05
窓ガラスにポツリ、ポツリと雨滴がつくようになり、やがてそれが序章だったように本格的な降りとなった。
あの女の子は雨に濡れてないだろうか、と心配した僕だが、自分もまた、折りたたみの傘すら持っていないことに気がついた。
タクシーを捕まえにくい土地柄だった。濡れて帰ろうか、と覚悟をきめて電車を降り、改札を抜けたときだった。
雨水をしたたらせた傘を腕に提げ、蛍光灯の下に妻が立っていた。
「朝、雨が降るって言ったのに」
「迎えにきてくれたのか?」
いまは大分おさまったが、少し前までは本ぶりの雨だったはず。
「そうよ。傘、忘れてたし。感謝しなさい」
妻は車の運転ができない。僕が帰ってきそうな時間をみはからって、わざわざ徒歩で雨が降る中、駅まで歩いてきて待っていてくれたのだ。
「メール、してくれたらよかったのに」
「お散歩したかったの。それにあなたが帰ってくる時間くらいわかるわよ」
橋姫だからか、と言いたいのを、ぐっとこらえる。
「こんな時間に危ないじゃないか」
「あら、平気よ」
さらりと言ってのける。この妻だからこその説得力ある言葉だ。
「じゃ、帰ろうか。僕の傘は?」
「あなたの傘なんてないわ」
そう言うと妻は腕を絡めてくる。
「たまにはいいよね、相合傘」
「うん、まぁ」
この年になって相合傘もないだろうと思うが、ここは素直に従うことにする。
「良かった。まだ雨、すこし降っているし」
傘をさしながら駅舎から夜にむかって足を踏みだす。妻のはしゃいだ声だった。
僕と妻はともに同じ夢をみる、というか、同じ夢を生きている。
このフレーズの持つ意味は、はかりしれないほど大きい。そしてその夢の中には相棒もまた、鬼となって生き続けているのだ。
きっと、夢から覚めるのは僕が死んでから後のこと。
鬼はまた、やってくる。
相棒と再会するのは真の意味で閻魔様の裁定が下ってからになるだろう。
その日が訪れるまで、橋でもある鍵を持って僕は橋姫とともに人生を渡ってゆくのだ。
僕の橋姫 百目青龍 @mimisato
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