(約1900文字) その三 ブラックホール
斥力の盾の反重力場によって、ウェイター服の男を吹っ飛ばす。
相手にはああ言ったが、内心では女性は少なからず驚いていた。
(『水』に『鉄』……四種類もなんて……そんな能力者が存在するの……⁉)
正確には、男が使ったのは鉄ではなく、金属という複合素材だ。
『水』にも『金属』にも『重さ』はある。重力を操る女性の脅威にはならないだろう。しかし……。
(もしかしたらもっと能力を隠してるかもしれないわね……長引かせたらやっかいそうだわ……すぐに勝負を決めないと……!)
能力の強さそのもの以上に、『複数種類の能力を扱える』という事実が、女性を驚かせていた。
上を向き、女性はいまだ遠くにあるゴール台座へと飛んでいく。
あれだけの距離を吹っ飛ばしたのだ、いかに相手が空を高速で飛ぶことができても、自分に追いつくまでには時間が掛かるだろう……そう考えたのだが。
キラリ。彼方向こうの空中で、何かが光った……と思った瞬間、女性へと不定形の光のようなものが迫る。思考を超える反射速度でもって、彼女は身をひねってギリギリそれを回避した。
(……⁉)
かすめた頬から、熱と、かすかな痺れが伝わってくる。彼女は直感した。
(これは……『電気』……!)
信じられないという思いが女性の脳裏をよぎった……その瞬間、空の彼方で、今度はいくつもの光の瞬きが起こった。
(まずい……!)
思ったときにはすでに幾筋の雷撃は女性の目前へと迫っていた。
電気を構成する電子には、ミクロの世界レベルではあるが、かすかな『質量』が存在する。だから、はるかに強力な重力場や反重力場であれば、たたき落としたり、はね返すことができるかもしれない。
問題は『重さ』ではない。
『速さ』だ。
電気の速度は、光の速度と極めて等しく、ほとんど同じといっても過言ではないだろう。
いかに重力を操れる女性といえども、その身体能力や反射神経は普通の人間のそれ。光速で迫りくる雷撃のすべてをかわすことなど、不可能に近い。
待ち受ける結果は、『死』。
雷撃に焼き殺されて、終わり。当然、戦いにも敗北する。
だから。
デメリットがどうとか。体力の消耗が激しいとか。一時間以上使えば過労死するかもしれないとか。そんなことは言っていられなかった。
「オーバードライブ……! 『抱擁の黒天宮』!」
それまでの重力操作をはるかに超える重力場の生成。最大で七百倍もの重力操作を可能とするそのオーバードライブによって、女性は自分から離れた横の位置に暗黒の球体状のものを出現させる。
黒い球体……それは確かに外見的にはそう見えるが、その実は違う。黒く見えるのは、周囲の光が捻じ曲げられ、吸い込まれているから。
ブラックホール。
強力すぎる重力は物体に過剰負荷を掛けるだけにとどまらず、空間そのものをゆがませる。
ゆがんだ空間にとらわれた物質は脱出することができず、光でさえも逃れることはできない。いわんや、電気でさえも。
超重力によるたたき落としや、超反重力によるはね返しでは、万が一、とらえきれない雷撃の破片があるかもしれない。
だから、女性は空間をゆがませるブラックホールを作り出した。
光速で襲い掛かってきた雷撃群は、ゆがんだ空間――ブラックホールへと吸い込まれ、飲み込まれ、逃げ出すことが叶わずに、永久に空間の狭間へと消え去っていった。
そして同様に。
周囲の空気や光、水分、地上に生い茂る草原やタワーの瓦礫の山、空中に浮かぶ白雲などが、ブラックホールへと吸い寄せられていく。
近くにいる女性がブラックホールの影響を受けずにいられるのは、ひとえにそれと同等の反重力を自身の周囲に展開しているから。
とはいえ、このままではこの世界そのものを『無』に帰してしまうだろう。
世界崩壊など生ぬるい。
すべてが何もない『無』への回帰。
宇宙開闢以前……ビッグバンが起こる以前の状態へと回帰させるほどの、力。
それらの危険性は確かにある。しかし同時に、これは女性にとっての絶好のチャンスでもあった。はるか頭上にあったゴールの台座はいま、ブラックホールの凄まじい吸引力によって、猛スピードでこちらへと落下してきている。
この速度であれば、おそらく数秒後には女性の手の届く範囲にまで近付くだろう。
そうしたら触ればいい。要は、世界が崩壊するほんの少し前にでも触ることができれば、勝てるのだから。そうしたらオーバードライブを解除して、世界の崩壊を阻止する。
勝機が見えた。そう思った。だがそのとき、空中に浮かんでいた白雲――ゴール台座の上空にあった白雲がにわかに黒く染まり、ゴロゴロという音を響かせる。
雷、の音。
女性はハッとする。手元から雷撃を放てるのならば、当然、黒雲からも……。
その予想通りに、はるか上空の黒雲から鋭い稲光が、ゴール台座へと放たれた。
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