それは恋の味
あやむろ詩織
それは恋の味~クリスマスイブ特別話
「俺たち別れよう」
クリスマスイブに、うちの店の中で振られてしまった。
商品を買いに来た数名のお客さんたちがざわざわしている。
この繁忙期に、私はなんでこんな目にあっているんだろうか。
私の目の前で、沈痛そうな面持ちを見せているのは、最近うちのお菓子屋に毎日押しかけてきていた近所の商会の息子マイクだ。
別に振られたと言っても恋人じゃない。
一週間前にマイクから告白されて、繁忙期で考えるのが面倒くさかったこともあって、「とりあえず友達から」と私が言ったのを曲解したのか、なぜか彼の中では付き合っていることになっていたようだ。
「はあ、そうですか」
私が抑揚のない声で答えると、マイクは辛そうな様子で店を出ていった。
窓から覗くと、可愛らしく着飾った女の子に駆け寄る姿が見えた。
なぁんだ、そういうことか。
そうならそうと最初から言ってくれたらいいのに。
多分、あの女の子が本命で、私が当て馬だったのではないだろうか。
とんだキューピッド役を割り当てられていたようだ。
騒がしてしまったことをお客さんに詫びて、店を再開する。
もうマイクのことは忘れていた。
***
私はミーカ。
町のしがないお菓子屋の一人娘だ。
両親は既に亡く、一人で店を切り盛りしている。
クリスマス前は、一年でも特に忙しい時期だ。
私は一人で菓子作りから、販売、仕入れ、経理までこなしているので、休む暇もない。
ここ一カ月ほどは寝不足で、ふらふらと店頭に立っていた矢先の事件だった。
しばらく無の境地で、お店に来るお客さんの応対をしていると、ようやく切れ間が見えたようだった。
窓に視線を向けると、既に外は夕暮れだった。
商店街はクリスマスカラーで華やかにイルミネーションされていて、幸せそうな様子の家族やカップルが肩を並べて歩いている。
いいなぁ。
こういうときは、独り身の寂しさが身に染みる。
仕事の忙しさにかまけて、二十歳を過ぎても恋人の一人も作らないでいる私には慣れた感情だけど、寂しいものは寂しい。
せめて両親がいたらなぁ。
賑やかだった頃の店を懐かしく思い出していると、扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
がっしりとした体格の男性が、身を縮めて店に入ってきた。
町の冒険者組合に所属している顔見知りの冒険者アデルさんだった。
どうやら甘いものが好きらしくて、いつもお菓子を大量に買っていってくれる大のお得意さんだ。
黒い髪に黒い瞳の少し強面の青年で、無愛想だけど、優しい人だってことを私は知っている。
店の残り物を孤児院に持って行く時に、アデルさんが孤児院の子供たちと遊んであげているのを目にすることがあるからだ。
アデルさんは、頭に白い粉雪をつけていた。
雪が降ってきたんだ。
通りで寒いと思った。
他にお客さんがいないので、ひとしきり雑談を交わしていると、アデルさんが急に口ごもった。
「……さっき、店の中で」
「店の中?」
なかなか続きを言おうとしないアデルさんに続きを促すと、言いにくそうに話してくれた。
話を要約すると。
「マイクが私に別れを告げていたのを見たと……」
アデルさんはこくんと頷く。
「ああ、見てたんですか。マイクとは別に付き合っていたわけじゃないんですけどね。勝手に恋のさや当てにされてたらしくて、いきなり店の中で別れをもちかけられたんですよ」
たまったものじゃないですよね、と軽口を叩く私に、アデルさんは満面の笑みになる。
「そうなのか!」
普段無愛想な男性の笑顔って、なんて眩しいのだろう。
頬が熱くなった私に、アデルさんは、先程私が丁寧にラッピングしたクッキーの箱を押し付けてくる。
「これ……俺の気持ちだ!」
言い切ると、ガランッガランとベルの音を盛大に立てながら、アデルさんは走り去っていった。
……これ、私が作ったものなんだけど。
なんとなくラッピングを外して、自分で作ったホワイトチョコのコーティングされたクリスマス仕様のクッキーを食べる。
食べなれた味なのに、なぜか甘酸っぱく感じた。
それは恋の味 あやむろ詩織 @ayatin57
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