 頭に昔の記憶達が濁流を起こすように決壊した。でも細かいことが思い出せない。考えると全身が痛みを取り戻し、右腕が痛む。


「上堀さんのことは鮮明に覚えてるんだけど、細かいことが思い出せなくて」


 頭から足先まで情けないな俺。


「いいの私を覚えていてくれてるだけで嬉しいから」


 やっぱり、彼女は天使だった。絶対俺のこと好きでしょ、みたいな受け答えしてくるから実在してないことくらいわかる。可愛くて実在しない二重の意味で天使だ。


 _______________


 その後はプールに入って流されたり、ウォータースライダーに乗ったりして、はしゃぎ倒した。水着の上堀さんは恐ろしいほど魅力的だった。白色のビキニが豊かな胸部を主張して止まず、ボディラインはモデルのそれだった。


 でも、スケベ心が働かないようにプールシーンはバッサリカットだ。仕方ないね。


 着替えた上堀さんが戻ってくる。何故だか高校の制服に自然と袖が通った、この世界に慣れてきたのかもしれない。ずっとここにいたい。


「お待たせー、女は時間がかかっちゃってね」


「ううん、今来たところ」


 あ、セリフ間違えた。


「それなんか違うよー」


 アハアハ笑いながら返される。その笑いに応えるかのように風がビューと吹いた。


「うぅ……寒っ」


 言葉が漏れてしまった。


「急に寒くなってきたね、春は厄介だ。中入ろうか」


 目を見合わせて頷く。次はこちらから左手を差し出す。彼女は右手を伸ばして繋いでくれた。


 2人は、小杉が目覚めた医務室のある、城のような建物の方に向かって歩きだした。

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