(約1300文字) その六 相対性『時間』変容――【退魔士】と【魔物】 【終】

 彼女を取り巻いていた炎が薄い青色のドームのような形となり、やがて跡形もなく消滅する。

「ナッ……⁉」

 それは無重力空間における炎の過程そのものに違いなかった。

 無重力状態では空気の対流が発生しないため、新鮮な酸素の循環がおこなわれず、炎は通常よりも弱く低温で、ずっと燃え続けることもできずに自然に消えてしまう。

 女性が静かに目を開ける。

 ほとんど無傷に近い状態で再び姿を現す女性に、さすがの魔人も驚愕を隠せないでいた。

「テメエ……いま何しやがった! 重力だけじゃねえのカ⁉」

「べつに……なにもしてないわよ」

 確かに何もしていない。『何もしていない』ということを『した』のだ。

「クソが! ほざいてんじゃネエ!」

 男が伸ばした指を下から上へと突き上げた。その動きに合わせて、地上に転がっていた巨大ミキサーが浮かび上がり、女性へと猛スピードで襲い掛かる。風のブースト、プラス、超磁力の超反発力による、高速を超えた音速に迫る一撃。

「いまさら、こんなものじゃ私は倒せないわよ」

 女性が手をかざし、最大七百倍の超重力によって巨大ミキサーを粉々に圧し潰す。

「ハッ! 分かってるぜ、そんなこたア! いまの俺じゃ、テメーを殺すのは至難らしいってナア!」

 男がそれまで以上の猛スピードで、上空へと飛び出した。ミキサーに使ったのと同じ、いやそれ以上の、風のブーストと超磁力の超反発。

「一秒! 一秒ダ! たった一秒テメーから時間を稼げりゃ、俺が先にゴールに触れんだヨ!」

 亜音速で魔人がゴールの台座へと迫り、腕を伸ばす。眼下からは、超反重力で追い迫る女性の姿。

「勝った!」

 あとコンマ数秒、瞬きほどの時間で魔人の勝利が確定する……そのとき。

 腕を伸ばす魔人の勢いが遅くなる。停滞する。もう目の前にあるゴール台座との距離が縮まらなくなる。いや違う。縮まっていないわけではない、動いていないわけではない。

 まるでカタツムリが動くかのように、極端にゆっくりになってしまっているのだ。

 どんなに急いでも走るのが遅く感じてしまう夢のように。録画した映像や音声を超スロー再生しているかのように。

 女性が追い付いた。追い越した。瞳を見開いている魔人の眼前で、虹色に光るゴール台座を手に取る。

「強すぎる重力は空間をゆがめるだけじゃなくて、光を引き伸ばして、『時間』すらゆっくりにしてしまうのよ」

 説明するその言葉すら魔人にとっては通常の速度とは違う。聞こえたとして、はたして魔人に言葉として理解できたかどうか。

 女性はオーバードライブで操れる限界重力によって、魔人の周囲の時間の流れを極端に遅くしたのだった。

「……まあ、普通は強すぎる重力のせいで、圧し潰されるはずなんだけど……」

 女性の身体が帰還の光に包まれる。

「この戦いは私の勝ちね」

 魔人が何かを叫んで、手をかざそうとするが、それらの動きすら女性にはノロノロとして見える。

 何かをする前に、何もできずに、魔人の身体が消えた。

(そういえば……名前を聞いてなかったわね。ま、どっちでもいいか……)

 とりとめもなくそう思いながら、OL姿の女性――長曾祢ながそねかなめは自分が元いた世界へと帰還していった。


【神の代理戦争】

【VS:長曾祢 要】

【ダイス:②➏】

【戦名:とうはん】


【勝者:長曾祢 要】




【終】




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《極悪魔人》『ボーイ』 (自主企画【ダイスロール・ウォー】参戦作品) @eleven_nine

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