(約1800文字) その四 虚無回帰

(しまった……!)

 雷撃、ゴール台座、ブラックホールの三つはいま、同じ一直線上に存在している。ブラックホールの超絶的な吸引力によって、ゴール台座と雷撃はその終着点へと迫っているわけだ。

 そして雷撃は、ゴール台座よりも上にある。光と同じ速度によって、雷撃はゴール台座を撃ち抜こうとしている。

 ゴール台座がなくなれば、女性の勝利はない。

 それは女性だけなくウェイター服の男にとっても同じはずだが。どうやら相手は、自分が勝てないと悟るや、勝利するための目的そのものを破壊するような者らしい。

 自分が勝てないくらいなら、相手も勝てないようにすればいい。それが男にとっての、合理的で至極当然といえる思考回路。

 いますぐオーバードライブを解除して、目の前にあるブラックホールを消滅させるか?

 いやダメだ。そんなことをしたところで、雷撃の進行は止まらない。一瞬後にはゴール台座を破壊しているだろう。

 ならばどうする。

 考える猶予はない。

 女性は手を横に振った。その動きに合わせて、そばにあったブラックホールが横へと動く。

(どう……⁉)

 女性は頭上を見上げる。

 終着点の移動。ブラックホールの動きに合わせて、ゴール台座と雷撃の進行方向が斜めにズレる。雷撃はゴール台座のすぐ近くをギリギリかすめて、黒い球体の中へと吸い込まれていった。

(やった……!)

 ホッと、女性は胸をなでおろす。ゴールの破壊は免れた。その台座はもう目の前にまで迫ってきていて、コンマ数秒後、遅くとも一秒後には女性の手元に来るだろう。

 が、その予期に反して、ゴールの動きが一瞬停止する。

(え……⁉)

 女性は自分の目を疑う。ありえないことに、ブラックホールの吸引力に逆らって、ゴールは横へと動いたのだ。その方向、はるか先には姿の見えない男がいる。

(どうして……⁉)

 その疑問は瞬時に氷解した。ゴールの台座に何かしらヒモのようなもの、いや、コードか、それが巻き付いていたのだ。横に動いたのは、それを手にしているはずの男が引っ張ったから。

(鉄属性の能力の応用……!)

 女性は知る由もないが、正確には、コードの生成魔法の方が元であり、メタライズが応用なのだが。いや、そんなことよりも。

 女性に焦燥が芽生える。

 コードはおそらく、雷撃の中に潜ませていて、ゴールのそばを通り過ぎたときに巻き付けたのだろう。雷撃でゴールを破壊できなかったときの保険のために。

 依然としてブラックホールは健在であり、いかにゴールにコードが巻き付いているからといって、ちょっとやそっとで手繰れるほど甘くはない。現に、ゴールはブラックホールから少しばかり離れた空中で固定され、どっちつかずの拮抗状態に陥っている。

 いまの状態であれば、ゴールの台座が男の手に渡ることはない。

 問題はそこではない。

 問題は、その拮抗状態が『数秒以上』続くことにある。

 ゴールの台座が男の手に渡ることはなく、ブラックホールに飲み込まれることもない。しかしそれ以外の『世界』は違う。

 数秒あれば、この『世界』のありとあらゆるものがブラックホールに飲み込まれて、無に帰す。空気すらも完全に消滅し、女性は死ぬだろう。無論、男のほうも。

(なんてやつなの……⁉)

 自分が勝てなければ相手も勝てなくさせ、それすら難しいのなら、『世界』そのものを滅ぼそうとする。対戦相手の女性の力が強大だったから、それを利用した。世界を滅ぼすためなら、利用できるものはなんでも利用する。

 それが男の……極悪魔人の論理的思考。

 雲が飲み込まれる。タワーの瓦礫が飲み込まれる。モチモチ着ぐるみたちの死骸が飲み込まれる。空がゆがみ、大地は裂け、その中に埋まっていた巨大ミキサーが軋む音を響かせる。

 世界が無に帰すまで、もう数秒もないだろう。

 このままでは勝利できないだけでなく、自分自身の力で無駄死にすることになる。まったくもって笑えない。

(オーバードライブ、解除……!)

 だから、女性はブラックホールを消滅させた。

 ゆがんだ空間が元に戻り、空が、地面が、元の座標へとかえっていく。

(はあ……はあ……)

 時間にして、オーバードライブの展開はおそらく十秒もしていなかっただろう。そのたった十秒ほどで、息が切れるほどに疲労していた。

 しかしそんなことは気にしていられない。

 同時に事象崩壊札を投げ、重力場と反重力場によって高速かつ巧みに軌道を調節し、ゴール台座に巻き付いていたコードを寸断する。

 再び落下を始めるゴールへと、女性は滑空する。その視線の先からは、同じように高速で空を飛ぶ男が迫ってくる。

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