いちゃラブ地雷

佐倉島こみかん

だから地雷の話を安易に振るなと

「そういえば皆さん、地雷ってあります?」

 このオフ会の主催であるカピバラ子が、壺カルビを鋏で切りながら尋ねた。

 その日、久々に開催されたとある漫画作品のオンリーイベント後、ツイッターで繋がっている仲のいい面子が集まって焼き肉に来ているところである。

 イベント後特有のお宝を入手した高揚感と原稿作業からの解放感で、皆、食も酒も進んで場も温まってきたタイミングでの一言だった。

 カピバラ子は原作の隙間を埋めるように、キャラクターの過去に『このようなことがあったのでは?』という解釈を形にしていく古畑任三郎タイプの描き手であった。焦げ茶の髪はボブ、ナチュラルメイク、服装もオフィスカジュアルな雰囲気という擬態型オタクである。

 さて、『地雷』とは、触れると死んでしまいそうなほど苦手なネタの例えである。

「あ~、わたしは死ネタ! 死ネタが地雷~!」

 カピバラ子の向かいに居たゆみりんがビールジョッキを置いて答える。

 ツーブロックの金髪でピアスを両耳合わせて五つほど着け、ユニセックスな黒いワイシャツにスラックスを着た、パッと見ではかなり厳つい女性である。しかし作風は三頭身の可愛いミニキャラがゆるっとしたやり取りをしている癒し系四コマを描いているという、リアルとのギャップの大きいオタクであった。

「ゆみりんさん、ほのぼの日常系がお好きですもんねぇ」

「だって、ただでさえ原作が殺伐としてて、いつ推しが死んでもおかしくないんだよ! 二次創作でまで辛い思いしたくない! この間、推しが死ぬ話をうっかり読んで、その日1日ご飯が喉を通らなかった……」

 カピバラ子の相槌に、ゆみりんは文字通り頭を抱えて答える。

「ゆみりん、尖った見た目のわりに中身は繊細やんなぁ! ウニかいな!」

 ケタケタ笑いながら関西の訛りで答えたのは、ゆみりんの隣に座っていたしゅきぴ坂本であった。この中で一番年長の既婚者である。一つ結びにした黒髪に眼鏡、麻混合の自然素材ワンピースにレギンスを着た主婦感のある出で立ちだ。テンポのいいギャグ漫画を描かせたら界隈で右に出るものはいないと言われている。

「ウチは寛太郎総受けがアカンなぁ。確かに貫太郎は主人公やし可愛いんやけど、原作でさして関係のあらへんキャラまで寛太郎好き好き~ってなってると、それ何かちゃうんちゃう? 思て読めへんわぁ。あ、羅夢陀ちゃんコレそろそろ食べ頃やで」

 ひっくり返したハラミを向かいの四月朔日羅夢陀に取ってやりながら、しゅきぴ坂本は続けた。

 今回のオンリーイベントの漫画の主人公である鍋島寛太郎は、家族を妖怪に殺された壮絶な過去を持ちながらも、人前では明るく振る舞う、心優しく健気な明治時代の十五歳の少年である。中性的な見た目をしているため、BL界隈では受けにされがちだ。

「あ、ありがとうございます。坂本さんのそれ、ちょっとそれ分かります。私は、極端なキャラ改変が地雷なので……」

 しゅきぴ坂本からハラミを受けとりながら、羅夢陀がおずおずと言った。紺地に黒のフリルとレースの付いた、ぎりぎりゴスロリにはならない程度のゴシックテイストのワンピースを着た女子大生である。緩く巻いた明るい茶色の髪は肩まで伸ばしてある。作風は耽美な筆致の切なくシリアスなBLだ。

「学パロとか現パロとかで、別にソレそのキャラじゃなくてもいいんじゃない? ってくらい性格変えられてることあるじゃないですか……ガワだけ使って原作へのリスペクトが感じられないような……そういうやつが本当にムリです」

 肩を竦めて羅夢陀は嘆いた。

「ええと、確かカピバラ子さんは逆カプが地雷な人でしたっけ?」

 続けて羅夢陀は隣のカピバラ子に話を振る。

「そうなんですよ~! 羅夢陀さんや鉄塊さんは同じ慶寛好きだし、坂本さんとかゆみりんさんは日常系とかギャグだから大丈夫なんですけど、私、寛慶が本当にムリで!」

 慶寛とは、界隈で最大手のカップリングである。主人公・鍋島寛太郎の幼馴染みである炎極慶次郎が攻め、鍋島寛太郎が受けの組み合わせをそう呼ぶ。逞しい体躯と強面で誤解されがちだが、しっかり者で世話焼きな慶次郎と、人の良さ故に騙されやすく小柄で中性的な寛太郎という、設定だけでもかなり二次創作の傾向が片寄ってきそうな二人の、互いをよく分かっている様子や、信頼していないと出来ない連携技が熱いバトル展開などからこの組み合わせが最大手となっている。

「いやあ、皆さん苦手なものがあると大変ですねぇ」

 苦笑して言ったのは羅夢陀の隣の鉄塊である。鉄塊はこの面子でのオフ会に今回初めて参加した。羅夢陀の大学の同級生で、今日は羅夢陀の同人誌の売り子として来ていた。ハンサムショートに黒いシャツワンピースと飾り気のないシンプルな格好である。

「鉄塊ちゃんは、何か地雷あらへんの?」

 しゅきぴ坂本がビールジョッキをあおりつつ聞く。

「私は割と雑食なんで、逆カプも総受けも死ネタもキャラ改変も、話や絵が好みなら読めちゃいますねぇ」

「うわ~、出た! 雑食マウント~!」 

 しゅきぴ坂本が大仰に茶化せば、鉄塊の笑顔がぴしりと引きつる。

「いえ、別に、マウントを取っているわけでは。本当に、わりとなんでもイケる口なだけで」

「ほら、それをマウント言うんやで! なんでもいけます~って、地雷の話してるときに答える返答としては0点やん」

 しゅきぴ坂本はいささか酒癖が悪かった。笑いながら煽り続ける様に、鉄塊は一瞬あからさまに不機嫌な表情を見せてから、いっそ清々しい程の作り笑いを浮かべた。

「すみませんねえ、空気が読めなくって。そうですねえ、強いて言うなら慶寛のいちゃラブですかね!」

 あからさまに取り繕った明るさで言って、鉄塊はビールを呷る。鉄塊のリアルでの友人の羅夢陀と、主催のカピバラ子はその様子にハラハラとしていた。

「い、いちゃラブが苦手って珍しいですね!」

 一触即発の空気をなんとかしようと、カピバラ子は相槌を打つ。

「ええ。私も羅夢陀と似た感じなんですけど、あの作品の世界観ってやっぱりある程度の緊張感と距離感が大事かなあと思ってて、ただイチャイチャラブラブしてるだけの慶寛はそうじゃないだろ!って鳥肌たっちゃうんですよね」

 肩をすくめて、鉄塊は言った。

「なんや、地雷あるんやないの! ほな最初から言わんとアカンで」

 しゅきぴ坂本が言えば、鉄塊は冷ややかな目で見返した。

「皆さん程じゃないので言いづらかったんです、すみません。というか、こういうのって強制的に言わせるようなものでもないと思いますけど」

「そない睨んで何なん? めっちゃ怖いわあ!」

 しゅきぴ坂本がくすくす笑って答えれば、鉄塊は大きな溜め息を吐いた。

「すみません。飲み過ぎたみたいで気分が悪いので帰ります。これ、会費です」

 財布から食べ放題コースの金額を取り出して机に置き、鉄塊は立ち上がった。

「え、ちょっと、てっちゃん?」

「羅夢陀は残っていいよ、一人で大丈夫だから。私がいると空気悪くしちゃうみたいだし、元から仲良しの皆で楽しんで」

 慌てて立ち上がろうとする羅夢陀に柔らかな苦笑を浮かべて、肩に手を置いてとどめた。

「皆さん、今日は参加させていただいてありがとうございました。それでは」

 一番通路側に居た鉄塊は、止める間もなくそそくさと個室を出て行ってしまった。

「ああああ、皆さんすみません! てっちゃん、ちょっと意志の強いところがあって!」

 鉄塊の元からの友人である羅夢陀は鉄塊と残りの3人を交互に見遣りながら慌てて言う。

「いえ、私の方こそすみません! あんな話題振ったばかりに!」

 カピバラ子も恐縮して答えた。

「カピちゃんは悪ないで。てか、何なんあの態度? ちょっと茶化しただけやん、気ぃ短いにも程があるやろ。こっわぁ」

 しゅきぴ坂本はカピバラ子をフォローしつつも嘲るように言った。

「まあ、坂本さんの煽りもちょっとアレでしたけど、あの程度で帰るのもちょっと……って感じですよね」

 ゆみりんもこの空気をどうにかしようと、しゅきぴ坂本に話を合わせる。

「ああ、ああ、気分悪ぅ。せっかく皆で楽しく話とったのに、台無しやぁ。せや、仕返しに、慶寛のいちゃラブ描いて送り付けたったらどやろ?」

 しゅきぴ坂本が悪い笑みを浮かべて言った。

「ええ? ちょっと、大人げなくないですか?」

 カピバラ子は気の引けた様子で答える。

「勝手に帰って空気ぶち壊しといて、大人げないのはどっちや言う話やん。地雷ない言うてたし、ウチらほど強く苦手ってわけやないんやろ? せやったら、これくらい可愛い仕返しとちゃう?」

 言うが早いか、しゅきぴ坂本は鞄からA5サイズのスケッチブックとシャーペンを取り出して下描きを始めた。

「あと、単純に皆のいちゃラブ慶寛が見たいねん」

 しゅきぴ坂本が屈託なく笑って言えば、他の三人も苦笑して、それぞれ筆記具を取り出して描き始めた。

「ほな、家で清書したやつをTwitterに投稿いうことで。リプライ先に全員のアカウント名入れてお疲れさまでした~!的なことを書いとけば、個人攻撃と思われんしええやろ」

 一通り皆が描き終わったところ見計らって、しゅきぴ坂本が言う。

 三人は気が引ける様子がありながらも、しゅきぴ坂本の提案に頷くのだった。



 そして、各々の帰宅後、次々にTwitterに慶寛のいちゃラブ絵が上がる。

『イベントお疲れ様でした~!イツメンでのオフ会、めっちゃ楽しかった~!みんなで慶寛を描いたりして盛り上がった!ウチの絵もあげときます~!』

 真っ先に投稿したのは、しゅきぴ坂本であった。投稿したのは現パロで慶寛がイチャイチャしている四コマ漫画である。宛先にはもちろん、鉄塊の名前も入っている。

『>RT 坂本さん、慶寛のいちゃラブ描いたなんて! 信じられない!』

 投稿して三分も経たないうちに、リツイート後の空リプで鉄塊の悲鳴が上がっており、しゅきぴ坂本はしめしめと口元をゆがめた。

 その次に投稿したのはゆみりんである。

『イベントもオフ会もお疲れさまでした! 私も皆で描いた慶寛上げますね~!』

 いつも三等身の慶寛がぎゅっとハグし合って、周りにハートが飛んでいる一枚絵である。あまり乗り気でなかったためか随分控えめな表現であった。

『>RT ひぃっ!ゆみりんさんまで慶寛の甘々絵を!?』

 すぐさま、空リプで鉄塊が書いているのを見て、しゅきぴ坂本は満足感を覚える。

『皆さん、オフ会参加してくださってありがとうございました~!イベントお疲れ様です!オフ会でお絵かきしたりして楽しかったですよ~!』

 その次に絵をアップしたのは、カピバラ子であった。『未来捏造注意』の注意書きと共に、戦いが全て終わった後の二人の同棲生活のとある朝を描いた砂を吐きそうなほど甘い漫画であった。

『>RT カピバラ子さんのいちゃラブ漫画……!二人が幸せ過ぎて鳥肌モノ……!全俺が泣いた……!』

 瞬く間にツイートされる鉄塊の空リプに、しゅきぴ坂本は違和感を覚える。

『みなさん、おつかれさまでした&ありがとうございました~! わたしもオフ会で描いた絵を上げますね。体調不良で途中で帰った鉄塊ちゃんがちょっと心配ですが、あの様子だったらたぶん平気かなあと思います。強かな子なので笑』

 元からの友人である羅夢陀の意味深なツイートが添えられた絵は、キスした二人がその後、照れくさそうに笑い合っている二コマ漫画であった。

『>RT いやああああ!羅夢たんの甘々絵~!そして私のことをよく分かってらっしゃるわ笑』

 羅夢陀への空リプを見て、しゅきぴ坂本の違和感はますます強まる。

『皆さん、今日は途中で帰宅してしまってすみませんでした。皆さんのいちゃラブ慶寛絵を拝見しました。ここらで、汁だくでおせっせするいちゃラブ慶寛が怖いですね!』

 全員が宛先に入った鉄塊からのリプライに、しゅきぴ坂本は天を仰いだ。

「アカン、一本取られた……!」

 いいように使われたことを後悔しても後の祭りである。

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