後編

 美奈月が目を覚ますと、天井が白かった。美奈月の家の天井は青で塗装されているので、ここは自宅ではないことを彼女は察した。

 では、ここはどこなのだろう。そう思い、彼女が起き上がると、彼女の近くに誰かがいた。

 見覚えのない女の子が、美奈月の足に腕を乗せ、眠っていた。彼女は美奈月より少し年上のようだ、少し体が大きい。そしてここは、恐らく病院なのだろう。美奈月の腕には、点滴の針が刺してあった。

 そこで美奈月は、違和感を覚えた。自分の手が少し小さいのだ。感覚ではあるが、少し体も、軽くなったような気がした。

 深い疑問を抱えた美奈月は、今の状況がどうなっているのか、が理解できていなかった。自宅が爆発して、気がついたら病院にいた。ここまでは分かるのだが、体のどこにも、爆発による怪我が見当たらない。そして、自分の近くにいる彼女は誰なのだろう。

 そう、美奈月が思っていると、近くにいた女の子が起きたようで、「うんうん」と唸り声を出しながら起き上がると、美奈月が起きていることに気が付いたようで、叫んだ。


「ユキ! 目が……覚めたの!?」

「ユ、キ……? うっ……。ハッ……!」


 彼女の言葉が引き金となり、美奈月は頭が痛くなった。それと同時に、彼女は自分の中で眠っていた記憶を、次から次に思い出した。


 “そうだ、私の名前は……。”


「お姉ちゃん……。うん、さっき目が覚めたんだ。」

「そっか……良かった……。」


 “私の名前は、木庭きにわ悠貴ゆき。そして、目の前にいるこの女の子は私の姉である悠奈ゆなで、年は二つ上だ。そして、今自分が何歳なのか、詳しくは分からないが、恐らく十代後半だろう。”


 美奈月、改め悠貴は、自らの中で眠っていた記憶を取り戻し、目の前にいる姉・悠奈に抱き着いた。懐かしいぬくもりを感じることが出来た彼女は、気付かぬうちに、涙を流していた。それは、自分が置かれている状況が、とてもいい方向に、進んだことを表しているようであった。

 そして、抱き付かれた悠奈は、ようやく目を覚ました妹を強く、強く抱き返し、且つ抱き締めた。


 ━━━━


 それから、悠奈は嬉々とした表情で母に電話をし、離れた電話越しから母の喜ぶ声が、悠貴のところまで聞こえてきた。その後、父にも電話をかける悠奈。同様に父の喜ぶ声が聞こえてくる。

 早く会いたい一心で、両親の到着を待つ悠貴と、早く悠貴の元気な姿を母に見せたい悠奈の二人が病室でじっと座っていた。


「ねえ。お姉ちゃん。」

「なぁに? ユキ。」

「今って。西暦何年?」

「えっとね、確か……。2020年の9月……だと思うけど……ごめん、今が何年だとかもう気にする余裕がないくらいユキのそばで目を覚ますのを待っていたから……詳しくは分からないや、アハハ……。」


 悠貴からの問いに答えることが出来なかった悠奈は、理由を説明して愛想笑いや苦笑いを浮かべる。しかし、そんな姉の事を悠貴は責める事は無かった。いや、責めることは出来ない。自分の事を心より心配し、ずっとそばにいてくれたのだから。

 そう思った悠貴は、嬉しさと申し訳ない気持ちが混ざり、目に涙を浮かべた。


「今、お姉ちゃんは何歳になったの?」

「私は今17歳になったよ。ユキはもうすぐ15になるね。……あれからもう9年と半年か。長かったな……。」

「そっか……。あれから、10年も……経っちゃってるんだね。」


 悠貴には、悠奈が言っている言葉の意味が理解できた。今から約9年前。ある事件が、突然悠貴を襲った──。


 ━━━━


 西暦2011年4月の朝9時過ぎ。朝から空が青く輝いていた日であった。その青空の下で二十人程度の小学生達が集団で学校に向かっていた。その小学生達の列に向かい、一台のラフテレーンクレーンという一般的に物を高いところまで上げたり下に下ろすために使われるクレーンが突っ込む事故が起きた。

 その事故で六人の子供が死亡する事故となり、一時ニュースとして取り上げられていたものだ。犯人は癲癇てんかんの発作による意識喪失で、運転前に癲癇の薬剤を服用せずに運転していたことによって引き起こされた事故だ。

 この事故について、犯人のことを卑劣と言う者もあれば、犯人と同居していた母親の監督不行き届きだとか、はたまた犯人の職場会社にも責任があると言う者もあった。様々な議論を重ねられていたこの事故だったが、これに悠貴も巻き込まれていたのだ。

 姉の悠奈と共に登校していた悠貴だったが、この姉妹の中で悠貴一人がクレーンに衝突され、跳ね飛ばされてしまった挙げ句、その先に標識があり、それで頭を強打して意識を失っているのだ。

 地域の中で一番大きな総合病院……。そこに事故に遭った悠貴が救急搬送された。妹と共に搬送されていた悠奈は手術室の前で妹の生還を心から祈っていた。そこに走ってきたのは、悠貴の母・悠果ゆかと父・とおるであった。

 二人は娘の一大事に飛んできたのだ。二人は今にも泣きそうな悠奈を見て、悠貴が危ないと言うことを察した。

 それと同時に二人は悠奈を抱きしめ「大丈夫だから……。悠貴の事だからきっと大丈夫。」と自分に言い聞かせるように言い聞かせた。そう、それは三人にとってここから長い時間言い聞かせ続けることになる言葉になるのであった。

 手術室から出てきた悠貴は酸素マスクを装着し、体中に包帯を巻き付けられていた。その姿は事故の凄惨さを物語っていた。

 そして悠貴は病室に運ばれ、幾年もの間、眠り続けた。そんな中で姉・悠奈は、毎日毎日学校終わりに病院へ行き、悠貴に教科書を音読してあげたり、鍵盤ハーモニカやリコーダーを弾いていたりしていた。

 時が経ち包帯が外れた中、悠貴は眠り続ける。そんな悠貴の姿を悠奈達は心配な心持ちで看病を重ねていく。

 そして悠貴が中学生に上がり、眠り続ける彼女を見た担当医師から、とうとう目を覚まさないままでいる可能性を伝えられてしまった。落胆する悠奈達だったが、そのすぐ後に悠貴が動き始めたりしており、もしかしたら悠貴は起きるかもしれない、そんな希望的観測で悠奈達は毎日悠貴の世話をし続けてていた。

 そうして、事故から九年半経ったこの時、悠貴は目を覚ました。


 ━━━━


「悠貴が目を覚ましたよ──」


 そんな言葉が悠果の耳に伝わる。信じられない言葉であった。

 何年も眠り続けていた娘がようやく目を覚ましたのだ。嬉しい以外の何物でも無い。しかし、悠果にはある心配事があった。

 目を覚ましたのは良いが、これまで眠っていた分の遅れがあるかもしれない、と言うことだ。昔から悠奈が放課後を潰し、友人との遊びも断り、悠貴のために教科書を読み上げたりしていたが、果たしてそれで大丈夫なのだろうか。

 いや、確認をする前に我が娘を疑ってどうする。信じるしかないだろう、娘達を。


「そっか。ありがとう、電話してくれて──」


 悠果はそう悠奈に伝え、電話を切る。そして、我が夫にも電話を、と電話を掛けるが電話は繋がらない。仕事中だから電話・・には出んわ・・・ってか。ふざけるな。

 悠果は電話を切ると、続けて電話を掛けたのは、夫の会社で使われている固定電話だ。


「もしもし、木庭総合プランナー、取締役の木庭ですが。」

「あ、もしもし? あなた?」

「お、悠果か。どうした、悠貴が起きたんだってな! さっき、悠奈から電話が掛かってきたよ。」

「あ、ああ……そういうことだったのね……。」


 夫、徹の行動が間違いではないことが分かった悠果は、怒っていた自分が馬鹿馬鹿しく感じてしまい、笑いを含んだ声で返す。


「どうするの? 今から行くの?」

「ああ。今日はもう、閉めて出て行こうと思っていたところだったんだ。」

「じゃあ、一緒に行きましょう。私も今から行くつもりだったの。こっちからそっちに行く方が時短になるから、迎えに行くわ。」

「ああ、頼んだ。」


 徹は、電話越しでも分かる程頷いていた。悠果は、その反応を聞くと、静かに微笑んで電話を切った。

 そして、玄関へ行き車の鍵を手に取って、家を後にした。外に出ると家の駐車場に止めてあるプリウスに乗り込む。彼女は続けてエンジンを起動し、徹の待つ事務所へと向かう。

 自宅から事務所までは車で十分ほどだ。そして、そこを経由していくと、悠貴の居る病院まで行くことが出来る。事務所から自宅に行ってそこから病院となると往復になるので遠回りになってしまう。

 その為、悠果が迎えに行く事になったのだ。徹の事務所に着くと、徹は荷物を持って待っていた。

 徹と荷物を乗せると、車を発進させて悠貴達がいる病院に向かった。事務所から病院まではおおよそ二十分ほどかかる。その道のりを二人は悠貴の話題で過ごす。二人はそうして仲を深めたのだ。

 二十分後、病院に着いた二人は、待ちに待った娘の起きた姿を見るべく、急ぎ足で病室まで向かう。

 その姿は、正真正銘の親の姿であった。自分の子供を心の底から思い、気遣っている、そんな親としての鏡のような姿であった。

 そして、病室の前に着いた二人。悠貴の元気な姿を、いざこの目に──


 ━━━━


 悲しい話をした後、気を取り直した悠貴と悠奈。両親が病院に来るまでの間、悠貴と悠奈は雑談をして、二人のことを待つことにした。


「ねえ、お姉ちゃん。」

「どうしたの、悠貴?」

「お姉ちゃんは今どんな高校に通っているの?」

「今? 悠貴には言っても難しいと思うんだけど、うーん……簡単に言うと、今私は道徳の先生になるためにいろんな勉強をしてるんだ。」

「道徳? 道徳って何?」


 やっぱり、という表情をした悠奈。そう、ずっと眠っていた悠貴には、ちょっとした言葉ですら難しいのだ。

 しかし、それでも悠奈は、嫌な顔一つせずに、自分の言った言葉の意味を説明した。


「道徳って言うのは、人間の心を別の言い方にした言葉なの。」

「そうなんだ。分かった! つまり、お姉ちゃんは子供達の心を悪い方向に進ませないようにするために道徳の先生になるんだね!」


 悠貴は説明を少し聞いただけで、多くの事を理解したのだ。一を聞いて十を知る、まさにその言葉の通りだった。

 それが実現しているのは、悠奈が根気強く、教科書読みをしたりしていたからであり、その基礎がなければ、この技は為せなかった。

 元々の悠貴の力もあるだろうが、与えられた機会で、自然と学びを深めた事で、彼女の力が引き立てられたのだ。

 この子は伸びる。悠奈はそう、直感で思った。


「うん、よく出来ました!」

「えへへー……。」


 悠奈は悠貴の事を褒めながら頭を撫でる。すると悠貴は、│とろけるような表情を浮かべた。

 その表情を見ながら、悠奈は微笑む。二人の姿は姉妹の愛そのものであった。

 悠貴が、この先でどのように成長していくのかは未知数だが、ただ一つ言えることは、彼女が必ず成長する、ということだ。

 証拠に、やり取りがある。説明を受けてすぐに、すべてを理解した。そのことだけでも、成長する証拠になりえるのだ。

 その後、悠奈はジュースを買って来て、二人はそれからゆっくりと、ジュースを飲みながら談笑した。


 ━━━━


 そして、電話から三十分ほど経った頃、その夫婦はやってきた。その夫婦は悠貴の姿を見るなり、駆け寄ってきた。夫婦は悠貴に聞く。“気分はどう?”と。十分な回復を経た悠貴には、到底その質問の意味が理解できなかった。

 いや、意味の理解は出来るが、動機が理解できなかったのだ。見ての通り、悠貴は体も万全だし、こうして起き上がるまでに回復したのだ。

 そのことは、見ればわかることなのに……。そう悠貴は思いながらも、結局は首肯するに至った。

 彼女の首肯を受けた夫婦は、ホロリと目に涙を浮かべ、悠貴に抱き着いた。“良かった……良かった……。”母親は心の底からそう言った。今まで、十年近くもずっと眠ったままだった娘が、目の前で起き上がっている。その事は、二人にとっては奇跡に近しく、また嬉しい事なのだった。

 そんな中、病室に医師がやってくる。悠貴が起きたことを、夫婦の来院によって発覚したからである。別件で作業をしていた医師は、くだんの話を聞いて、早々はやばやと作業を終わらせて、やってきたのだ。

 そして、悠貴の事を診察すると、もう異常はないとして、即日退院の手続きをするように夫婦へと勧めた。二人は首肯すると、娘たちを尻目に、名残惜しそうな表情を浮かべつつ病室を後にした。

 残された姉妹は、談笑の続きをした。


「すごいね、今はこんなこともできるんだ……。」

「でしょー? 昔に比べて、世界は変わってきてるんだよ!」


 悠奈が悠貴に見せているのは、今となっては持ってないことが恥ずかしくなった携帯電話、スマートフォンである。事故当時には普及していなかった、画面を触って操作する携帯を見て目を輝かせていた。そして画面に表示されているのは、JTNLAW日本ネットワークという日本の通信を担っている会社のホームページである。

 そこには『5G・未来へ加速しよう』というフレーズが書かれており、ページ下へ進んで行くと、この5Gの世界で何ができるようになるのか、という説明がされていた。そこには、遠距離に対する通信であったり、高速通信であったり、はたまた医療や教育分野に置いての活用も、期待されていることであったり、様々な側面について記されていた。

 ここで悠貴は思わず疑問が浮かぶ。“5Gって、何だろう?”と。そこで悠奈に聞くことにした。


「ねえ、お姉ちゃん。この5Gゴジーってどういう意味なの?」

「あー、これね。これは5Gゴジーじゃなくて5Gファイブジーって読むの。これは、ファイブ・ジェネレーションっていう名前があってね、第五世代通信規格って言うんだって。」

「へぇー……。ファイブ……ジェネレーションかぁ。凄いね! これってもう使えるの?」

「今のところは、使える場所が限られてるの。これから、少しづつ使える場所が広がるって言われてるけど、凄く時間がかかるみたい。」


 とても楽しそうな悠貴の表情に対して、悠奈は申し訳なさそうな表情を浮かべながら、現状について話す。それにしても、なぜ彼女はこの事について、こんなに説明をすることが出来ているのだろう。

 辛そうな表情を浮かべる悠奈に対して、悠貴も心が痛くなってきていた。


「そっか……ごめんね。」

「いいの、悠貴が悪いのでも無いし、私が悪いのでも無いし、これを作っている人たちが悪いのでも無いし。気にする必要はないわ。」

「うん、そうだね」


 自分ではそう言っては見たものの、しっくり来ていないのだろう。悠奈は、申し訳なさそうな表情を続けた。

 そこへ、夫婦が戻ってきた。


「二人とも、もう帰って大丈夫だって。さあ、帰りましょう。」

「「うん、わかった」」


 母親の言葉に首肯する姉妹。見事な素直っぷりに、脱帽である。病室に置いている物を片付けると、車に乗せていった。悠貴も手伝おうとしていたが、母によって止められた。“あなたは車で待っていなさい”と。

 二十分もかからずに荷物をすべて片付けた。そして、悠奈と両親は、廊下ですれ違う病院の関係者にお礼を言いながら、病院を後にした。


 ━━━━


 自宅に戻った悠貴は、退院の翌日から、学校へ行くことになった。今まで学校にいなかった彼女は、クラスメイトから、奇異の目で見られた。しかし、彼女はその奇異の目を受けても、悠貴は負けずに学校へ通った。悠貴はとても芯の強い子である。きっと他の同学年の子供だったら、負けて学校へ通えなくなるだろう。

 負けずに一生懸命に頑張る悠貴の姿は、周りのクラスメイトだけでなく、全校生徒や教師の間でも、たちまち話題になり、そのうちに悠貴は学校の人気者になった。

 奇異の目を向け、遠くから見ていたクラスメイトたちは、徐々に悠貴への距離を縮めていき、そのうちに悠貴が友人と呼べる、クラスメイトが増えていった。

 学校から帰ると、自宅で悠貴は、学校の宿題に加えて自学に励んでいた。この自学には、悠奈の協力が関わっていた。ワークを悠貴が帰った日に、悠奈が即日で仕上げたのだ。

 問題は国語・数学・社会・理科・英語に、保健体育の常識問題があり、それぞれ十問ずつ用意されていた。悠奈は、このワークを、各教科二問ずつ解いていくことを、悠貴に指示した。

 悠貴はその問題を一週間、つまり平日の五日間をかけて、終了させた。金曜日にそれを悠奈に手渡すと、続けて悠奈は、次のワークを悠貴に手渡した。

 そのワークには、先ほどの教科が、それぞれ五十問ずつ用意されていた。その量に悠貴は、目眩がするような感覚を感じた。そこで悠奈は説明を付け足した。


「このワークで一旦、振り返りをするわ。一日五問、出来るわね?」

「うん、頑張ってみる。」


 悠貴は不安げに答える。しかし、その言葉とは裏腹の結果を、悠貴は翌週残すのだった。悠貴は五十問×六教科の計三百問を、月曜から金曜日までの五日間で、全て終わらせたのだ。

 その行動に悠奈は驚きを隠せなかった。まるで、悠貴が心の底から知識を求めるような、その姿は宇宙に広がる、大きなブラックホールのような印象を受けた。

 それから10月・11月・12月と、月日を重ねていき、悠貴は多くの事を学んだ。そう、この9年と半年で遅れた分の知識を、悠奈から叩き込みで詰め込まれたのだ。途中で悠奈の目的に気が付いた悠貴だったが、ありがたくその機会を利用していた。

 そして悠貴は、学校の中でも頭のいい生徒としてクラスにもなじみ、今まで居なかったことが嘘のように、クラスメイトから愛される存在になった。ただ、一人の男子クラスメイトを除いて……。

 知識を享受する中で、悠貴は進学する高校について、悠奈から考えるように言われ、どんな高校が自分に、合っているのか、どんな事を学ぶのが自分のためになるのか、考えるようになった。

 そして、彼女が選択した学問は──。


 ━━━━


 2020年、12月25日。二階の自室から、雪の降りしきる街並みを眺めている悠貴の姿があった。

 彼女は今、サンタ・クロースに願いを伝えていた。“どうか、受験が成功しますように……。”と。

 そこへ、彼女の姉・悠奈が部屋に飛び込んできた。その手には、一枚の封筒があった。

 その封筒を受け取り、封を切って中にある紙を取り出して、そこに書いてあることを確認すると……。


「え……。嘘でしょ……。」「あ……。これって……。」

「「合格してる……!?」」


 二人とも、互いに目の前に書いてあることを確認し合う。そして、正しいと確信した悠貴は嬉しさのあまり、ピョンピョン飛んだ。その悠貴を抱き締めながら、一緒に飛ぶ悠奈。


「やったー! やったーー! 合格したぁーー!!」


 その悠貴の言葉を聞き取ったのか、ドタドタと言う足音が二方向から聞こえてくる。

 そう、これは二人の両親の足音だ。


「何だって、本当か!? 悠貴、悠奈!」

「本当だよ、パパ」


 先に到着したのは二人の父・徹であった。少し興奮した様子で、聞こえてきた声が本当の事なのかを確認する。父の確認に悠奈は首肯する。

 続けて母・悠果がやって来る。彼女も同じように聞こえてきた声が、本当のことなのか確認した。二度目の首肯を悠奈はした。

 そんな中で、悠貴は一人でサンタ・クロースに感謝の気持ちを伝えていた。


“ありがとう、サンタさん……。ありがとう、三田家のみんな……。これからもよろしくね、本当のパパ、ママ。そして、お姉ちゃん。”


 その後、四人でクリスマスパーティー兼悠貴の高校合格パーティーをした。


 ━━━━


 ──クリスマスから四ヶ月という月日が経った後……桜が咲き誇る四月の初めに、悠貴たち四人は地元の高校に来ていた。

 この高校は、悠奈の通っている高校で、悠貴はここの普通科に合格したのだ。この日は悠貴の入学式および、教科書などの物品販売の日であった。

 今悠貴が着ている制服は、前々から制服販売店で購入していたため、この日に購入する必要は無かった。

 購入が終わり、悠貴は自らのクラスへと向かった。そこでホーム・ルームをした。悠貴は二十人弱のクラスメイトの中に、見覚えのある顔があるように感じた。

 それは一人の男の子だった。担任の点呼で彼の名前は炎崎ほむらざき優希ゆうきだと言うことは分かった。

 ホーム・ルームを淡々と受け、その後に解散した。悠貴は教室に残って、教室の前方にある、教壇の上にある名簿を見に行った。目的は、優希の出身中学校である。


「あっ……ごめんなさい。」

「こちらこそ。すまない。」


 一目散に教壇に向かった悠貴は、周りが見えていなかったようで、誰かにぶつかってしまった。見ると、相手はあの優希だった。

 彼も、誰かのことが気になっていたようで、名簿の元へ来ていたのだ。彼は名簿を見ると、納得したような表情で悠貴を見た。

 急に見つめられて驚いた悠貴は目を泳がせた。


「ど、どうしたの? わ、私の顔に何か付いてる?」

「いや、何も付いてないけど……木庭さん、やっぱり同じ学校から来たんだね。」

「うわー、奇遇だね! 私もあなたが同じ学校から来たのかもって思ってたんだ!」


 悠貴から、ほとんど同じ事を返された優希は顔を真っ赤にした。おっと、悠貴の行動の何かが、彼を惹き付けているのだろうか。

 しかし、中学の時に彼と関わった記憶が、一切無かったため、悠貴は少し不思議な気持ちになっていた。それはそうだろう。悠貴が人気者になったために、優希が近付くきっかけを作るのが難しくなったのだ。

 そう、彼は悠貴に一目惚れしていたのだ。しかし、近付くことが出来ずに、やきもきしていた。

 同じ高校に入学しているとはつい知らず、優希は驚いていた。しかし、それを悠貴に悟られてしまったら、どう思われるか……どうしたら自然に近付くことが出来るのか考えた結果、現在に至るのである。


「おーい、そこの二人。もう良いか? 名簿持っていっても。」

「あ、すみません。」「あ、すんません。」


 担任の声でハッとした二人。周りを見渡すと、残っていたクラスメイトが、温かい目でこちらを見つめていた。

 恥ずかしくなった悠貴は、一人で教室を飛び出した。教室を出てすぐの所で、後ろから腕を引っ張られた。振り返ると、優希がそこにいた。


 ━━━━


「さっきはすまなかった。」

「良いって。それよりも、さっき言ったことなんだけど……。私は、正直に言ってそういう感覚って言うの? よく分かんないや……。ごめんね。」

「良いんだ、こっちこそごめんな。急に色々言ったりして。」

「大丈夫大丈夫。気にしてないから。」


 ──十分前……二人が学校を後にしてから向かったのは、学校近くの河原だった。そこで二人は隣り合って座った。リードしていたのは優希だった。

 優希は悠貴に思いの丈を伝える。しかし、“好き”と言う感情は彼女に難しいものだった。感覚は殆ど小学生のままなので、よく分からなかった。

 結果として優希が振られた形となったが、優希は一見了承している様子だった。しかし、内心ではそうではなかった。

 その事は、優希の行動に表れていた。悠貴のリードを続け、まるで最上級の見守る行動であった。


「じゃあ、私帰るから。」

「俺、送るよ。どっち?」

「一人で大丈夫だから……気にしないで。」

「そうか? 気を付けてな……?」


 送ろうとした優希であったが、断られたために一人、トボトボと歩いて行く。その後ろ姿を見た悠貴は、堪らずに声を上げた。


「やっぱり、一緒に帰ろう!」

「……!」


 頬を赤くしながら呟く悠貴の声を聞いた優希は、パアァと表情が明るくなり、上機嫌で悠貴のもとへ戻ってきた。そして二人は一緒に帰るのであった。

 後に、二人は付き合うことになり、高校生活を大いに謳歌したという。


 ──これは、サンタ・クロースに憧れた少女の物語。サンタ・クロースへの想いを抱き続け、いつしかサンタ・クロースの事を追いかけるようになった。しかし、その行動は夢の中に消え去ったように思われた。

 悠貴が目を覚ました後に来たクリスマスでは、夢の中で様々な人から貰ったあの防寒具を悠貴はサンタ・クロースから貰っていた。そう、サンタ・クロースからである。

 悠貴は大いに喜び、同時にサンタ・クロース──もとい、両親の愛の温かさを感じた悠貴であった。

 そして、悠貴は幸せになるだろう。彼女の心で育つ、新しい感情は、どの様になるのだろう……。


 これは、サンタ・クロースに憧れた少女の物語である……。   ──FIN

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サンタを求めた少女の旅行記 抹茶 @macha_novelist

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