エピローグ

 事件の真相は次のようなものだった。


 真田茉由は川原一郎に惚れていた。何がきっかけでそうなったのかは分からないが、彼女はとにかく4月には完全にホの字になっていたらしい。しかし奥手な彼女のことだからあいさつや軽い雑談以上の領域には踏み込めず、悶々とする日々が続いた。そして親友に相談した。


 その相手というのが、被害者――円城智美だった。


 被害者の方も最初は気軽に、真田の気負いを取り除いてやるつもりで話を聞いていたのだが、ふとしたことがきっかけで川原と知り合い、好意を持ってしまった。円城も友情と恋の間で思い悩んだが、真田がいつまでもアクションを起こさず、また川原の方も露骨に円城へ迫って来たので、こらえきれずに告白して出来合ってしまった。それでもしばらくは真田に内緒で付き合っていたのだが、ある日二人でデートしているところを真田に見つかってしまう。真田は普段のおとなしい姿からは考えられないほど怒り狂い、鬼女のような表情で円城に対する呪詛を唱え続けた。


 その場はそれでおさまったのだが、一度ついた火がそれっきりで消えるわけもなく、事件の当日――月曜日、真田は「山口先生が話があるって呼んでたよ」と美術室へ誘い出し、自らも山口先生に変装して襲い掛かった。しかし円城が思いのほか抵抗してもみ合いになり、真田が白衣の内に隠し持っていたカッターナイフで服を切りつけたところ、驚いた円城が倒れこんだ拍子に頭を椅子に打ち、そのショックで気絶してしまう。真田はカッターナイフで切りつけた時に白衣に血が付いたのに気づいて、一旦自分の制服を置いた教室――今は使われていないイングリッシュルームに戻り、変装を解く。本来なら変装の道具は持って帰って処分するつもりだったのだが、帰り際にふとゴミ置き場に立ち寄った際、ゴミの日が直近で木曜であることを知る。それまでの間に家族にバレないとも限らないと思った真田は慌てて学校へ戻る。そして、美術室のキャンバスの中に道具と凶器を隠してその場を去る。


 前々から計画は立てられておりつつも、細かい穴が随所に見られるものだった。


 川原にそれを伝えると、彼はショックを受けたような顔を浮かべたが、真田を責める気はないことを明言し、彼女の謝罪を受け入れることで自分としては解決として良いと言った。あとは円城とどう和解するかだが、それは真田が自分でけじめをつけると言って俺たちの協力を断った。


「テーブルに血がついていなかったのは椅子に頭をぶつけたのが出血の原因だから、ってことか」


 学生支援部の部室で、俺は奏音がくれた紅茶を飲みながらつぶやいた。


「江神くんはどうして犯人が真田さんだってわかったの?」

「真田が先生の白衣を『コートくらいの長さ』って言っただろ。依頼が来てから毎日山口先生の白衣をチェックしてたが、例外なく足元まである白衣しか着てなかった。だからカマかけてみたんだよ。正直、全然手がかりがなくて推測の域を出なかったけど、当たってよかったわ」

「でもさ、一つ分からないことがあるよね」


 櫻井が思い出したように言う。


「なんだよ」

「なんで山口先生は事件当日の夜、牛丼屋に入った時に焦ったようにしてたんだろうね」

「ああ、それなら私が聞いてみたわ」


 読書を中断して夢月が反応した。


「へえ。どんな?」

「言い渋られたのだけど、強引に聞いてみたら答えてくれたわ。……江神くん、あなた月曜日の23時から観てるものはない?」

「月曜の23時……『重装魔法少女ファランクス』なら観てる」


 あれ結構面白いんだよな~。古代共和政ローマを舞台に、娼婦の娘たちが魔法少女になって異世界の侵略者を迎え撃つやつ。原作は漫画らしいし後で買いたい。


「彼もそのアニメのファンらしいのよ。どうしてもリアルタイムで観たいからって、急いで帰ってたみたい」

「マジで?」


 夢月はなんでもないようにうなずき、また読書に戻った。


                                     了

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青春ラブコメに「謎」は必要なのだろうか? 黒桐 @shibusawa9113

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