全てを失ったアイドルは夢をみる

ウィル

たとえどんな私でも

 たとえ私に価値がなくても、

 どんなに私が醜くても、

 私を見ていてくれる人。

 一人、他に誰もいない静かな部屋でそんな人を待つ。




 ──私はアイドルだった。

 それもかなり有名な。

 多分、この近くで私の名前、水佐木柚の名を知らない人は居ないと思うし、私は多くの人の期待を背負っていた。

 だから、私はずっと頑張り続けた。

 ダンスも歌も、苦手な演技だって沢山練習した。朝も昼も夜も、練習して、練習して、練習し続けた。

 最初はただ自分が輝きたいといった単純な夢から。

 でも、次第に私を応援してくれるファンの人のために私はアイドルを続けるようになっていった。

 私の背中を押してくれるみんなのために私はトップアイドルになる。

 いつの日か、そう決意した。

 いつの日か、そんなトップアイドルになっている自分を夢に見た。


 だけど、──ある日、そんな夢はまるで手を滑らせ落とした硝子のように簡単に、そして粉々に一瞬で壊れた。



 それは単純な火事のせいだった。

 誰のせいで起こったのか、何が原因で起こったのか、私は知らないし知ろうともしていない。

 ただ、気づいたときには目の前で泣き続けているプロデューサーさんがいた。

 初めてプロデューサーさんのそんな表情を見た、なんてぼんやりする頭の片隅で考えながら、どうして泣いているんですか、って初めは聞こうとした。

 でも、口が思うように動かない。視界もぼやけていて目が半分ぐらいしか開けない。

 手が動かない、足も動かない、体中が痛い。

 それがどうしてなのか、知るまでに時間はかからなかった。

 それは意識を取り戻した私のもとに医者が駆けつけてくれて、事情を説明してくれたからだ。

 身体と、……それから顔の半分以上が焼けただれています、治っても跡はかなり残るでしょう、と。


 私は暫く何も考えられなかった。







「その顔、治らないらしいな」


 数日後、私が所属しているアイドル事務所の社長が直々に来て、私の顔を見ながらそう言った。

 社長の表情は以前売れっ子だった私に対して見せていた上機嫌な表情ではなく、冷めきって感情のない表情をしていた。

 そんな社長の態度と言葉で理解させられた。

 私の全てがもう価値のないものだと。


 勿論、アイドルは見た目が大事なことぐらい分かっている。

 こんな見た目ではアイドルを続けることが無理だってことも。


 でも、あんなにも──。

 毎日夜遅くまで、歌もダンスも練習してきたのに。

 散々下手だって言われた演技だって、ずっと練習と研究を続けてやっとドラマのメイン役に抜擢されたのに。テレビでの喋り方だって、先輩への挨拶の仕方だって、ライブの盛り上げ方だって、……苦しいほど、辛いほど練習したのに。

 世間から何を言われても、先輩の人にどれだけ怒鳴られても、ずっと……耐えてきたのに。


 顔が焼けただれただけで、私の頑張ってきたことは価値がなくなってしまったのだ。







 その日は何も言えなかった。

 でも、二回目に社長がここに訪れたときに私は言った。


「アイドルを辞めます」


 そう言ってしまい、それを聞いた社長が頷いてから部屋から出て行った瞬間、私は崩れ落ちた。

 これまで頑張ってきたのは何だったんだろうか。

 一気に虚無感が襲ってきた。

 これまでアイドルになってから感じた、楽しかったこと、嬉しかったこと、悔しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、全てが無意味に思えた。

 結局、私のこれまでの大切な感情は、所詮見た目が良くなければ積み上がらなかったものだったのだ。

 そんなこと分かっていたはずなのに、知っていたはずなのに、私は涙が溢れてきて止まってくれなかった。



 これがただの夢だったら。

 そんなこと何度も考えた。

 これからも沢山レッスンして。

 色々なお仕事をさせてもらって。

 大きなライブ会場で踊って歌って。

 みんなを笑顔にして、みんなに笑顔にしてもらって。

 そんな日々がずっと続いて。


 でも、今の私は何をしても何を頑張ったとしても見向きもされない。

 夢を持つことすら世間からは批判されるのだ。



 ピロン。

 机の上に放り出すように置いていた携帯が鳴った。

 多分、あの人からメールが届いたのだろう。

 私はプロデューサーさんと会うのをずっと拒絶している。

 だから、代わりにのつもりかは分からないが、プロデューサーさんは毎日のようにメールを送ってくる。

 ……多分、今日のメール内容も同じだろう。

 そう思い、携帯の電源をつけてメールを開くとやはりいつもと似たような内容だった。

 たわいもない今日の出来事の話、そして明日こそ会ってもらえないかという話だ。

 だから、私は決まってこう返す。

 来ないでください、わたしはもうあなたの担当アイドルではありません、と。



 見せたくなかった。

 この醜い顔を。

 見てほしくなかった。

 この醜い身体を。

 私が火事に巻き込まれてから目を覚ますまでに、顔も身体も見られているとは思うけど、それでも嫌だった。



 ……ああ。アイドルだったときは、あんなにも自分を見てほしくて仕方がなかったのに。


 私は多分、あの人のことを想っていたのだろう。

 アイドルを辞めた後は生涯この人と一緒に過ごせたらな、と漠然と私は考えていた。

 最初は少し苦手な人で、それなのに次第に目で追うようになっていて、段々惹かれていって。

 ──いつしか、私はプロデューサーさんのことを好きになっていたんだと思う。

 そして引退したときにこの想いを伝えよう、そう心の片隅で思っていた。


 でも今は、そんなこと一切思わない。

 もうプロデューサーさんとは会いたくない。

 だって、こんな私に会ってもプロデューサーさんは困るだけだ。


 それならもう私のことなんて存在ごと忘れてほしかった。







『最近話題のアイドルが──』


 私は無意識のうちに手を伸ばしラジオの電源を切る。多分、アイドルという言葉を脳が拒絶したのだろう。

 そして、多分右の方に立っているであろう人に向かって呟く。


「……来ないで、って」


 動かしづらい口をもごもごとさせながら私は掠れた声を発する。


「ははっ、すまない。いや、でも、二週間ずっと断られ続けたら、流石に無理やりに来るしか方法はなくないか?」


 かつて私の好きだった人は私に許可を取らず強引にここまで来たくせに、少しも悪びれていないような口調で話す。そんな強引なところが苦手であり、アイドルだったときの私は好きなところでもあった。


「それより、これ開けても良いか?」


 プロデューサーさんが何をこれと指しているのかは見えないけど、なんとなく分かった。恐らくカーテンのことだろう。

 私は自らを防衛するかの如くベッドの周りのカーテンを閉め切っていた。それをプロデューサーさんは無理やり開けようとまではしていなくて、現在互いに姿が全く見えない状態のまま私とプロデューサーさんは会話をしている。

 私は簡潔に「……いやです」と冷たい口調で答えると、それに対して少し苦笑している声が聞こえた。


「そうか、なら仕方がない。この状態で話しても良いか?」


 私が無言のままなのを肯定の意味と取ったのか、プロデューサーさんは話し出した。


「俺はさ──、キミのことが好きだ」


 思わず「は……?」と声を出しそうになった。

 何を。

 何を……この人は言っているのだろうか。

 何気ないことを言うかのような口ぶりで喋るプロデューサーさんに対し、私は固まる。

 驚きと言うよりも、何を言っているのか頭が理解出来なかったからだ。


「……聞こえてるか?」


 先ほどから黙りっぱなしの私に不安になったのか、プロデューサーさんは「おーい」と私に返答を求めている。


「……ふざけないでください」


 私は声を振り絞って出す。

 今ようやく先ほどのプロデューサーさんの言った意味を理解した私が感じていることは怒りだった。

 こんなタイミングで冗談を言うなんて、私には到底信じられなかった。

 信用していたプロデューサーさんだからこそ、なおさらその思いは強かった。


「もう、帰ってください」


 もうプロデューサーさんとは話したくなかった。

 いや、もう誰とも話したくなかった。

 ずっと一人で自分の世界に閉じこもっていたかった。


「えーっと、要するに、俺は振られたってことでいいのか?」


 冷たくあしらったのに先ほどと変わらぬ声でプロデューサーさんは私に訊ねる。

 私はもう否定する気も肯定する気も起らなかったので、ただ黙ってベッドの上にある毛布に包まった。

 暫くしてプロデューサーさんは私からの返事がもう来ないことを悟ったのか、「すまない、これから用事があるから、……また今度な」と病室から出て行った音が聞こえた。



 ……ああ、これでよかったんだ。

 プロデューサーさんと私はもう話すことはない。

 私のことなんて忘れてしまってほしい。

 これで愛想を尽かしてくれれば良いんだ。

 私なんてもう見なくていいんだ。

 私はそう自分に言い聞かせ続けた。

 だけど、心とは裏腹に目から溢れる滴はベッドのシーツを濡らし続けた。







「おはよう」


 自分に言い聞かせたのに。

 頑張って私は忘れようとしているのに。

 ──それでも、プロデューサーさんは次の日に私のもとに来た。

 それも今日、明日だけではない、毎日プロデューサーさんは私に会いに来るようになった。



「……来ないでください」

どれだけ私が冷たくあしらっても。


「顔なんて見たくないです」

どれだけ拒絶しても。


「私はあなたになんて、会いたくないです」

どれだけ酷い言葉を言っても。



「今日はこんなことがあったんだ。きっとキミでも笑ってしまうような面白い話だぞ。なんと俺は──」

 プロデューサーさんは私に会いに来ることを止めなかった。


 私のことを忘れることなんてしなかった。





「どうして……」


 今日も楽しそうにカーテン越しで話すプロデューサーさんの言葉を絞り出したような声で遮る。


「どうして、私に構うんですか?」

「どうしてって、そりゃ……」


 少しプロデューサーさんは考えるようにして間を置き、それから話し出す。


「……逆に質問するが、どうして俺ともう会いたくないんだ?」


 プロデューサーさんともう会いたくない理由。

 私は頭の中で考える。

 醜い自分を見せたくない、それもある。

 だけど、……今は怖くなってきているのだ。

 いきなりプロデューサーさんがいなくなってしまうことが。

 いつか私のこの姿を見て、顔を見て、私のことを嫌いになってしまうことが。

 そうなったときに私は──、どうなってしまうか分からない。

 それなら、いっそ私はプロデューサーさんともう会わないでおきたかった。

 先に自分から突き放しておきたかった。


「私は──」

「俺はいなくならないから」


 私が何か言う前にプロデューサーさんは強くはっきりと言う。まるで私の考えていることなんてお見通しだって言っているみたいに。


「どう、して──」

「俺はキミのことが好きだから」


 少し前に私を怒らせた冗談を再度言う。

 ただ、これはもしかしたら本当のことなのか、と錯覚してしまうほど真剣な声だった。


「だから、キミが立ち直るまで、もう大丈夫だって思わせてくれるまで、そばにいさせてくれないか? 未だに俺はキミのプロデューサーであると思っているから」


 何を言っているのだろうか。

 立ち直る?

 そんなこと考えたことなかった。

 そもそも何を定義して立ち直ると言うのだろう。

 私がアイドルに復帰したら?

 私の身体が元気になったら?

 私の精神が回復したら?

 私には分からない。

 分からない、分からないよ、……プロデューサーさん。

 どうして、プロデューサーさんは私を好きだって言ってくれるの?

 何もかも失った私に。

 同情してくれているから?

 元気づけようとしてくれているから?

 私はもう──。


「私には、そんなことをしてもらう価値はない……っ」


 奥深くに存在していた感情が表面に溢れた。

 二人しかいないこの空間に私の叫びが響き渡る。

 喉が痛かった。口を開けるのが辛かった。心が張り裂けそうだった。身体の全てが苦しかった。


 そして、口に出すとより一層、自分の存在意義が分からなくなった。


「私はもうアイドルなんかじゃない、から……」


 応援してくれていた、背中を押してくれていた人たちを私は失望させ裏切った。

 ファンの人たちも、私を売り出そうと頑張ってくれた人たちも、……プロデューサーさんも、みんな全部。

 そんな最低な私に構う価値なんてあるのだろうか。

 こんな醜い私に手を差し伸べる価値なんてあるのだろうか。


「もう……私なんかに、会わないで……、ください……っ」


 私は痛む喉を、痛む口を使い、声を絞り出すようにして叫ぶ。


 ──でも、それでも。

 こんなにも拒絶をしたのに。

 そんな私を包み込むようにプロデューサーさんは言う。


「俺は必ず明日もここに来るから」


 どうして。

 どうして……。

 心が揺れる。


「キミが自分に価値がないって思っていても、誰もがキミのことを価値がないと思っていても、……俺は、ずっとキミといたい」


 プロデューサーさんの言葉に対して、私は何も言葉を発することが出来なかった。







『俺はずっとキミといたい』


 プロデューサーさんの言葉が私の頭の中を反芻する。

 私がアイドルの頃ならば、プロデューサーさんの言うことは全て信じてきた。

 全てにおいて信頼していた。

 ……でも。

 私は自分の顔をなぞるようにして触る。

 あんなにいつも手入れを欠かさず、色々な人から褒めてもらえた肌は、今となってはボロボロで自分の身体なのに違和感を覚えてしまうほどだ。

 私は怖くて鏡を見ていない、見ることが出来ない。

 だけど、プロデューサーさんから好きになってもらえるような顔をしていないのは分かる。

 それと、外に出たら化け物だって指さされるほどの顔をしているのも確かだろう。


 そんな私と、プロデューサーさんは一緒にいたいと言ってくれている。

 信じたい。

 いつものように信用したい。

 でも、たとえその言葉が本当だったとしても、それでプロデューサーさんは幸せなのだろうか。

 ただ、私のために無理をしているのだとしたら……。

 私は、私は──。







「これは……入ってもいいのか?」


 病室の入り口付近から少し困惑した声が聞こえた。

 それもそのはず、いつもは中が見えないようにベッドの周りを仕切っているカーテンを今日、私は開けっぱなしにしていた。

 未だにプロデューサーさんは入り口付近に立ったままで、律儀にも目を背け私の方を見ないようにしていた。


「おーい、見て良いのか?」


 ここで肯定したらずっと隠してきた自分の姿を見せることになる。

 醜い自分を。

 見せなければ、プロデューサーさんの中の私は綺麗なアイドルのままでいてくれると思う。

 でも、私はこれでプロデューサーさんに嫌われたとしても。

 プロデューサーさんがもう来なくなったとしても。

 私は見せなくてはならないと気づいた。

 ありのままの自分を。

 見せないとずっとプロデューサーさんは私を──。

 心臓があり得ないほど速く動いているのを感じながら私は、


「……はい」


と頷いた。


 ゆっくりとも一瞬にも感じる速度でプロデューサーさんがこちらを向くのが分かる。

 私を見てなんて言うのだろうか。

 拒絶の言葉? 

 同情の言葉?

 ……ああ、怖い、怖いな。


 そして、とうとう私の顔にプロデューサーさんは目を向けた。



「……ああ、やっと目を見て言える」


 プロデューサーさんは私の顔と身体を見ても、私をプロデュースしてくれていたときと変わらぬ優しい視線のままだった。

 そして、私を真っ直ぐと見つめ、微笑みながら口を開く。


「──俺はキミのことが好きだ」


 プロデューサーさんの第一声は私の想像したどの言葉でもなかった。







「私の、どこが、好きなんですか……っ?」


 震える声で口を開く。


「こんな私の、どこが……っ」


 自分の腕を持ち上げ見せつける。

 青色と赤色が入り交じったような変色した自分でも気持ち悪いと思ってしまうほどの腕。

 顔だってこれぐらい、いやこれ以上に酷いものだろう。

 それなのに、どうして、……どうして、プロデューサーさんは──。


「キミが、柚がまだユニットを組んでいた時のこと。……覚えているか?」


 私は黙って頷く。

 あのときのことなんて忘れるわけがない。

 私はアイドルだった頃、それも成り立ての頃、五人でユニットを組んでいた。

 だけど、それは長くは続かなかった。みんな、夢も目標も異なっていて意見の食い違いが良く出たからだ。……それにプロデューサーさんともよく私以外の四人は言い争っていた。

 そして、些細な言い争いからユニット解散までどんどん話は大きくなっていき、そのまま私以外の四人はアイドルを辞めた。


「ユニットが解散して四人がアイドルを辞めたときほど、俺は自分を責めたことはなかった。俺がこう言ってれば、あんなこと言わなければ、何度も思った、何度も自分を嫌った、そして、何度も自分には……価値がないんじゃないかと思った」


 私はその時のことを思い出す。

 確かプロデューサーさんはすごく落ち込んでいて……。


「そんなとき、キミが横に来てくれたんだ」


 プロデューサーさんは思い出すように目を細める。




『プロデューサーさん! 今日もレッスン頑張ってきますね』

『……ああ』

『プロデューサーさん……?』

『なあ、……キミは、俺がプロデューサーで不安にならないのか?』

『ええっ、なりませんよっ。私、プロデューサーさんのこと、信頼していますからっ』

『俺を信頼……?』

『はいっ、……確かに少し口下手だなー、なんて思うときもあります』

『……やっぱり』

『でもっ! それ以上に私はたっくさんプロデューサーさんの言葉に救われているんです。……知りませんでしたか?』

『俺の、言葉で?』

『はいっ! だから、これからも私のプロデューサーさんでいてください』

『俺で……いいのか?』


『私は──プロデューサーさんがいいんですっ』




「あのとき、俺がいいと断言してくれたこと、とても嬉しかった。たとえ、それがただのお世辞だったとしてもいい。キミだけは絶対に何があってもプロデュースしきってみせると思った」


 ……ああ、そんなこと言った気がする。

 ううん、言った。

 あのときの私の言葉はプロデューサーさんへの哀れみからでも同情からでも出た言葉ではない。

 私は本当にプロデューサーさんが良かったのだ。

 私のためにこんなにも真剣になってくれて、私のためにこんなにも頑張ってくれて。

 私のことをこんなにも想ってくれる、そんなプロデューサーさんが良かったのだ。


「それはお世辞じゃないです。本当に私は……」

「……そうか。それはとても嬉しい情報だ。まあ、それと同時に俺はキミが引退したらダメ元で告白しようかな、なんて思い始めるほどキミに惹かれていったんだ」


 まだ私がプロデューサーさんのことを好きになる前に、プロデューサーさんは私のことを……。

 正直信じられなかった。

 そんな素振りを一切見たことがなかったし、気づかなかったから。

 でも、公私混合をしないのはプロデューサーさんらしいと言われればそうなのかもしれない。


「だから、キミがアイドルを辞めたって聞いたとき、すぐさま告白しようって決めたよ。キミが遠くに行ってしまう前に」


 私はハッとする。

 ここでようやく合点がいったからだ。

 プロデューサーさんが初めてここに来たとき、私に告白をした。

 あのとき、私は場を和ますための冗談を言われたと思った。

 でも、プロデューサーさんは真剣だったのだ。



「俺はキミのことが好きだ」


 プロデューサーさんは再度、私に対して同じことを言う。

 ……でも、たとえプロデューサーさんの言っていることが本当だったとしても。


「……私はあのときとは違います。……今の私は、身体は思うように動かなくて、顔もこんなにも……醜い……」

「顔が変わっても身体が変わっても、俺が好きなのはキミだ」


 プロデューサーさんは真っ直ぐ私を見つめながら手を伸ばしてくれる。

 だけど、私はその伸ばされた手を拒む。掴み返すことなんてできるはずもなかった。


「アイドルじゃなくなった、私に良いところなんて、もう一つも、一つだってっ、残されていないのに……っ」

「たとえ、もし仮にキミに良いところがなくなったとしても、俺はキミと一緒にいたいんだ」


 それでも、プロデューサーさんは私に向かって手を伸ばし続ける。


「どんなに不器用な笑顔でも、どんなに綺麗な笑顔でも、どっちでもいい。ただ、キミの、水佐木柚の笑う顔を隣で見ていたい」


 そんなにプロデューサーさんに想ってもらえるほど、私は価値のある人間じゃないのに。

プロデューサーさんには、こんなにも格好よくて優しいプロデューサーさんにはもっともっと──。


「もっと良い人が絶対にいるのに……っ」


 私の言葉に対してプロデューサーさんは柔らかな視線のまま首を横に振る。

 そしてそれから私を見つめる。



「俺は──キミがいい」

 

 


 ……ああ、本当に。

 ……本当に──。

 ……プロデューサーさんは──。


「…………ずるい、です」


 私の夢は全て失った。

 全てを諦めよう。

 そう思っていたのに。


 手を伸ばし続けてくれているプロデューサーさんの微笑んでいる顔が私の瞳に映る。

 そんなプロデューサーさんを見ていると願いたくなってしまった。

 私は、もう一度夢を見たくなってしまった。

 プロデューサーさんと一緒に笑い合える日を。

 ずっとプロデューサーさんの傍にいられることを。


 気づくと私はゆっくりとおぼつかない手を伸ばしていた。

 好きな人の手に触れたくなって。

 もう一度、好きな人の隣を望みたくなって。


 だけど、その手は掴まれることはなかった。


 私の手をプロデューサーさんは通り越して、私の身体をふわりと抱きしめる。

 だから、私もゆっくりと腕をプロデューサーさんの背中に伸ばしてから、強く抱きしめる。


「プロデューサーさん……っ」


 声を上げて私は泣いた。

 強く抱きしめたせいで少し身体は痛かったけど、全く気にならない。 

 押し込めていた感情は溢れ出し、目から流れる涙は長い間止まることはなかった。


「……プロデューサー、さん……っ」


 それまでの間、プロデューサーさんはずっと私の頭を優しくなで続けてくれた。

 その感触はとっても懐かしくて温かくて。

 

 いつまでもこの時間が続いてほしくて、私はさらに泣き続けた。







 たとえ、私に価値がなくても、

 どんなに私が醜くても、

 私を見ていてくれる人。

 一人、他に誰もいない静かな部屋でそんな人を待つ。


『今、スタジオに話題のアイドルの人たちが来てくれています!』


 そんなニュースを見ながら、時計を見てそわそわしていると


「ただいま」


といった声が玄関の扉が開く音と同時に聞こえた。

 そんな聞き慣れた声が聞こえるだけで、私は心が弾むのを感じる。

 すぐに椅子から私は立ち上がり玄関まで歩いて行く。

 すると、いつものように私の大好きな人が私に優しい視線を向けてくれていた。

 それだけで嬉しくて、幸せを感じて。


「お帰りなさいっ」


 たとえどんな私でもあなたは私を見ていてくれるんだって実感できて。

 だから、これから先にどんなことがあっても私はもう自分を隠すことはしない。

 自分の本当の容姿も、自分の本当の気持ちも。



 私は未だに醜い色をした腕を使って目の前の元プロデューサーさんに抱きついた。

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