(約2000文字) その五 グラビティ:ゼロ
(そういえば……どうしてあいつはブラックホールに吸い込まれなかったの……?)
そのとき初めて女性は疑問に思った。それまではゴール台座の破壊や世界の崩壊を阻止するべく夢中だったため、そのことにまで考えがおよばなかった。
残り数十メートルほどにまで迫った男が、ゴールに手を伸ばす。
(とにかく、考えるのはあとにしたほうが良さそうね……いまは……)
女性は術札を取り出して、そこから黒い球体を男へと撃ち出した。『暗黒重力弾』というそのサッカーボールほどの大きさの黒球は、男の身体をとらえて、途端に動けなくさせる。
「ハッ、動けねえなら、向こうから来させりゃいい! 『マグナ』!」
かざされた男の手のひらに魔法陣が浮かび上がり、そこから螺旋状に巻かれた巨大な金属塊――コイルが顔を覗かせる。そのコイルに電流の光が駆け巡っていく。と同時に、落下していたゴールがそのコイルへと方向転換し、引き寄せられていった。
(……⁉)
原理はすぐに分かった。女性の、腕時計を着けていた方の腕が、コイルへと引っ張られたからだ。
磁力。
金属魔法『メタライズ』と電気魔法『ライジン』を組み合わせて、応用した、磁力魔法『マグナ』。
どうして男がブラックホールに吸い寄せられなかったのかも、女性は瞬時に理解する。あの空中に浮かんだ幾何学模様から、超重力に対抗できるほどの超磁力を発生させて、自身は金属を身にまとって、その場に固定させていたのだ。
あの幾何学模様そのものがどうしてブラックホールに吸い寄せられなかったのか……それはおそらく、幾何学模様は男の特殊能力によるもので、重力などの物理現象の適用範囲から除外されるのかもしれない。
そしてゴールの台座には、さっき寸断したコードの破片がまだついている。
女性がいる場所からでは、反重力跳躍で急行しても、ギリギリ追いつきそうにない。ゴールへと滑空しながら、女性は手をかざした。
(ニュートンランス……!)
男のそばの空間が奇妙にゆがみ、一本の槍の形に変化していく。
男がゴール台座に手を伸ばした、刹那、ニュートンランスを射出して、その男の手とコイルを貫く。だけでなく、槍によってゆがめられた空間が男の腕とコイルを圧し潰した。
「ガッ……⁉」
だがまだだ。男の片腕は消滅したが、慣性によってゴール台座は男の身体へと向かっていく。
女性は瞬時にゴールと男の間、ほんの数十センチほどの極小空間に反重力場を展開した。ゴール台座を自分の方へ引き寄せると同時に、男を再び向こう側へと吹き飛ばす。
今度は女性が手を伸ばす。
(勝った……!)
そのとき、女性とゴールとの間の小空間に透明な膜に覆われ、その内部で竜巻のようなものが渦巻く球体が出現する。球体が破れて、竜巻によって女性は横へと飛ばされ、ゴールは上空へと巻き上げられていく。
すぐさま上昇して追いかける。向こうには、同じように上昇する男の姿。
消滅したはずの片腕があった部位には、新たに金属質の腕が生えていた。無数の金属繊維によって筋肉や神経などを再現し、電気を神経パルスの代用とした、メタルアーム。
この分では、いかに身体を傷付けようとも、男はゾンビのごとく復活してくる気がした。
ゴールの台座に一番最初に触れば勝ち。戦場のルールは確かにそうだが。
「……。あなたを先に倒さない限り、ゴールには触れそうにないですね……」
「ハッ! 奇遇だな、俺も考えていたところだゼ! 重力を操るテメーを殺す方法をナア!」
(……。さすがにこれだけ戦えば、分かって当然ね……)
それは女性側も同じこと。
これまでの戦いで得られた情報から、男の能力はおおよそ五大元素に由来するものらしい。
土。風。水。鉄。電気。磁力。
合計六つの能力。はたしてこれだけの数の異能を持つ者が、どれだけいるだろうか。
にわかには信じられないが、事実は事実。
そして五大元素を操れるということは……。
「カカカカ、超重力だろうが反重力だろうが、関係ネーもんを知ってるか」
「……」
「それはナア、『火』だゼ! 燃やせ! 『ブレイズ』!」
男が指を鳴らし、女性の身体が炎に包まれる。
『ハイドロ』によって作り出した水の塊を、『ライジン』によって電気分解し、水素分子と酸素分子に分離させる。その後、『ライジン』によって火花を起こし、先の水素分子を燃やすことで『炎』を生み出したのだ。
(やっぱりね……)
女性は静かに目を閉じる。
(……オーバードライブ、『抱擁の黒天宮』……!)
二度目のオーバードライブ。身体に掛かる負担は凄まじいが……。
(使うのはこれで最後……数十秒、長くても一分か二分くらいってところかしら……)
超重力と超反重力を操作できるようになる『抱擁の黒天宮』だが……いま使っているのはそのどちらでもない。いや、厳密にいえば、『何も使っていない』というのが正しいかもしれない。
女性が行使したのは超重力でも超反重力でもなく、『無重力』なのだから。
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