サンタを求めた少女の旅行記
抹茶
前編
“──目の前に見覚えのある人が、元来憧れている人の姿をして現れる……そんな光景が目の前に広がっていた──”
「ハッ!?」
ある実業家夫婦の自宅。その二階にある子供部屋で眠っていた少女が目を覚ました。彼女の額には大粒の汗が浮かんでいた。そんな彼女の事を、周りにいたメイドや執事が心配そうに見つめていた。
“あれ……夢?”
少女は周りを見渡し、今まで見ていた光景について思い出そうとしたが、既に思い出すことが出来なくなっていた。
彼女の名前は
赤い服を着ているその人は、おじいさんの姿をしていたり、好青年の姿をしているなどの様々な姿が人々で言い伝えられている。冬になると、数匹のトナカイを従え、全世界の子供達の親などに子供達が何を望んでいるのかを聞いて周り、それをクリスマスの日にそれぞれの子供達が眠っているその側に置いて去って行く。
彼の名前を、
冬のクリスマス、いつも美奈月の両親は忙しくしているが毎年その日は決まって家でゆっくりしている。
ある年、美奈月がなぜクリスマスだけゆっくりしているのか、と聞く。すると、二人は顔を見合わせるが、すぐに美奈月の方を向き、笑いかけながら「いつもクリスマスには、美奈月が欲しがってるものを、サンタさんが持ってきてくれるだろう? だからいつも、パパ達がサンタさんの事を出迎えているんだ」と答えた。
夫の言葉に、美奈月の母親は少し驚いているようだったが、すぐに笑顔を取り繕い「そうよ、ママ達でサンタさんの事を出迎えるのよ? ほら、時間が遅いからもう寝ましょう?」と言い、夫の言葉に賛同した。
美奈月は昔からサンタ・クロースの事が気になっていたのだ。パパやママが会えるのならば自分も会えるはずだ。そう思った美奈月は起きようとしたが、母の子守歌にあっけなく眠ってしまった。翌日の朝、眠ってしまった現実を知った美奈月は不機嫌になっていたが、欲しかったチカちゃん人形が貰えた嬉しさですぐに忘れ去っていた。
会いたいが会えない不思議な存在であるサンタ・クロースの事が美奈月にとってはとても気になるもので、同時に憧れの存在であった。
そうした中学三年生のある日、彼女はそのサンタ・クロースを夢の中で見てしまった……様な気がしていた。それがサンタ・クロースに会いたい美奈月の気持ちを強め、彼女はある行動を起こしてしまう──。
━━━━
“勢いでモスクワまで来てしまった……。”
サンタの夢を見た彼女は、ジュラルミンケースを片手に、ロシア・モスクワのある空港に降り立っていた。日本から一番近くて、寒いのはモスクワだから、そこにサンタさんがいるのだろう……。そう思った彼女は、自宅にいる執事の目を盗んで、気持ちの勢いで銀行へ行き、両親の口座から札束を百、つまりジュラルミンケースが一杯になるほどのお金を引き出し、その足で名古屋にある空港を飛び立ったのだ。
モスクワの空気は冷たく、美奈月の吐く息が真っ白になっているのが容易に分かる。そして、彼女は休む暇も無く、空港の外へ出ると、すぐ近くにあるお店に入った。
「いらっしゃいませぇー! ってあれぇ? きみ迷子ぉ?」
「いや、迷子じゃないです……。」
美奈月が入るや否や、店の中にいたテンションの高い、いかにもギャルのような店主は、早口で話を繋げていく。付いていけない美奈月は、思わず困惑してしまう。
「じゃあ、どうしたのぉ?」
「あの、サンタ・クロースを探しているんですが、お姉さん分かりますか?」
「サンタ・クロースぅ? えーっとぉ……確かぁ……そう! ヨーロッパに居るって話、聞いたことがあるよぉ?」
「そうですか? どうも、ありがとうございました!」
ギャル店主から、手っ取り早く本題を聞き出すことが出来た美奈月は、足早にその場を去ろうとすると、ギャル店主は彼女の足を止める。
「待ってよ、少し休憩して行きなよぉ!」
「え、えぇ……。」
そう。美奈月は、ギャル店主から無理矢理、休憩させられたのだ。そこで美奈月は黒い炭酸飲料、コレ・コーラを飲んだ。飲んでいる間に、ギャル店主が、ヨーロッパも寒いだろうから……と、羽毛の手袋を美奈月に手渡した。店主の優しさに心の中が暖かくなるような気がした。
二・三十分ほどそのお店で、ゆっくりと休憩した。そのお店には、カウンター裏に沢山の逆さになっている、大きなペットボトルのような容器があり、それぞれに様々な色の液体が入っていた。その中で、黒いシュワシュワとした液体の入ったボトルから、美奈月の目の前にある、コレ・コーラが出てきたのだ。
恐らく、このお店はジュース・バーなのだろう。パッと見た限り、お酒とみられるものはない。
美奈月はコレ・コーラの次に、白い液体のカロプスを飲んだ。甘い味のそれは、美奈月の口や喉を少しベトベトにしながら、美奈月のお腹の中へと入っていった。
その次に、純度の高いオレンジジュースを飲んだ。所々に果実の入ったそれは、果汁とは思えないほどのど越しが良く、すぐに飲み干してしまった。
最後に飲んだのは、
「手袋、ありがとうございました! では」
最後のレモンジュースを飲み干してから、美奈月は足早にお礼を言うと、有無を言わさず退店した。当然、お代は座った席のテーブルに置き、払っていた。
そして彼女は、そのまま次の飛行機に乗り込むと、モスクワからヨーロッパの国である、イギリスへ向かった。
━━━━
イギリスのロンドンに着くと、モスクワと同様に空港近くのお店に向かった。美奈月の手にはモスクワでもらったあの手袋を着けていた。
「天の母なる神様、今日も一日が素晴らしいものになるようにお守りください。マーメン……。お嬢さん、いらっしゃい。ここで食事しますか? それともテイクアウトしますか?」
「いえ、どちらでもないんです。私はサンタ・クロースを探していて……おじさん、何か知っていませんか?」
入ったそのお店には、大きなアウターを着て、両肩には白いストラが掛かっている、神父店主が美奈月を迎えた。そんな彼の姿に、一切物怖じもせず、本題を切り出した。
「うーむ……。サンタ・クロースとな? 私の教会では、サンタ・クロースはアラスカに住んでいる、という話がされているが……お嬢さんは、何故サンタ・クロースなんかを探しているんだ?」
「私、サンタさんに会いたいの! 単純に! だから、私はサンタさんを探しているの!」
「ほう……? 会えると良いな。……あっそうだ、少し待っていてくれ。」
美奈月の話を聞いた神父店主は、一瞬悪い顔をしたがすぐに笑顔になった。そこで彼は何かを思い出したかのように店の奥へ入っていった。しばらくすると、彼はマフラーを手に出てきた。
「アラスカは、ここよりもっと寒いと聞く。これを巻いて、体を冷やさないようにすると、良いだろう。」
「うわぁ……。良いの?」
「ああ。きっと、サンタ・クロースも、君が会いに来てくれるのならば、元気な姿で会いたいと思うだろうからな。」
神父店主は、まるで善意の天使のような笑顔でそう言うと、美奈月の首にマフラーを巻いてあげた。その神父店主の優しさに美奈月は心が再び温かくなるような気がした。そして神父店主は続けて、「天の母なる神よ、我の
「うん! ありがとう!」
「風邪を引かぬよう、気を付けるんだぞ。」
「じゃあ、またね!」
美奈月は、神父店主に手を振り、店を後にした。彼女は空港に向かうと、すぐに飛行機に乗り込み、イギリス・ロンドンから飛び立った。向かうは、アメリカ・アラスカである。
━━━━
アメリカのアラスカに着くと、美奈月は今までと同様に、近くのお店に向かうことにした。空港の外には出入口の、すぐそばに屋台があり、そこから白い湯気が出ており、美奈月は暖かそうだな……。と思っていると、そこから日本人の大将が走って出てきて、有無を言わさず美奈月を屋台に引き込んだ。
そこは日本から来たお店のようで、おでん屋さんだった。出汁の良い香りが屋台で漂っていた。
「おうおう、お嬢さんやい。どうしたんでぃ、こんな所に? 一人で来たんでぃ?」
「は、はい……。一人で来ました。」
「さあさあ、ここで温かいおでんでも食って体を温めんだぜ。」
そう言って、大将は美奈月に有無を言わさず、次々におでんをプラスティック容器に入れていった。容器に入っていくのは、大根・糸
沢山入ったおでんの具を前に、美奈月は少し息を呑んだ。彼女は大の練り物嫌いがある。そんな彼女の目の前にあるのは……。
「さあ、美味しい美味しいおでんを召し上がれぃ!」
「あ、ありがとう……ございます。」
“そ、そんな笑顔で差し出されたら……嫌いなものがあるって言えないじゃない……!”
美奈月はそう思いながら、プラスティック容器を受け取り、屋台カウンターにある箸立てから箸を一膳取り出す。珍しいことに、この屋台が置いている箸は割りばしではなく、通常の箸である。
「頂きます。」
そう言うと、美奈月は昆布・ウィンナー・大根・糸蒟蒻・蒟蒻・卵・牛すじ・手羽元・厚焼き玉子ときて、止まってしまった。無意識に嫌いなものを遠ざけて行っていたのだ。そうして、彼女は意を決して、最後に残った竹輪に手を伸ばし、口の中に放り込んだ!
口の中に広がるのは、無機質な味……ではなかった。出汁の染み込んだそれは、美奈月の口の中で温かく舌を包み込んだ。そして、最後に
「ぷはぁ! ……美味しかった!」
「そうかそうか、それは良かったぜぃ! 丹精込めて作っている甲斐が有るなぁ!」
大将はとても満足そうに笑顔を浮かべ、嬉々としてそう言った。間髪置かずに大将は、真顔……というよりは心配そうな表情で美奈月の方を見つめる。
「所でお嬢さん、何で君は一人でここまで来たんでぃ?」
「サンタ・クロースを探しに、です。大将さんは何か知りませんか?」
「サンタ・クロース……それはまた大層な人を探しているなぁ。俺は分かんねぇ……お客さんたち、何か知ってることはねぇか?」
大将が屋台に集まっている他の客に聞くと、一人の青年が大きく頷いた。
「はい。僕、知ってますよ。僕の勤務先にサンタ・クロースの知り合いって言っている人がいます。」
「え、それは本当ですか!? 詳しく教えてください!」
「あ? あぁ、良いよ。」
━━━━
──四日後
今、美奈月はあの青年と一緒に、アメリカ・コロンビア特別区にある、ワシントンD・CのNASA本部に来ている。
何故、北アメリカから南アメリカまで来ているのか、と言うと、四日前におでんの屋台で出会ったあの青年に連れられ、彼女は車に乗せられて様々な高速道路を経由していたのだ。
青年の名前はジェスリーといい、今来ているNASAで、宇宙飛行士の体調管理の為に、栄養管理をしている栄養士として、働いているのだという。そこのNASA長官である、ジュライがサンタ・クロースと古くからの知り合いだ、と言っているのだという。
美奈月は、そのジュライに会いに来たのだ。彼女は立場上、不定期勤務でいつ出勤してくるのか、不明なのだが、ジェスリーが、事前連絡でジュライに通達していたためか、彼女がNASA本部の入り口で出迎えてくれたのだ。
「初めまして、美奈月。私はジュライ。NASAで長官をしているわ。よろしくね。」
「はい! 改めまして、私は
対面した二人は、ともに笑顔で握手をする。それを、沢山のカメラマンが撮影する。焚かれたカメラのフラッシュが眩しかった。
美奈月は目を閉じたいという気持ちになったが、その時にジュライが「眩しいでしょう? ごめんなさいね、もう少しの辛抱だから我慢してちょうだい?」と言ってくれた。
ジュライが自分の事を気遣ってくれたことに、美奈月は何故だか嬉しくなり、自然な笑顔と共にフラッシュの光から少しだけ、
そして、撮影会を終えた美奈月とジェスリーとジュライの三人は、NASA本部の中にあるNASA長官室に向かった。そこで、美奈月とジェスリーは、ジュライと向かい合う形になり、三人は座った。まるで、学校の校長と親子……いや、兄妹のような構成だ。
「では、早速。ミナヅキはサンタ・クロースに会いたいんだったわね。彼は今は北と南の極みに居るわ。……この意味は分かるかしら?」
「いえ……全く分からないです。どういうことですか?」
「つまり、北極と南極に拠点を構えて、住んでいる、ということよ。」
「ああ、なるほど……。そういうことですね!」
早々にジュライが何を言っているのか、分からなかった美奈月は、“会話に追いつけないかもしれない”、という恐怖を覚えた。
しかしジュライは、この説明では、理解が難しいことを#敢えて__・__#、理解をしていたようで、美奈月に一旦理解の有無確認を踏んで、説明をしていた。流石、NASA長官をしているだけあって頭が良い。それに加えて気遣いがある。
「ええ。だから、あなたにはまず、北極に向かって貰うの。……ああ、勿論うちのNASAが責任を持ってあなたを、ジェスリーにそこまで送らせるわ。」
「え? ……えええぇぇぇ!? 一緒に来てくれるんじゃ無かったんですか?」
「そうしたいところだけど……私はこれから、いろんな会議が迫ってるから出来ないわ。ごめんなさい。」
ジュライは悲しそうな表情を浮かべると、頭を軽く下げた。彼女としても美奈月一人で北極に行かせるのは不安なのだろう。
しかし、それはしょうが無いことなのだ。彼女には高い地位に見合う仕事をしなければならないのだ。でなければ、NASA長官に任命された意味が無くなってしまう。
そして、唐突に任命されたジェスリーは三人の中で一番驚いていた。彼はまさか自分が美奈月と一緒に行くことになるとは思っていなかった。
彼には普通乗用車の免許に加え飛行物運転技能認定免許を取得しており、飛行機およびヘリコプターの運転も出来る。
なぜ彼がその免許を持っているのか、それは簡単だ。NASAに務めている以上、育てられる芽は育てると言う考えの元で彼のような若い芽は育てられるのだ。
それは美奈月も同様である。殆ど一人でここまでやってきたと言うことを今世界中が注目していることなのだ。NASAが彼女をどう利用し、育てるのか、世界が重要視している。
しかし、そんな事はつい知らず、美奈月はサンタ・クロースに会いたい一心でここまで来たのだ。もう引き返すことは出来ない。だから、彼女には一つのことしか答えることが出来なかった。
「大丈夫です! きっと、サンタさんに会えますから!」
━━━━
NASA本部から一番近い飛行場は、バージニア州にある、ロナルド・レーガン・ワシントン・ナショナル空港である。そこからジェスリーと美奈月の二人が、小さな飛行機に乗り込み、飛び立つ。ジェスリーは、間髪を入れずに飛行機の出力を上げていき、たちまち出力はフルスロットルになり、メーターは650km/hを指していた。
ちなみにこのメーターは、最大3,600km/hまで表すことが出来るようになっていた。そんなにメーターが必要なのか……? と思った美奈月だった。
空港を飛び立ってから、20分ほど経った頃。飛行機は海の上に出た。美奈月はその海の美しさに見とれていた。そこで、ジェスリーは何かのレバーで、パチッという音を鳴らした。その瞬間、美奈月の体が後ろに引っ張られるような、そんな感覚に襲われた。それも徐々にその力が強くなっていく。
驚いた彼女は、慌ててメーターを見ると、1,300km/hを指しており、そこから更に加速をして行っていた。そして、飛行機の速度は2,000km/hまでに加速していた。ここまで来ると、遠くに見えるアメリカ大陸が美奈月の目には滑らかに滑走されていくように見えた。
その時、飛行機は徐々に曲がっていっていた。その曲がるのが相まって、美奈月の目にスライドしているように見えたのだ。ギュンギュン、という空気と機体との摩擦音を鳴らしながら、飛行機は進んでいく。
──空港を出て三時間と三十分が経った頃、気が付いたら眠っていた美奈月は、突然起こった激しい衝撃で目を覚ました。見ると、そこは一面の銀世界だった。それは、北極の雪景色だったのだ。飛行機から地面に降り立ち、速度を落としながらしばらく雪の中を滑っていく飛行機。その先には雪で作られた壁があった。そこにぶつかる形で飛行機は動きを止めた。
時速1,000を超えた勢いを、一瞬で殺されたため、その反動で二人は外に投げ出されてしまった。しかし、二人は柔らかい何かに守られる形で落ちて『跳ねた』。そこの地面にあったのは、いくつも敷き詰められた、バランスボールだった。
「うわぁ……。すごーい、何これ?」
「イタタタ……。話には聞いていたが、ここまでとは……。」
美奈月が、フワフワのバランスボールに感心している中、ジェスリーは少し不服な様子だ。腰をさすりながら、ため息をついていた。どうやら、ジュライから事前に何か聞いていたようだ。
そして、ジェスリーは早々に、飛行機に乗せていた美奈月の荷物を降ろすと、再び飛行機に乗り込んだ。
「えっ……ジェスリー、どこ行くの?」
「すまない、長官から『ミナヅキを送り届けたらすぐにNASAに戻ってくるように』と言われているんだ。だから、僕はもう帰らなきゃ……。」
申し訳なさそうな表情を浮かべながらジェスリーは飛行機のエンジンを起動した。それから飛行機を動かすのかと思いきや、ジェスリーは何かを思い出したかのように、再び飛行機から降りてきた。その手には紙袋を提げていた。
「そうだそうだ。長官からこれをミナヅキに渡すように言われていたんだ。はい。」
そう言ってジェスリーは紙袋からジャンパーを取り出し、美奈月に渡した。そのジャンパーは、裏地がモコモコの毛皮で出来ており、いかにも冬用のジャンパーらしいものである。
少し毛皮に触れるだけで温かくなるそれを受け取った美奈月はジェスリーに満面の笑みを向ける。そして、彼女は「ありがとう!」とお礼を述べた。
━━━━
それからジェスリーは直ぐに飛び立ち、一人取り残された美奈月。とりあえず、貰ったジャンパーを着て寒さを凌ぐことにした。
一人荷物を抱え、一面真っ白な北極を歩く美奈月だが、そこで彼女に異変が起きた。
遠くからドタドタという足音が聞こえてきたかと思えば、遠目に白い雪の煙が見え、それは徐々にこちらへ近づいてくるではないか。恐怖を感じた美奈月は足を止め、
何かの足音は徐々に近づいて来て、挙句の果てには彼女の耳元まで来てしまった。足音と共に低い威嚇の声が聞こえた。恐怖に怯えながら、美奈月は蹲ったまま、ちらりと近くにいる何かの正体を見ようと顔を少し上げてみると、白い毛が見えた。それが何なのか、美奈月には想像がついた。
北極にいる白い毛を持った生き物は、考えなくても出てくる。そう、ホッキョクグマだ。それも十匹程度。そこで美奈月は事の重大さを理解した。熊は人を襲う、と聞いたことがあった美奈月には、この状況は最悪でしかなかった。
しばらく美奈月は、ホッキョクグマから襲われる恐怖で一杯になっていたが、ホッキョクグマの威嚇の声が突然甘える声に変わり、一つの方向に集まって行ったのだ。これ幸いと蹲った体を起こすとそこにいたのは……。
「はー、助かった……。ん……? あれ、パパ!?」
立ち上がると、美奈月の目の前にいたのは、赤い服を着た自分の父親、
「おぉー。何だ、カワイ
「なんでここに? それに、その服……。」
「ああ、これか? イカしてるだろー? 俺の冬だけの仕事なんだ。いつか、美奈に見せようと思っていたが、まさかこんなところで会うとは、思いもしなかったぜ。」
美奈月は、九郎州の話を聞いて、何が起こっているのかを理解した。そう、自分の父親が冬の貴公子、サンタ・クロースだったということを。
それを知った美奈月は、嬉しいような、どこか残念なような、複雑な気持ちになった。自分の憧れていた、サンタ・クロースがまさか自分の父親だったなんて……。と。そして、彼女にはこの光景に既視感を覚えた。
記憶を探るが、出てくる事は無かった。
「パパ……。助けてくれてありがとう。」
「おうよ。パパはいつでも美奈の事を見守ってるからな。」
「ははっ。パパ、カッコイイ!」
目に涙を浮かべながら、美奈月は自らの父親に感謝を述べる。対して九郎州は、その涙を拭って、満面の笑みを浮かべる。それに美奈月は満面の笑みで返した。
「ところで、美奈は何故ここにいるんだ?」
「それはね──。」
不思議そうに尋ねる九郎州。どうやら、美奈月がしたことをまだ知らないようだ。美奈月は、そんな九郎州が怒らない事を信じ、一連の事を正直に話した。
「ふむふむ。なるほどな……。俺たちの口座からお金を勝手に抜き取ってここまで来たのか。道理でジュラルミンケースなんて大層な物を持って来ている訳なんだな。」
「ごめんなさい、パパ。」
「いいさ。ここまで来た美奈の力に、俺は感動したからな。お前がここまで成長しているとは、思いもしなかった。それに、俺らが美奈の事を、しっかり見ていなかったことを今になって後悔しているよ。すまなかった。これからは、少しずつでも仕事を減らしていくよ。」
九郎州は嬉しそうな、悲しそうな、そんな複雑そうな表情を浮かべていた。そして彼は、後悔の気持ちを伝えた。
━━━━
それから、美奈月と九郎州の二人は自宅に戻った。九郎州は自家用のジェット機を持っており、彼はそれを自分の手で運転して、自分の会社の一つであるデパートメントの裏にある飛行場に着陸する形で日本へ帰ってきた。この飛行場は、彼の自家用ジェットを離着陸させるためだけに作られたのだと九郎州は言う。
自家用ジェットを格納庫に直した二人は、そこから自宅までリムジンで移動した。運転手は、自宅でも見かける執事の男だった。
自宅に着いた二人。しかしそこで、美奈月は足を止めてしまった。自宅にもしかしたら、自分の母親がいるかもしれない。そうしたら、何と言われるだろうか……。そう思うと、美奈月は足を踏み出す勇気を出すことが出来なかった。
そんな彼女の気持ちを察したのか、九郎州は美奈月の手を引いて自宅に突入した。中からは母親、
「美奈、少しパパはママの事を宥めてくるから、部屋で待っていなさい。」
「うん、分かった。」
九郎州は妻の事を宥めに居間へ、美奈月は九郎州の指示通り自室へ戻った。
しばらく美奈月がメイドと共に「怖いね」などと言いながら待っていると、ドタドタと言う足音と共に、自室の扉が激しく開かれた。
「美奈! どういうことなの!? 勝手に出て行って! 何のためにそんな事をしたの? その行動に意味はあったの? 会う人々に何もされなかったの? どうなの! ママに教えて!!」
入ってきたのは美華月で、美奈月が勝手に出て行ったことへの心配や出て言った行動の意味の追求、外国人から害を為されなかったのか、心配で堪らなかったようだ。
そして美華月は、美奈月の返答も聞かずに、最後は美奈月の事を強く強く抱きしめ、泣き出した。
「とにかく、怪我も無く無事でよかった……。」
そんな母親の事を美奈月が抱きしめ返したその時──。
「大変だ美華月! 美奈月! ここが爆発するぞ!!」
と、九郎州が飛び込んできたのだ。その直後に『バァァァン!!』という大きな破裂音がどこからかしたかと思えば、激しい爆発が美奈月たちを襲った。
“あ、死ぬ……”
美奈月は直感でそう思った。その瞬間、美奈月の意識はふっ……と途切れた──。
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