第6話 警官到着

(何があったんだっけ)

 俺は座り込んだ姿勢のまま辺りを見回し、ぼんやりと考えた。

 暗いが、どうにかそれらが見えた。木目の壁、吹き抜けの天井、窓の外に広がる自然豊かな木立。そして、血まみれで横たわる友人。

(え?)

 どう見ても生きているとは思えない友人の姿に動揺し、それに気付く。赤黒いような、足跡。

(……思い出した!)

 屋上で熊が腕を振り下ろし、それを避けるように体を捻って熊にぶつかるようになったら、手すりが折れて一緒に転がり落ちたのだ。

 上を見上げれば、天井の明り取りの窓が一部壊れていた。

 屋上から階段の上にある明り取りの窓を突き破って落ち、熊と一緒に階段を転がり落ちたらしい。

 夢かと思うような出来事だが、そばに横たわる友人の遺体が、それが現実だと示している。

 パトカーのサイレンが聞こえる。

(ああ。警察がやっと来てくれたのか)

 俺はそう考えて、熊はどうなったのかと辺りを見回した。

 いない。

(逃げたのか?)

 そう思ったが、ここで俺は、違和感を覚えた。

 何かがおかしい。

(そうだ。ここで死んだのは1人だろう?何で2人も倒れているんだ?)

 暮れてしまって暗くなってはいるが、人間の遺体が2体、そこにあるのが見える。

 近付いて、それが誰なのかよく確認しようとした。

 が、心から驚いた。それは、俺だったのだから!

 頭も回らない。言葉も出ない。ただ、麻痺したように、死んだ自分の体を覗き込んでいた。

 と、玄関のドアが開いて、警察官と猟友会のハンターが姿を見せた。

「いたぞ!」

「くそ。人の味を覚えちまったか」

(待ってくれ!助けてくれ!)

 俺は言おうとして、凍り付いた。

 喉から出るのは、言葉ではなく唸り声で、俺が歩いた後には、熊のあしあとが付いていたのだ。

 俺は自分の体を見下ろした。

 驚いた。熊だ。着ぐるみなんて着た覚えもないし、俺の体はここに横たわって死んでいる。

 俺は誰だ?いや、何だ?

 不意に、よく読む小説を思い出した。死んで、別の誰かの体に入り込むという――はあ!?まさか、屋上から落ちて、俺も熊も死んだのか?それで俺の魂は熊に入ったと!?

 信じがたいが、それが合理的な考えなような気がする。とてつもなくバカバカしいし、聞かされれば、笑うだろうが。

「人を食った熊は、殺すしかねえ」

 俺は焦った。

「待て!待ってくれ!俺は熊じゃないんだ!」

 叫んだつもりで慌てて俺は立ち上がり、大きく両手をあげて振ろうとした。

 が、引き攣ったような顔の警察官とハンターが見え、飛んで来る小さな鉛玉が見えるような気がし、パンという音がしたかと思うと、貧血のような感じになって、目の前が暗くなってきた。

「やったか?」

 声がどこかから聞こえる。

 いつの間にか俺は倒れていて、床の上に残る、赤黒い足跡を見ていた。

(俺は……)

 熊のものと人間のものが入り乱れた、赤黒い、足跡を。

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あしあと JUN @nunntann

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