マンドラゴラと豆と糸

てふてふ

第1話

昔々、世界が天国と地獄しかなかった頃。人々がまだ善良で神々に愛されて、雲の上で暮らしていた時のことです。


ある日、一匹の蜘蛛が雲と雲の間からまっすぐ下へ下へと糸を垂らしました。

近くの蓮池で、地面を見下ろしながら散歩していた若者が、その銀色の美しい糸を見つけました。


「この糸はどこまで続いていくのだろう」


この若者はいつもいつも雲の上から地面を眺めていました。

一度でいいから、あの茶色い土に触ってみたいとずっと好奇心に駆られていました。


雲の上は、蓮の花とリンゴと空と美しいものだけで出来ていて、まるで、サンリオピュー○ランドの世界でしたから。

パステルカラーばかりを見ていた彼にとっては、茶色い土も物珍しく見えたのでしょう。


「この糸に縋りついて、どこまでも下って行けば、もしかしたら地面に触れるかもしれない。」

若者はそう思い糸に手をかけ、するすると下って行きました。


降っていく途中、あたりを見渡しました。

右をみると大きな大きな豆の木がありました。

豆のさやをよく見ると男の子が休んでいました。

「おーい。君も下へ行くのかい?」

男の子は驚いて、さやから落ちそうになったのをしがみつきました。

「びっくりしたー!!うん。知らない人からもらった種を植えたら、一晩でこんなに大きくなったんだ。」

「それはすごい!いろんな方法があるんだなぁ」


二人は意気投合してしばらく話していましたが、蜘蛛の糸と豆の木は声は届いても手は届かないほど離れていたので、

「じゃぁ、また下で会おう」

と約束をして別れました。


下の世界が気になる人は他にもいたんだなぁ

と若者は安心しました。

雲の上では、下ばかり見ている若者は変わり者扱いをされていましたから。



左をみれば、背中から翼の生えた子供が花冠をつけた人を運んでいました。

よくよくみると、その花冠の人は怪我をしている様子で、子供たちは大慌てで下へ下へと降っています。


あぁ、これは大変だと思い、

「お大事にー!!」とだけ叫びました。


またしばらくして、はるか遠くの方を眺めてみると、大きな大きな船のようなものも見えました。


「案外下も賑やかでたのしそうだ」とぐんぐん下に降って行きました。


やっと、地面まであと十数センチのところにきました。

若者は嬉しさのあまり地面へと飛び降りました。


しかし、地面は若者が思っているほど固いものではありませんでした。


ずぶっと音を立て、若者の両足は地面に沈みました。

身動きを取ればとるほど、暴れれば暴れるほど、みるみるうちに沈んでいきます。

若者は慌てて、蜘蛛の糸に縋りつきましたが、糸は掴んだ瞬間、プツンと途中で切れてしまいました。


「誰かっ!!助けて!!」


若者は大声を上げながら助けを呼びますが、

あたりを見渡しても人はいませんでした。


どんなに叫んでもはるか遠い空には届くわけがありません。

視界の隅に豆のさやが見えました。


「来ないで!!」


最後の力を振り絞り大声で叫びました。

若者にはもう子供の姿は見えませんが、土の中で声をあげ続けました。

かすかに地面が揺れ、それに怖がった子供は上へ上へと戻って行きました。




さて、こちらは地の底の市場でございます。「買った」「まけて」と魔女や悪魔、鬼たちが騒ぐのを敏腕商人のカンダタが相手をしています。


「カンダタさんのマンドラゴラはいつも質がいいですね」

「そりゃぁ、なによりも品質に拘っていますから。マンドラゴラの主な原材料は“無実な罪で処刑された男“ですからね。でも、まぁ、ここ(地獄)にそんなの滅多に手に入らないんで、わざわざ天界から“罪のない人“を仕入れてますよ。ぇ、あぁ、そりゃ純天然物のマンドラゴラは希少ですから、流石に、このお値段では。。。でも、養殖でもお味と効き目は天然物と見劣りしませんよ。」

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マンドラゴラと豆と糸 てふてふ @tehutehu1215

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