3 Drag&Rider

青空エーテル、こら、ちゃんと虫除けを付けないとダメだろ」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるように走って逃げる仔ドラゴンを追いかける。

 あれから一年、やんちゃな空色の龍は大きめの山羊ほどはある大きさの体であちこち走り回ったり、僕に頭を擦りつけて甘えてくる。こいつの親と比べたら小さいけれど、区分で言えば既に中型ドラゴンくらいはある。

 逃げ惑っていたエーテルの首を抱きしめて捕まえる。茶色いふかふかとした羽毛の下に並んでいる空色の鱗を撫でると、エーテルは「ロン、ロン」と琴のような音を出しながら鼻を鳴らして前脚をばたばたと動かした。

 頭に生えた金色の柔らかい捻れ角も、大きくなるにつれてエアが見せたような透明な角に変わるのだろうか。


「お前のお母さんはもっと聞き分けがよかったぞ……いや、そうでもないか」


 エアの灰色の鱗を磨いた時を思い出す。そういえば、まだ足りないぞってよく催促されたっけ。

 あいつは、体の割には小さな卵を五つほど産み落とすと、そのまま眠るように動かなくなった。僕たちは、あいつが残した中型ドラゴンの卵によく似た深い草色をした卵を必死に孵化させようとした。

 冬の間は暖炉の近くに置いたり、他のドラゴンに卵を抱えさせてみたり……。本来はドラゴンの卵を孵すことは禁じられている。人の手で殖やしたドラゴンは本能が薄れて人に反抗しやすくなるとか、凶暴になるって言い伝えがあるからだ。でも、親父も、兄貴も、僕も必死だった。自分たちの命を助けてくれたドラゴンの卵を割るなんて出来なかったからだ。

 王都も、数百年ぶりに発見された空の龍が卵を産んだという極めて稀な事柄に、特別に許可を出してくれた。正直、王都から禁止されてもやめるつもりなんてなかったけれど、許可を貰えたことにホッとしたのは本当だ。

 でも、うまくいかなかった。半年経ってからやっと殻を破って出てきたのは、このやんちゃな仔ドラゴン一匹だけだった。

 僕たちは、この子を「青空エーテル」と名付けることにした。


「お前の将来の相棒は元気だな」


 片足を引きずるような足音が聞こえて振り返る。

 黄色い花を手にした兄貴が笑って立っていた。兄貴の隣には孔雀龍フウァールが寄り添うように佇んでいる。

 孔雀龍フウァールはもう戦えない。本来なら殺して、防具や武器にするところだけど、兄貴はそれは嫌だと親父に逆らった。

 大怪我を負っているにも拘わらず、自分を助けてくれた孔雀龍フウァールに王都の道具屋から、龍の義足を買い付けたらしい。今は、戦線に立つことはないけれど、時々王都や近くの龍騎士ドラグライダーの学舎へ通い、見習いの龍騎士ドラグライダーたちの指導をしている。


「親父は?」


「昨日からいない。今回は漁船の護衛だってさ」


 親父は相変わらず蛞鹿龍メルストロムと共にあちこち忙しく飛び回っている。

 穏やかに微笑んだ兄貴は、手にしていた黄色い花束でエーテルの鼻をくすぐると、遠くに花束を投げた。

 俺の手を振りほどいてエーテルは花束に食いつく。

 黄色い花弁を散らしてブンブン振り回しているエーテルの隣に孔雀龍フウァールが駆け寄り、二匹で花束を放り投げ合って遊んでいる。


 自然の名を冠する龍グランドドラゴンを倒したことで、親父も兄貴も龍騎士ドラグライダーとして有名になった。

 そして、空の龍に乗って操った俺も……。

 エアの亡骸はというと、研究のために王都に引き取られた。丁寧に埋葬された後、骨も鱗も武具や道具の素材になったらしい。少し寂しいけれど、あれだけ大きなドラゴンの体を放っておいたら屍肉を喰らいに様々な獣が寄ってきたり、骨や鱗が無駄になってしまうので仕方ない。

 空の龍に乗り、自然の名を冠する龍グランドドラゴンを倒した龍騎士ドラグライダーの僕は、エアの鱗を使った鎧と、虹色に光る角で作られた竜笛が王都から贈られてきた。

 鎧と竜呼びの笛は、エーテルが飛べるようになるまで大切にしまってある。


「ロ、ロ」


 エーテルがボロボロになった花束を咥えて、手に押しつけてくる。

 何かをせがむときに短く鳴くのは親譲りらしい。


「ほら、しっかり追いかけろよ」


 空高く放り投げられた花束に飛びつくエーテルを見ながら、俺はエアの鎧を着て、こいつに乗る日を想像した。

 近いうちに、エーテルも飛べるようになる。そうしたら、二人で王都に名がとどろくくらい立派な龍騎士ドラグライダーになるんだ。

 王様からも、空の龍が飛べるようになったら一度、王都に訪れてくれと手紙が来た。


「兄貴、空の龍がいたってことは、地の龍や大烏ニフタもいるってことだよな」


「……ったく。そういうと思って色々と聞いてきたぜ」


「は」


「なんだよ」


 僕が驚いていると、兄貴は照れくさそうに笑って両肩を竦める。

 遠くから遊び疲れたらしい孔雀龍フウァールが、優雅に尾羽を引きずりながら近付いてくるのが見える。その後ろでは、エーテルが孔雀龍フウァールの尾羽の周りで飛び回っている。


「いや、てっきり馬鹿にされるのかと思って」


「前までのオレならな。でも、まあ、お伽噺を信じていたお前が正しかった。それなら、バカはオレだってことさ」


「で、話は聞かなくていいのか?」


「あ! そうだ! 教えてくれよ兄貴」


 近付いて来た二匹のドラゴンの頭をそれぞれ撫でながら、会話を続ける。


「ここ最近、王都で名を挙げている義腕の狩人ハンターがいるって耳に挟んでさ。どうやら大きな烏に乗っているらしいぜ?」


「それって」


大烏ニフタかもな」


 そんなことを話しながら、僕たちは子供の頃みたいにはしゃいで家へと向かった。

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Drag&Rider 小紫-こむらさきー @violetsnake206

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