第2話 チューしてくれたら、死にません

 ナナミ様は帰ってしまった。僕はどうしたらいいんだ。


 ナナミ様が腕の中に飛び込んでくれるなんていう幸運は、もう訪れないのだろうか。


 あの時、嬉しすぎて心臓か飛び出しそうだった。

 好きと言ってくれたときの、赤くなった顔。とても可愛らしかった。思い出すだけでも胸が苦しい。


 なのに、勘違いされてしまった。僕はナナミ様が女神じゃないかもしれなくて、失望したんじゃないんだ!


 もう会う口実がなくなってしまうと思って、もう会えないと思って、その悲しみが顔に出てしまったんだと思う。


 会いたい。


 そして、また、きつく僕の腕に抱き着いて欲しい。ちょっと、胸があたってたし。もう1度あれをやって欲しい。ち、違う! 女神様に、そんな失礼な願いを! 僕のバカッ! でも女神様じゃなかったら? 逆にそういうことをしてもいい? キャーッ!!! 僕のムッツリ!!! 女神様でなくても、すべての女性は女神様なわけで、尊重すべきで……


 すると、また隣の子が僕の肩を叩く。


 そうです、また授業中です。


 叩き方が激しいな。


 顔を上げる、先生はいない。


 生徒達が、みんな青ざめている。


 窓の外を見ると、今までに見たこともない、校舎を覆ってしまいそうな大きな魔物。


 僕は慌てて立ち上がる。


「エイダ先生! みんなを連れて非難を!」

「リオ様は!?」 


「なんとかしてみます!」

「そんなっ!」

「話している時間が惜しい! 早くっ!」

「戦える教員を連れて、すぐ応戦しますッ!」



ーーー


 寂しい。リオ君に会えなくて。この私が失恋するだなんて。生まれてこの方、何人の男から告白されたことか。幼稚園の男の子から始まり……えーっと、数えきれない。


 やっぱり外人はハードルが高いか。てか、異世界か。ないよなー。そう、私は現実世界で生きている。あんな世界は夢。そうよ、あのキレイな金髪も、海のような青い瞳も、「ナナミ様」と呼ぶあの甘い声も全部、夢。


 私の目からボロボロと涙が落ちてくる。これが……失恋。


 隣の席の子が手を、上げる。

 そうです。授業中です。失恋しても学校はあるのです。


「先生! 夢川さんが、号泣しています」

「どうした、夢川!? 大丈夫か!?」

「いいえ、大丈夫ではありません。失恋しました」

「……お前はとにかく授業を聞かないな」


 ああ、あちらの世界にも先生がいたな。エイダ先生だっけ? 私のことをあきらかに敵視して、腹立つわー。てか、何? リオ君のことを狙ってるんじゃない? いくつなの? ショタなの? あの女にだけは負けたくない。そもそも、他にもライバルがいたり? あんなにイケメンだから実は恋愛経験豊富? いや、まだ16歳だもんね? え? 違うのかな! リードする方がいいの私!? リードされる方がいいの私!? どっちがいいの!? キャーッ!!!


 私は、カバンをもって駆け出す。突然消えたらまずいもんね! 突然授業抜け出すのもまずいか。まあ、いいや!


ーーー



 リオ君に会いたいと、強く、強く願うと、今度は、リオ君の腕の中ではない。

 前に来た、異世界の学校ではあるけど、校舎が大きく壊れている。


 人気ひとけもない。


 どういうことだ。


 見上げると、大きな見たこともない、怪獣みたいなのと、リオ君が見せてくれたような水の精霊が戦っている。


 慌てて、そっちの方に駆けていく。


 数人の倒れている先生達。そして、魔物に一人で立ち向かっているリオ君。

 リオ君の服は汚れているし、いたるところにケガをしている。


 これが、この世界の現実。リオ君はこんなものを、背負っていたんだ。


「リオ君ッ!!!」


 リオ君が振り返る。


「ナナミ様! 逃げてください! 女神でない貴方は危険です!」


 そのグサッと刺さる言葉。また涙が出てくる。「女神じゃない」って言葉。


 スゲーな。現実世界で絶対ないセリフだよ。フツー、誰も女神じゃないからね。


 違うの、この世界を揶揄してるんじゃないの。気持ちを落ち着けているの!


「ナナミ様! 早く逃げてッ! 巻き込んでしまってすみません!!!」

「リオ君ッ」



 水の精霊は果敢に立ち向かうが、魔物はそれを弄ぶようだ。


 やがてリオ君の水の精霊は、魔物に喰われるように消えてしまう。

 

 魔物がリオ君に迫ってくる。

 ボロボロのリオ君は、もう打つ手がないのか、魔物を見上げたまま。


 巨大な魔物が、どんどんリオ君に迫ってくる。


 そして、何かをあきらめたように、リオ君は振り返り私の目をしっかりと見る。

 

 リオ君のサラサラの金髪が風に揺れている。


 澄んだキレイな青い瞳。その瞳から一筋、涙が流れる。


 そしてニカッと私に笑顔を向け、その言葉を伝える。







「ナナミ様。女神様じゃなくても、あなたが、大好きです」








 リオ君が、優しい笑顔でそう言ったあと、魔物はリオ君を人形のように、払いのける。


 私の前から、あっという間に、リオ君が姿を消してしまう。



「リオ君ッ!!!」



 私の目からも、涙がとめどなく、こぼれ落ちる。ボロボロボロボロ、涙が溢れる。





 私は、いつも浮かれてばっかりだった。

 人生浮かれてばっかり。


 どうしたら、可愛くみえるとか。そんなことばっかり。

 全部受け身。


 何かを自分でしたいなんて思ったことがない。

 顔ばっかりの浮かれた、しょうもない女。


 男の子に可愛いと、いくら言ってもらっても埋まらないものがあった。いつも、虚しさがあった。


 私は、私自身で頑張ったことがない。


 だから胸が張れない。

 だから、可愛いとか、若さに依存するしかない。


 

 だけど、今……全力で守りたい人がいる。この世界なんてどうでもいい……。

 ただ、私は、もっともっとリオ君と一緒にいたいの!

 リオ君を守りたい!!!

 リオ君のためなら、可愛くなんてなくていい!!! 何にでもなる!



 私は、腕で乱暴に顔の涙を拭う。



「おんどりゃー!!! 人の男になにさらしてくれとるんじゃッ!!!!」



 自分でもよく分からないが、中指を立てて、魔物にメンチを切ってみる。

 こんな汚い言葉、男ウケ悪いから絶対に使わないのに!


 すると、力が湧いてくるような気がする。


 手首を思いっきりひねる。


 何も起きない。


 これじゃあ、足りない。これは……違うッ!!!


 私は両方の掌を地面に思い切り付ける。


「おんどりゃ、余裕か、余裕なんか!? こちとら最強の女神様なんじゃ!」


 地面がむくむくと、隆起し、あっという間に魔物くらいの大きさになる。魔物と対峙するのは……、バカでかいエイダ先生を模した土の骸。


 なんだこりゃ。


 私は土の骸に動くように念じてみる。すると、土の骸は動く。スゲーな、巨大なエイダ先生。


 巨大なエイダ先生が魔物と戦う。ガニ股で、エイダ先生が、魔物に喰らいつく、スゲーな、エイダ先生! コワッ!!!


 恥ずかしいという概念のないエイダ先生は、あっという間に、魔物打ちのめしていく。


 とうとう、魔物がバタリと、その場に倒れる。


 やっべー、魔物倒したかもしれない。すげぇ! 私! ……そんなことより、リオ君!


 私は、瓦礫の中からリオ君を見つける。


「リオ君ッ!!!」

「ナナミ様……。やはり女神様……」

「リオ君! 死なないで!」


 


「ナナミ様が……、チューしてくれたら、死にません」


 元気なんかいっ!


「もうっ! ムッツリなんだから!」


 リオ君のオデコを小突く。


 そして、……そっと唇を重ねる。


 リオ君の顔が真っ赤だ。


「この負傷で、この刺激は、やっぱり……ダメだった……かも……」


 リオ君が鼻血を出して失神してしまう。


「リオくーーーーんッ」


 しまった! また美貌で人を殺めてしまうっ!!!



ーーー


 異世界の公園。ベンチに座ったリオ君にお姫様抱っこをされながら、リオ君にお弁当を食べさせてあげる。玉子焼をリオ君の口に放り込む。


「美味しい?」

「むぐ、むぐむぐ」


 うむ。美味しいって言ってるんだろう。エイダ先生がやってくる。


「まったく、はしたない!」

「ひがまないでくれる!?」


 リオ君が慌てているので、寂しいがリオ君の膝からおりて、隣に座る。

 すると、エイダ先生が何故か、かしこまる。


「……、すみませんでした。以前、酷いことを言ってしまって」

「いいわよ。私も……言いすぎちゃったし」


「……あと、あの土の骸はもうやめてください」

「どうしようかなー!」


「ていうか、あなた、今日何回こっちに来ました!?」

「3回目かな?」


「もう、今日は帰らせませんよ! また魔物が来たらどうするんですか!?」

「だって! 会いたかったんだもん! ねー?」


 リオ君に同意を求める。

「むぐ、むぐむぐむぐ」


 まだ、食ってるんかい!


 そして、エイダ先生がまだ怒っている……。


「あと! 贈った魔法の杖に何してるんですか!? なんですか!? このキラキラは!?」

「地味だから、デコッたのよ!」



 私とリオ君の遠距離恋愛は、超良好です。

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バカップルは世界を救わない おしゃもじ @oshamoji

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