マンドラゴラの植栽と逸出
マンドラゴラ。伝承にあるその植物の実在が確認されたのは、七十年代のことである。
東南アジアで植物を研究していた学者が、インドネシア領のフォックス島という小さな島からアメリカに持ち帰ったことで存在が知られるようになった。ダイコンのような葉に人の四肢のような形状の根を持ち、その根には人の顔のようなでこぼこがあることから、その姿を見た研究者によってマンドラゴラ(学名Mandragora Mandragora)の名が与えられた。発見場所には引き抜かれたマンドラゴラと、倒れ伏して物言わぬ骸となった島民の子ども三名の姿があったという。
それから数年後、製薬会社によるマンドラゴラの栽培が始まった。このマンドラゴラ、地面から引き抜かれるとまるで人の金切声のような音声を発するのだが、この怪音は人間の精神に悪影響を及ぼす危険な音声である(実際、製薬会社の職員三名が自殺を図り、その内の一名が死亡したという事件が起こっており、社のプロジェクトリーダーが社を去るという事態へ発展した)。そんな危険性を孕んだこの植物だが、根にはアルツハイマー型認知症の治療薬の原料となる成分が含まれており、温暖湿潤で現地と比較的気候が近いフロリダの農園で栽培されることとなった。
実はこのマンドラゴラ、人の四肢のような形状の根からは植物の生長を阻害する物質を放出し、それによって生存競争を有利にしているという特徴を持っている。このような物質をアレロパシー物質といい、北米の在来植物であるセイタカアワダチソウを始めとする一部の種類の植物に見られる性質である。
しかし、この物質は同時にマンドラゴラ自身にも作用してしまう。この物質が土壌中に蓄積されることで自家中毒を起こし、マンドラゴラの根が矮小化してしまうのだ。ゆえに自生地で見られるマンドラゴラは、葉の広さに対して根の部分が異様に貧弱でやせ細っているものばかりである。
そのことを解決したのは、とある日本人研究員の提案であった。
「水を引いて、マンドラゴラのアレロパシー物質を流して栽培すればよいのでは」
この日本人が思い出したのは、祖国日本のワサビ農家であった。ワサビもアレロパシー物質を放出する植物なのだが、それによって自家中毒を起こし、自分の根も害を受けてしまう。しかし清流によって物質を流してしまうことでワサビの根を大きくすることができるのだ。
この提案によって、近くの川から水を引き、そこにマンドラゴラを植栽するという方法が編み出された。最も危険な作業である収穫作業も、防音服を着た職員による手作業からオートメーションに代わり、安全に収穫できるようになった。
ところが、アメリカでマンドラゴラの栽培が始まってから十五年後に潮目が変わった。
北太平洋に浮かぶイーナリ島で、マンドラゴラによく似た植物が発見された。イーナリマンドラゴラ(学名Mandragora inariensis)と名付けられたこの植物は遺伝子解析の結果、フォックス島のマンドラゴラと同属とされ、一科一属一種であったマンドラゴラの分類が見直されることとなった。
影響は分類学上のみに留まらなかった。寧ろそれよりも重大であったのは、同種がマンドラゴラのお株を奪ってしまったことである。
フォックス島のマンドラゴラと違い、イーナリマンドラゴラは怪音を出さず、栽培地もそれほど選ばない。それでいて同じ薬効成分が抽出できた。そのことから、すぐさまアメリカに導入され植栽されるようになったのであるが、その結果、フロリダのマンドラゴラ農園は不採算部門として切り捨てられ放置されてしまったのである。
問題はここからである。
放置されたマンドラゴラはダイコンによく似た花を咲かせ、種子をつけた。その種子は水に流されて河川に流入し、川の流れに沿ってフロリダのあちこちへと拡散された。そうした結果、同州で野生化したマンドラゴラが定着し、旺盛な繁殖力を見せるようになったのである。
マンドラゴラが侵入した土地の植生は、大きな影響を受けた。マンドラゴラの出すアレロパシー物質によって他の植物が駆逐され、マンドラゴラのみが我が物顔で生えるようになった。同地域で猛威を振るう外来植物には日本から持ち込まれた
当然ながら防除が開始されたが、それは困難を極めた。何しろ根を完全に土壌中から取り除かない限り再生する上に、引き抜く際に怪音を発生させるからだ。そのため、農地に生えたマンドラゴラをうかつに引き抜いた農家が自殺するといったことも起こった。結局、環境保護庁はドローンによる除草剤散布を推奨し、人力による駆除は行わないように通達を出した。
マンドラゴラが発見され通報されると、すぐにドローンが急行し、除草剤を散布するようになった。しかし、それも数年繰り返すと、除草剤の効きが目に見えて悪くなってしまった。彼らは一年草で繁殖のサイクルが早いことから、そう年月をかけずに除草剤への耐性を獲得してしまったのである。
そうして、今度は火炎放射による焼却に、作戦が切り替えられた。
マンドラゴラの種子には、休眠する性質がある。土壌中に落下した種子は全てが発芽するわけではなく、同種との競争を避けるために、日当たりなどの発芽条件が整うまで休眠する種子があるのだ。この休眠種子を土壌シードバンクというのだが、この性質が厄介なのである。マンドラゴラを駆除しきっても、駆除後の裸地は日当たりがよく、休眠種子が発芽してしまうのだ。
この性質を鑑みれば、火炎放射作戦は非常に効果的であった。火炎は土壌中の種子まで焼いてしまうことができるからである。
火炎放射作戦は、至るところで実施され、効果を上げた。焼かれた後の地にはマンドラゴラの再侵入を防ぐために、様々な植物が植えられ緑化された。勿論、再侵入に対する抑止力としては心もとないが、不毛の裸地よりはライバルとなる植物が自生していた方が侵入からの占領を鈍化させられるためである。
この火炎放射作戦は、確かに効果的であった。しかし、問題点もあった。私有地、特に民家の付近では使用が難しいこと、もう一つは駆除にかかるコストが高くつくことである。
後者については、何も装備にかかる金銭的なコストだけではない。彼らは炎で焼かれて個体が死滅する際、抜かれた時と同様の怪音を発生させるため、駆除の際には大音量で彼らの怪音が響き渡ることとなる。そのため人の生活圏に近い場所で群生地が発見された場合、住民の避難と現場の完全な封鎖を可及的速やかに行わなければならない。そうした負担も馬鹿にならない。
アメリカとマンドラゴラ。両者の熾烈な戦いは、まだ終わらない。
異常繁殖マンドラゴラの駆除作戦 武州人也 @hagachi-hm
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