天使になれない天使(あまつか)くんと悪魔になりたい菫ちゃん

遠浜州

二人の出会い—―天使(あまつか)くん

 僕の名前は天使楓。天使と書いてあまつかと読みます。


 昔から人の喜ぶ顔を見るのが好きで、誰かの役に立つのが大好きでした。


 そのことから僕は天使になりたいと思うようになりました。もちろん、人をやめて超常的な存在になりたいのではなく、人から天使と呼ばれるような存在になりたいという意味です。


 今年から僕は高校生になります。新たな節目。新しい人たちとの出会い。


 もちろん、中学生の時も小学生の時も人のため、ひいては誰かの喜ぶ顔を見るために行動してきました。いえ、物心ついた時からそういった行動原理の下で生活してきたつもりです。


 ですがいずれの時も天使あまつかは天使だ、と呼ばれたことはありません。


 呼ばれるとしたら、やさしい子、気の利く子、お人好しな子、変わった子などでした。


 それらも嫌な気はしないのですが――いえ、変わった子は嫌でしたけども。


 それでも僕としては、天使と呼ばれたいと目標があったので満足することはできませんでした。


 なので、心機一転。高校生活でみんなから天使と呼ばれるように頑張ろうと一人勢い込んでいるのです。


 そんな猛烈に燃えている僕は今クラス発表の紙が貼られている下駄箱前にいます。


 そこには僕と同じ新入生と思われる人たちがクラス表を見ようとごったがえしていました。

 

 僕も確認するためにその人ごみの中に入っていこうと思ったのですが、なかなかの密集度。


 入っていけるだけの隙間がありません。


 仕方ないので、先のことを考えて人ごみがひけるのを待つことにしました。


 そうですね。やはり天使と呼んでもらうには第一印象から、それらしくないといけないですよね。


 クラスメイトの皆さんに好印象を与えられる場面。それはずばり自己紹介だと思います。


 一分程度与えられた自分をアピールする短くも今後を分ける最大の局面。自己紹介の段階でこの高校生活で僕が皆さんに天使と呼ばれるかどうかが決まるといっても過言ではないはずです。


 ――そう考えると緊張してきましたね。一体全体どう自己紹介をすれば、皆さんに天使と呼んでもらえるようになるのでしょうか。


 頭を捻って考えていると、いつの間にかクラス表の前の人ごみはなくなっていました。


 そこでとりあえず自己紹介で話す内容を考えるのは後にして、僕は自分のクラスを確認することにしました。



 《1-3》

 

 ここが今日から僕のクラスとなる教室です。


 ここで僕はみなさんのために行動して天使と呼ばれるようになるのです。


 出席番号順に並べられた机の配置の中から自分の席を見つけて腰を下ろし、僕は今日の予定表を確認するために、机の上に置かれていた予定表に目を通します。



 すると、隣の席に座っていた女の子が握りこぶしを固くつくり何かを決心しているのが視界の端に移りこみました。


 もしかして、この子も何か目的をもって高校生活に臨んでいるのでしょうか。


 ――仲良くなれたらうれしいものです。


 そう思っているうちにチャイムが鳴り、担任となる先生が入室してきて最初のホームルームが始まりました。



 ホームルームでは担任の先生が軽く自己紹介をして、今日の日程をざっと説明してくれました。


 そのあとはすぐに体育館へと向かうことに。


 体育館では校長先生のお話、来賓の方のあいさつなどを座って一時間ほど聞きました。


 校長先生のお話にもあったように、僕は新しい高校生活に胸を弾ませすぎていて、これからどんなことが待っているのだろうと考えていたせいでほとんどの話を聞きそびれてしまいました。


 ――すみません、校長先生、来賓のお客様。  


 直接は言えないので、せめて心の中だけでもと謝っておきました。

 

 それが終わると、再び教室に戻ってきてホームルームの続きとなりました。


 初日の今日はこの後の予定はないとのことで、残りの時間は自己紹介の時間となり、出席番号順の頭とお尻の人がじゃんけんをして負けたほうからということになり、負けたのはお尻の人。


 僕の出席番号は三番なので最後の方となりました。


 自己紹介は滞ることなく、自分の名前、好きな食べ物、入りたい部活などを一分程度の時間で話していきました。


 時に笑いが起きたり、なぜだか喝采の声? が上がったりもしました。


 二十分ほどが経ったでしょうか。ちょうど二十人ほどの自己紹介が終わったときです。 


 担任の先生が一時自己紹介を止めて口を開きました。


「え~、思っていたよりも順調に進んでるためか、このままだと大きく時間が余るんだよな。てなわけで、ここから一人一分とかそういうの気にしなくていいから、しゃべりたいだけしゃべっていいぞ」


 先生がそう言い終えると、クラス中から様々な声が上がります。


 すでに自己紹介をしてしまった方の中には、もっと早くそうしてもらいたかったと悔やむ声もあれば、余計なこと言うなよ、とこれから自己紹介をする方の中に文句を垂れる方もいました。


 人によって受け取り方が違う。まさに十人十色といったところでしょう。


 僕はというと、しっかり自分のアピールができればいいので、持ち時間は短くても長くてもどちらでも構いません。


 時間によって少し話す内容を変えなくてはいけないという点では困りますけど。


 ちらほらと不満や不平の声が上がっていたのが伝染していき、クラス中がざわつき始めました。


 すると、先生が手を叩いて「はい、静かに」との一声。


 その先生の一声でざわついていたのが途端に静かになり、自然な流れで再び自己紹介が始まりました。


 先生は先程あのように言いましたが、あー、や、えーと、など唸り声をあげる方ばかりで、話す内容はほとんど変わっていませんでした。


 なにか話さなくては、との意思は伝わってくるのですが、やはり急に自己紹介をしたいだけして良いと言われても困る事でしょう。


 結果的に自己紹介の時間が伸びたことには違いありませんが。


 そうして順番は隣の女の子までまわってきました。


 そういえば、先程体育館に向かう前に握り拳を作っていた子です。


 いったいさっきは何を決意していたのでしょうか。


 その時でした。


 ――バンッ!


 突然大きな音がクラス中に響き、僕はびくりと肩を上げてしまいます。


 音のした方を見てみると、自己紹介の番である隣の子が机を叩いて立ち上がったらしく、女の子は毅然とした態度で口を開きました。


「あたいの名前はシトリー·菫。ドイツ人と日本人のハーフだ。こんな見た目だけど、あんたらと同じ高一だかんな。以上ッ!」


 彼女は堂々とそのことを言い終えると、立ち上がった時のように勢い良く席に座ります。


 しかしあまりにも気合いを入れすぎたせいか、席に座ってから肩で息をしていました。


 その後、しばしの沈黙が訪れます。


 まるで嵐のようでした。


 そう、まさに今の静寂は嵐が過ぎ去った後の静かさに似たものがあったのです。


 ですがその静寂もどこかで誰かが口にした言葉により破り去ることになるのでした。


「あの子、ほんとに高校生? めちゃくちゃ可愛いんだけど。ちっちゃくて」


 誰かがボソッと漏らしたこの言葉は、静まり返ったクラスに十分すぎるほど響き渡りました。


 これを皮切りにあちらこちらでしゃべり声が聞こえてくるようになりました。


「え~、あれで高校生とかありえないんだけど。しかもあの口調とか。背伸び幼女みたいで可愛いわ。それにちびちびしてるし」


「とてもきれいなブロンドヘア。あれはもう天使だよ。ちっこいしさ」


 皆さん好き勝手言っていますが、そんなに言いたい放題では彼女がかわいそうですよ。


 ほら、俯いた状態で唇を噛みしめてプルプル震えてますし。ご立腹といった様子ですよ。


 皆さんのように一方的に言うのはあまり関心しないのですが、言いたいことがあるのであればちゃんと相手に向けて話してあげればいいと思うのです。


 僕も一つだけ言いたいことがあったので、この騒然とした空気に交じり言わせてもらいました。


「あの、おせっかいだと思うんですけど、女の子がそのような荒々しい口調でしゃべるのはあまりよろしくないと思いますよ。品がないように見えてしまいますし」


「あ゛? あたいがどんな風にしゃべろうがあたいの勝手だろ。事情も知らないくせに口出すなよ」


「すみません。確かに事情も知らないのに口を出したのは良くなかったと思います。何かわけがあるということでしたら、僕が口出しする理由はありませんね」


 怒られてしまいました。良かれと思ってつい余計なことを言ってしまったようです。事情があるうえでのことに口を出したら怒られて当然ですよね。反省しなくては。


「まあ分かればいいんだよ。その、ちっとばかし強く言い過ぎたかもな。わざわざ忠告してきてくれたのにさ。こうしゃべってるのにはちゃんとした理由があって、好きでしゃべってるわけじゃねえんだよ。だからその、そんなことで落ち込んだりしなくてもいいからな」


 そう言い終えると、プイっと顔をそむけてしまいます。


「はい、励ましの言葉ありがたくいただきます」


 やはり言葉遣いは少し気になりますが、どうやら悪い人ではなさそうで安心しました。


「べ、別に励ましてねーよ。ただ、お前に落ち込まれたら、あたいが悪いやつみたいでいい気しないと思っただけだ」


 ――ふふふ。素直じゃない人ですね。


「わかりました。そうゆうことにしておきます」


「しておくとかじゃなくて、本気で言ってんだかんな。勘違いすんじゃねえぞ」


 そこで区切りをつけると、再び立ち上がってクラス中に響き渡る大きな声でこう言います。


「――あっ、それとお前ら。どいつもこいつもちっこいだの、ちびだの言ってるとしばきあげるぞこらっ!」


「「えっ、いまさら⁉」」

 

 クラスみんなの声がきれいに重なりました。


 ――愉快そうなクラスで、これからの高校生活が楽しみです。


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