パリピ魔王と猫耳勇者

@aiuraakira

第1話

 三日月の昇る星空の下に、見慣れない建造物が立っていた。


 私は勇者として魔王を倒す為、魔王城に来た筈だった。

 しかし、その場所には灰色の太い円柱の塔と、その後ろに扇状に広がる角張った不思議な建造物が聳えているばかりだった。


 建造物の周囲の地面は黒く舗装されており、所々梯子のような白い線が走っている。

 見聞きしたことが無い、何とも奇妙な光景だった。


 地図を確認してみるがやはり間違いない。ここが魔王城だ。


 恐らく私を罠に嵌める為に改装したのだろう。

 警戒しながらも入り口の扉へと進んで行く。

 私が扉に手を伸ばした時、


「ウェルカアアアアアアアアアム!」


 開かれた扉の向こうには、筒のような武器を私に向ける魔王とその配下達が立っていた。

 爆発音と共に、紙屑が私に降りかかる。


 これは魔導具の類か? ……しかし痛みは無い。


「何のつもりだ! 魔王!」


「ウェルカムクラッカーだけど。ビビっちゃったならメンゴな」


 魔王の姿は文献で見た厳つい鎧姿とは大きく違った。

 牛のような大きな黒い角こそ文献通りだが、顔には不気味な黒メガネを掛けているし、ダボっとしたやたらとカラフルな服を身に纏っている。

 それに腕や首にはジャラジャラと銀の装飾を施している。


「何だそのふざけた格好は……! お前本当に魔王か!?」


「一応魔王やらせて貰ってまーす。シクヨロ! 今日は俺のホーム、マルキューに来てくれてサンキュな!」


「ふざけるな!」


「そうカリカリすんなよ……子猫ちゃん」


「誰が子猫だ! 私は勇者だ!」


「結構ガンガン来ちゃう系? ……そういうの嫌いじゃないぜ。……この後マック行かね?」


「マック……?」


 私が聞きなれない言葉に訝しんでいると、魔王と同じような派手な格好をした骸骨が目を輝かせて何やらしゃしゃり出て来た。


「魔王さんマジっすか? 勇者口説いちゃうとかマジパネッス! マジリスペクトっすよー!」


「おいおいスケ……この程度で驚いて貰っちゃ困るぜ。……俺は相対した渋谷の女は大体抱いた男だからな! ブレイキン!」


「マ!? ヤベッス!」


 ……こいつらは何を言ってるんだ。

 後ろの取り巻きの魔族共も盛り上がっている。


「てか『大体抱いた』って……韻踏んでるッスよ魔王様!」


「まーね」


「息するようにライム出ちゃうとかガチヤバッス!」


 駄目だ。ついて行けそうにない。

 しかし、このまま魔王の訳の分からないペースに乗せられる訳には行かない。


「魔王! 私と勝負しろ!」


 私が睨みつけると、魔王は口元を吊り上げた。


「やっぱエキサイティングな女だな……お前」


「訳の分からない事は言うな!」


「吠えんなって子猫ちゃん。バトルなら八階のクラブハウスでいつでも受けて立つぜ! ヒアウィゴ!」


「戦う気はあるようだな」


「それはアリアリだけど、俺のパリメンになるにはちと地味子ちゃんかなあ」


 ……人が気にしている事を!


「そんな落ち込むなって。マイハニー。一階はドンキにしちゃってるからよ。一緒にお似合いのコス探してやっから、勇者ちゃんもパリメンになっちまおうぜ!」


「うるさい! 早く勝負しろ!」


「ノンノン……こいつは譲れねえな。こんなパーリィナイトには、コスに着替えちまうのが……そうプロミスって奴さ。フィールイッツ!」


「プロミス?」


「まあハード系の言い方したらシキタリみたいな?」


「そうか……仕来りなら仕方ない。いいだろう。コスとやらに着替えてやろう。ただし、着替えたら必ず私と勝負しろ!」


「モチのロンよ! チェケラ!」


 私はいまいち納得が行かなかったが、仕方なしに魔王とその取り巻きと共に不可思議な魔王城へと入っていった。


 内部には食品やら服やら雑貨やらが雑多に積み上げられ所狭しと並んでいた。呑気な音楽が何処からともなく流れて来て気が抜けそうになるが、私は警戒を怠らなかった。


「勇者ちゃんはドンキ初めて?」


「鈍器だと? ……自分の得物を宣言するとは随分と余裕だな」


 いや、これはハッタリかも知れない。

 ……そもそも魔王のふざけた態度も、私を油断させるための策だと考えた方が良い。


「そう構えんなって。子猫ちゃん。お、いいのがあったぜ」


「……何だこれは」


「猫耳。アキバ入ってる系も勇者ちゃんに似合うと思うぜ」


 魔王が手に取っていたのは猫のような白い耳がついたヘアバンドだった。


 こんなふざけた物を付けろと言うのか……勇者として屈辱だ。

 しかし……


「似合うのか……?」


「俺の目を信じてくれ」


 魔王は黒メガネをずらしてウィンクしていた。

 切れ長の黒く鋭い瞳に、思わず胸が高鳴ってしまう。


 ……くっ……勇者として何たる失態だ。

 しかし、仕来りだしこのヘアバンドを付けるのは……仕方ない事なのかも知れない。

 私は渋々ヘアバンドを頭につける。


「イエエエエエエエエエエエ!」


 魔王もその取り巻きも小躍りして喜んでいる。

 ……そんなに似合っているのだろうか。


「恥ずかしい……あまり見るな」


「恥ずかしがんなって! リアルに似合うぜ! なあスケ?」


「ヤバいでしょ……勇者さんマジリスペクトッス!」


「あれじゃね? ダイヤの原石系じゃねッスか?」


「それな! もうコスメも行っちゃわね?」


 魔王の声に答えるように、背中に白い羽の生えた魔族が私に近寄って来た。


「コスメ? いいじゃんいいじゃん! 私に任せちゃってー!」


「頼んだぜハピ美」


「はーい!」


 この女が持っているのは、化粧道具だろうか。

 どうやら私に化粧をするつもりらしい。


「……やめろ! もう充分だろ!」


「強がんなよ……本当は興味あんだろ?」


「くっ……」


 図星だった。

 私は化粧などしたことも無かった。

 興味が無いと言ったら、嘘になる。


「ほらほら、ちょっとじっとしててね」


 私は、流されるままに小麦色の肌のハーピィに化粧を施されて行った。

 そして手鏡を渡される。

 そこに映っていたのは、見た事のない私だった。

 もしかしたら可愛い……のかも知れない。

 恐る恐る魔王を見上げてみる。


「……どうだ?」


「イエエエエエエエエエエエエエ! 最高だぜ子猫ちゃん!」


 湧き上がる歓声。フワフワした不思議な感覚が胸を満たしていく。


「激マブ! やっぱダイヤの原石じゃねーッスか!」


「嘘でしょマジ可愛いんだけど! ありえねー!」


「アメイジング! 俺の目に狂いは無かったな」


 不敵な笑みを向けてくる魔王に、思わず私も笑みが零れてしまう。

 ……嬉しい。それに楽しい。

 勇者として魔王を倒す事為に、幼少期より厳しい鍛錬を積んで来た私にとって、初めての感情だった。


 無論勇者としての使命を忘れた訳ではないが……今は楽しんでしまってもいいのかも知れない。

 まあコスを身に着けるのは仕来りらしいし、仕方ない事だろう。


 その後も私は鎧に妙なステッカーを付けられたり、羽織を着せられたりと、とことん飾り立てられていった。


 やがて、魔王が満足したように何度も頷いた。


「さて……準備もパーフェクトだし、パーリィナイトを始めるとするか!」


「「イエエエエエエエエエエ!」」


「行こうぜ子猫ちゃん。決戦の舞台によ」


「……ああ」


 私は少し寂しかった。

 私はこの男の事も、取り巻きの魔族達も嫌いではないかもしれない。


 しかし、やはり私は勇者でこの男は魔王だ。

 戦うのは生まれついての定め。

 私情に流されて大義を失ってはならない。


「フォロミー! エレベーターで行こうぜ」


 魔王達と奇妙な四角い箱に乗り込む。

 そして体が重くなる感覚の後に、暫く待っていると扉が開いた。

 入った時と違い、暗い場所が広がっていた。


 どうやらこの箱は転移魔導具の類だったようだ。


「ウェルカム! ここが俺のクラブだぜ! ステージに上がれよ! 子猫ちゃん!」


 箱を出て、クラブとかいう暗がりの部屋に入り込む。

 何とも不思議な空間だった。

 軽快な音楽が流れ、流星のように色とりどりの光が流れて行く。

 魔族達が音楽に合わせて軽快に踊っている。


 ……何とも……この世の物とは思えない光景だ。

 私を惑わせるつもりだろうがそうは行かない。


 私は群衆を掻き分け、壇上に上がり魔王と向かい合って立つ。


「お! 魔王様がステージに上がったぞ!」


「魔王様がMCバトルするってマ?」


「ガチ情報だぜ。しかも相手は勇者らしいぜ?」


「マ?」


 魔族の群衆がわらわらと壇上の傍に集まって来る。

 ……緊張するのであまり見ないで欲しいのだが。

 まあいい。とにかく何としても魔王を倒さなければ。


「おふざけもここまでだ。覚悟しろ魔王!」


「オッケーオッケー! 先行は子猫ちゃんでいいぜ!」


「先行だと!? 舐めた事を!」


 私は腰から剣を抜き、構える。


 ――その瞬間、辺りが騒然となった。


「ねえわ! それはねーだろおおおおおお!」


「ディスるならライムでだろおおおお!」


「ノーモアウォー! ラブアンドピース!」


 どうやら私は何か間違った事をしてしまったらしい。

 魔王はというと怒っている様子は無かったが、呆れたように苦笑していた。……腹立つ。


「子猫ちゃん。そいつはイケねえな。ケガしたらどうすんの?」


「わ、分かった」


 私は渋々剣を腰に収めた。


「MCバトルってのはな、ライムとフロウで勝負するもんだぜ! 俺が手本を見せてやるからよ! しっかり聴いとけ! チェケラ!」


 流れる音楽が一段とアップテンポに移り変わり、照明もより一層輝き出した。

 群衆の歓声が巻き上がった。

 気付けば魔王は黒メガネを外し、先端に球が付いた筒を握り締めている。


 ……何かが始まる。


「MC魔王、魅せるセクシーバトル! 現世の前世は渋谷育ち! 悪そな奴は大体友達! でも、本当は悪くない。ダチと優しい魔王目指す俺、護るラブランドピース! 魔王ラブアンドピース! ブキ持つ勇者はスキだらけ! カモン!」


 何だこれは……良く分からないが、軽快に何か言われた。


 言われただけだが、私には何故か魔王に攻撃されたような気分になった。

 ……すごく睨まれたし。


 これが魔王なりの戦い方なのかも知れない。

 ならば受けて立つまでだ!


 私は球が付いた筒を骸骨から受け取り、魔王への攻撃を開始した。


「魔王は最弱! 勇者は最強! えっと……しかも……魔王は馬鹿! 魔族は迷惑だし……人を苦しめるし、だから、倒した方が良いと思う!」


 私が睨んでも、魔王は平然と笑っていた。

 観衆もいまいち盛り上がっていないようだ。


 ……駄目だ。これでは勝てない。

 私が臍を噛んでいると、魔王が更に攻撃して来た。


「お前のライムのビートに感謝! でも馬鹿なのはお前、お前の言ってる強さって何だ! 俺に言わせりゃ力だけ半端! ここではライムだけ賛歌! 魔族が迷惑も今は過去、依存じゃない共存探るべき! イエー!」


 魔族と共存だと?

 そんな事出来るのだろうか。……いや、出来る筈が無い。


「私の家では言われてた、イエー! 魔王がヤバイの当たり前の話! だから定めを背負ってる。共存とか無理、それがセオリー!」


 よし。今のは少し良かった気がする。

 群衆の一部も感心したように唸っていた。

 しかし、魔王はすぐに反撃して来た。


「共存とか無理、お前そう言った。だけど聞きたい、お前の本心! ドンキで楽しんだお前の変身! ありゃ嘘か? ノー、あれが本心! お前は魔族と得られた友情! 共存出来れば誰もが優勝! 多分一筋縄じゃ行かない有償! でも俺らならきっと出来る悔恨の終了!」


 熱狂が沸き起こった。

 誰の目にも明らかだった。……私の負けだ。


 やがて、崩れ落ちた私の健闘を慰めるように拍手が鳴り響く。


「子猫ちゃん。いいバトルだったぜ!」


 差し出された魔王の手を掴む。

 不思議と清々しい気分だった。


「私は……負けたんだな」


「そいつはちょっと違うな。言っただろ誰もが優勝ってな」


「ふざけた事を」


「ところでこの後どうする? 二人でマック行かね?」


「……今日の所は引いてやる! だが次こそは私が勝つ!」


「オッケーまた会おうぜ! 俺はいつでもフリーだからよ!」


 両手で妙なポーズを決める魔王に軽く微笑み返し、私は踵を返した。


 本当に魔族と共存できるか……まだ分からない。

 なんにせよ、魔王に勝つ為にMCバトルとやらでもっと強くならなければ。


 屋敷に帰った私は、韻を踏みやすそうな言葉を羊皮紙に書き連ねていく。


「あ、忘れてた」


 うっかり猫耳ヘアバンドを付けたままにしていた。

 外して手に取って見ると、楽しかった魔王達との思い出が蘇って来て、思わず顔が綻んでしまう。


「魔王……次こそは絶対に勝つ!」


 私はヘアバンドを壁に飾り付けると、再び机に向かうのだった。


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