PrimEla ~27歳無職が遊園地で夢の制服デートをする話~

篝火

朝が来る

 鳥の声が外から聞こえる。寝ぼけ眼をこすってスマホの電源を入れる。時間を見ると、もう昼の12時を回っていた。ちなみに月曜日、ゴリゴリの平日だ。


「俺もう朝起きなくてもよくなったんだ」


 ちなみにスマホは顔認証で開かなかった。半徹夜で顔が酷いからだろうか。仕方なくパスワードでロックを解除する。この機能たまにこういうことあるよね。


「あ、なんか来てる」


 珍しくメッセージが来てたのだ。……って母親からかよ。


「たまには帰って来い……か」


 気が重くなる。親子仲が悪いわけではないのだが、今の俺を見られると親父になんて言われるか。重すぎる、その場の空気とか。家族会議とかこの歳で開きたくなさすぎる。


「今立て込んでるからまた今度ねっと」


 ふぅ。再々就職が決まったら帰ろう。全然就活する気起きないけど。陰気な空気が籠ってる室内に春の風を吹き込むため窓を開ける。

 ゲーム通しで疲れた目に染みる風だ。歳を取っても趣味と呼べるものがゲームしかない男である。そして、なまじお金があるから使い道の選択肢が課金限定装備などである。俺のキャラはゴリゴリの課金装備でオンラインでも名を馳せてしまっている。まぁ今は職無し故、使えるほどお金ありませんが。


 あー、中高生くらいはよかったな。少ない小遣いでやりくりしてカードやゲームを買ってみんなでワイワイ盛り上がれた。身内ネタなんかを思い出すと涙が出てくる。懐かしさ四割、孤独さ六割の。実際には泣かないですけど。


 ピコンッ。

 通知はまたも母親からだった。


「……帰るか」


 簡素な文で返信する。俺は決心をした、させられたのだ。二度目の母からのメッセージは簡単に言うと、全部知られているので一回戻って来いとのこと。どこからバレたんだまったく。家族会議確定である。


「ピィイー」


 さっき聞こえた鳥の声が、より大きく聞こえた。ぼちぼち準備をするか。顔を洗い、伸びきった髭を剃る。荷物をせっせとカバンに詰めて、さぁレッツゴーだ。


「いやせっせと詰めるものがねぇな」


 いつもなに持って帰ってたっけ。実家に戻るのが久しぶりでカバンがスカスカだ。そんなに持っていく物もない。その辺に転がっていた就職系の書類や玄関で雑に溜まっている郵便物を詰め込んだ。


「遊んでばっかだと目が痛いからな。形だけでも紙触ってやる気アピールするか」


 しこたま浅はかだが、プランは悪くないと思う。親の世代ってスマホいじってるとゲームしてるっていうからな。まぁゲームするんだけどさ。郵便物を全部カバンに詰め込んで、玄関付近から自室に戻る。


「大体こんなもんか」


 紙やら服やらの雑多なカバンが完成した。移動は車だし持ち運びにはそんなに困らないわけだが物足りなく感じる。出発前って大体こんな気持ちになる。物は足りてるけど、足りてないような感覚。え、わかるよね? 


 部屋から出るとき、張り紙だらけの白い巨体が目に付く。


「つか冷蔵庫の中身空にしてった方がいいよな」


 正直飲み物がいくつかはいってるだけだから空にするのも容易である。入っていた複数のペットボトルを取り出し、持って家を出る。ボロアパートの二階、端の部屋、扉を開けて一歩踏み出す。脇に抱えたペットボトルが落ちる、ゴロゴロゴロ。


「あっ……」


 ここで美少女が拾ってくれた………ら嬉しいんですけどね、ええ、自分で拾いますよ。


「まだ寒いなー、ペットボトルも冷たいし」


 車のカギを開けて乗り込む。さて、足取りは重いけど向かいますか。重いのは足じゃなくて車輪だけど。あと実家の空気。


 _______________


 空にするのは容易ではなかった。簡潔に言おう。やべぇ、飲み物飲みすぎた。昼飯に喉乾く系パン感強めサンドイッチを食べたのが効いたな。俺の膀胱に。おのれ、コーヒー共め。コーヒーに罪はないが少し恨む。


「もうすぐ実家なんだけど……もうヤバい、漏らす前に…」


 車内に流れる流行りのアニソンの高音が悲痛にも響く。なんかトイレを急かされてる気になっちゃう、気のせいだろうけど。


「よっし着いたぁ」


 実家から一番近いサービスエリアに入る間抜けっぷり。


「ふぅ間に合ってよかった」


 歴戦の勇者のごとくトイレを後にする。また、人助けをしてしまったみたいな面をしてる。情けないヒーロー誕生である。


「うわぁ、なっつかしいな」


 ここのサービスエリアは少し高い位置にある。見晴らしのいい丘のような地形から、遠くの景色を眺める。右手の方にある山の一部はピンク色に染まり季節を感じさせる、木々は生い茂り吹く風には緑のにおいがする。

 ただ、懐かしい記憶は、綺麗な景色から掘り出された物ではなかった。そういえばこの近くに何かがあったような。高台の柵から身を乗り出し、辺りをグルりと見回した。


 下を向くと、俺の時代の歯車は逆回転を始めた。


 暗転。


 暗転。


 暗転。


 体を駆け巡る、痛み。


 めっっちゃ右腕痛むんだけど、いや中学二年生じゃないですよ。


「……がい……るよ、ど……びま……」


 何か声が聞こえる。女の人の声だ、とにかく体を起こさなきゃ。


「うう……」


「待っ、ちなさい」


 コホンと咳払い。


「まだ起きる時ではありません」


 優しく語りかけられる、目を開けていないから声の主がわからない。神様か。


「目を閉じたまま深呼吸をするのです」


 え、なに俺死ぬのか。ただ、その言葉には抗えない気がした。鼻から空気を吸い込み、吐く。何かいい匂いがしたような、懐かしい暖かい匂い。


 _______________


 パチンッ。

 目を開くと、視界は白っぽい天井があった。体を起こす。


「んっと……痛ぇ」


 俺は、中学二年生に戻ってしまったのか。いや、普通に傷の痛みだった。


「え……」


 唖然。


 俺は制服を着ていた。慌てて飛び起きる。その部屋にあった鏡で自分の姿を確認する。それは中学生ではなかったものの、高校で着ていたのものだった。


「俺、死んだのか」


 安直な結論を出す。今いる空間は医務室のような場所だった、死後の世界は意外にも現実寄りだ。


「っておかしいだろ、普通に痛みあるんだぜ」


 ガラガラ。

 その部屋を出て外に繋がる道を探す。なぜか道がわかって、自然と外に出ることができた。


 外に出るとそこには夢が広がっていた。大きなアトラクションに、大きなプールとウォータースライダー。振り返ると大きな城があった。


 一つの人影がこちらに近づいてくる。


「おはよう、小杉こすぎ君っ」


 俺の目の前には在りし日に焦がれていた少女。上堀朝菜かみほり あさなが立っていた。

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