コンティニュー×13

湖城マコト

ループゲーム

「大丈夫だ。落ち着いてタイミングを計ればいける」


 男子高校生の芹澤せりざわ永士えいじは、恐怖心を振り解くために強く自分に言い聞かせた。

 目の前には細い一本道が伸び、その上を5本の巨大な刃物が、振り子のように揺れている。


 切れ味は抜群で触れた瞬間に体は真っ二つ。

 そのことは文字通り、痛いほど理解している。


「今だ」


 芹澤は意を決し、1本目の振り子が目の前を通過したタイミングで駈け出し、突破。そのまま立ち止まらずに2本目の振り子も越えた。一気に駆け抜けることで2本目まで突破出来ることはすでに検証済みだ。


 このまま一気に3本目も越えたくなるが、焦ってはいけない。3本目からは振り子の速度が変わるので、一度止まってタイミングを見極めなくてはいけない。さっきはそれを怠り失敗してしまった。


「ここだ」

 

 早さを計算し、振り子が道に差し掛かる直前に駆け出し、通過した振り子の真横を抜けた。これで3本目もクリアだ。


「さてと、どうしたものか」


 4本目からは未知の領域。

 どういう意図か4本目の振り子は3本目よりも遅く、1、2本目と同等の速さに感じられる。

 

「行くしかない」

  

 1本目を越えた時の要領で、道の真ん中を振り子が通過したタイミングで芹澤は駆け出した。


「しまっ――」

 

 通り過ぎたはずの振り子が急に戻って来た。

 突破も回避も間に合わない。

 振り子の巨大な刃が、芹澤の眼前へと迫った。


 ――そうか、4本目は突破しようとした瞬間に速度が変わるのか。


 振り子に体を真っ二つにされた瞬間、芹澤は冷静にそう分析した。未来へ希望を託し、意識は闇へと溶けていく。


 これが芹澤の知覚した11回目の死である。


 ※※※


「うわあああ!」

 

 絶叫と共に芹澤は目を覚ます。

 首から腰にかけて斜めに真っ二つ。今回も酷い死に様だった。

 死は何度繰り返しても慣れるものではない。


「またここからか……」


 芹澤は『START』と書かれた鉄の扉の前に立っていた。周辺は高い壁で囲まれており、目の前の扉以外に出入り可能な場所は見当たらない。


 すでに10回以上もこの状況を繰り返しているのだ。次に何が起こるのかもすでに分かっている。


『ご機嫌いかがかな芹澤くん。混乱しているとは思うが、今から君には命を懸けたデスゲームに挑戦してもらいたい』

 

 無機質な機械音声が、芹澤のいる空間に響き渡る。


 ――もう何回も聞いたよ。

 

 芹澤は心の中で舌打ちした。このゲームをクリアしたら、絶対に主催者を痛い目に遭わせてやる。


『ルールは簡単。君にはこの扉の先で待ち受ける様々な仕掛けを突破し、ゴールを目指してもらいたい。道中の仕掛けはとても危険なものだ。死にたくなければ慎重に進むことをお勧めするよ』


 ――次はどうせこう言うんだろ? 『拒否権は無い』と。


『ちなみに、君に拒否権は無い。私達は君の大切な家族を人質に取っている』


 この台詞だけは何度聞いても胸糞悪く、芹澤は露骨に不快感を露わにした。


『ゲームへの参加を拒否すれば妹の命は無い。ゲームをクリアすれば、君も君の妹も無事に解放することを約束しよう』


「妹には手を出すな!」


 同じ状況を何度繰り返しても、いつもここで感情的になってしまう。唯一の家族である妹は芹澤の全てだ。


「こんなゲーム、すぐにクリアしてやるよ」

 

 テレビゲームをプレイするのと同じだ。ゲームオーバーになったら反省を踏まえて最初から、何度だってやり直せばいい。


 命にコンティニューという概念は存在しない。命を落とせばそこで全てお終いだ。


 だが、芹澤は違った。理屈は芹澤本人にも不明だが、このデスゲームで何度命を落とそうとも、次の瞬間には入口の扉の前で意識を取り戻す。


 2回目までは意味が分からなかった。

 3回目で違和感を覚えた。

 4回目に体を張って実験をしてみた。

 5回目でようやく自分の特殊能力を理解した。


 本人の意志とは関係無く、芹澤は命を落とすと、ゲームを始める直前の状態に、それまでの記憶を有したまま戻っている。いわゆるループだ。

 

 どうやってこの能力を得たのか分からないが、芹澤にとっては好都合だった。

 何度死んでもやり直せる。仕掛けの種類や回避方法を学んでいけば、いずれはこのデスゲームを確実にクリア出来るということだ。


 無論、死の恐怖や痛みはその都度襲ってくるわけだが、妹を救うためなら何度だって死んでみせる。芹澤にはその覚悟がある。


 これまでの11回の死で、第三ステージの4本目の振り子までは到達出来た。

 この先幾つのステージが待ち受けているのかは分からないが、終わりは絶対に訪れる。


「兄ちゃん、頑張るからな」


 妹を救い出すという強い決意を胸に、芹澤は扉へと手を掛け、デスゲームへの12回目の挑戦を開始した。


 ※※※


「ナンバー12の挑戦が始まりました」


 別室では、白衣を着た数名の技術スタッフがモニター越しに芹澤の様子を確認していた。


「次の個体の用意を進めておきたまえ。そう長くは持つまい」


 長身の主任が部下に指示を出す。

 観客は待ち時間を嫌う。プレイヤーの補充は速やかに行わなければならない。


「……クローン技術と脳科学の行き着いた先が金持ちの道楽か」


 新人の桂木かつらぎが、モニター越しに奮闘する芹澤の姿を見て目を細めた。死ぬのは代用のきくとはいえ、その死を見て無感情ではいられない。


「ナンバー12が5本目の振り子トラップにて死亡。プレイヤーをナンバー13へ移行します」


 技術スタッフの一人がデータ化した記憶を次の個体へと入力する作業を開始する。記憶のデータ化に成功した今、この程度の作業は造作ない。


 ※※※


「くそっ、また始めからかよ」


 芹澤の意識は、入口の扉の前で覚醒した。


「よし、もう一回だ」


 ループを繰り返せばいつかはこの地獄からも抜け出せる。

 芹澤はそう信じて疑わない。


 しかし現実は非情だ。芹澤はループなどしていない。

 彼はこのデスゲームのプレイヤーである、クローン体の一人に過ぎないのだから。


 ゲームに挑んだクローンが死ぬと、それまでの記憶を受け継いだ新たなクローンがプレイヤーとして補充され、再びゲームに挑戦。死ねばまた始めから、死ねばまた始めから。それを繰り返していく。


 これがループの正体だ。ループはクローンがゲームをクリアするまで続く。

 

 何故このような無意味なことを繰り返すのか。

 その答えは、金持ちの道楽の一言に尽きる。


 ※※※


「さあ、間もなくナンバー13の挑戦が開始されます。果たして彼は今度こそ難関を越えることが出来るのでしょうか!」


 巨大なパーティホール内でタキシード姿の司会者が、大型モニターに映し出された芹澤の活躍を、臨場感タップリに解説していく。


 会場には仮面で顔を隠した大勢のVIPが集い、芹澤の挑むデスゲームを観戦していた。観客は会場だけには留まらず、会場に来れなかった世界中のVIPがゲームの模様をモニター越しに視聴している。


 ゲームの攻略法を死をもって経験していくクローンが、何度目の挑戦でデスゲームをクリアするのか。VIPたちはその数字を予想し、大金を賭けているのだ。


 中には賭け事を楽しむのではなく、ゲーム中のクローンの死に様をショーと捉え、嬉々として観賞している者までいる。


 クローンたちの挑むゲームは多種多様で、別の場所ではまた別のクローンたちが、自らがクローンだとも知らぬままデスゲームに身を投じ、見世物にされている。


 実に狂った遊びだ。


 ※※※


「妹のためにも、諦めるわけにはいかないんだよ」


 自らを高校生の芹澤永士だと信じている13体目のクローン体が入口の扉へと手をかける。


 妹を救いたい一心で、彼は臆せずデスゲームへと挑んでいく。

 

 しかし実際には、囚われの妹など存在していない。


 それはクローン体が命懸けのデスゲームに挑戦する動機づけのため、運営側が植え付けた仮初の記憶に過ぎない。言うなればゲーム上の設定だ。


 その証拠にクローン体は、妹を救いたいという強い思いがあるにも関わらず、妹の名前を一度も呼ばずに単純に妹と呼んでいる。それは、彼の記憶が機械的に入力された仮初めだからに他ならない。


 多くの死の末にゲームをクリアしたとしても、自由など訪れはしない。

 

 ゲームをクリアした瞬間、クローン体はゴールの先で待ち受けている処理班によって成す術もなく処分されてしまう。


 だが、それが自分の最期だと理解出来ないクローン体は、死の淵できっとこう思うことだろう。


 「また最初からやり直しだ」と。


 クローン体がループだと思い込んでいるそれは、そこでようやく終わりを迎えるのだ。

 

 ※※※


「主任、一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「なんだね」


 別室でゲームをモニターしていた桂木が、長身の主任に質問した。


「あのクローン体のは主任ですよね? どうしてそんな真似を」


 主任の白衣には芹澤永士のネームプレートが光る。


 芹澤は現在40歳。ゲームに挑戦しているクローン体は、18歳の頃の芹澤を再現した存在だ。余談だが芹澤には実際に妹がおり、実業家と結婚し、現在は海外で悠々自適の生活を送っている。


 動機さえ植え付けてやればクローン体は誰でもいい。

 わざわざ芹澤のクローンを使う必要などないのに、芹澤は自身のクローンをデスゲームのプレイヤーとすることを、自ら主催者へ進言したらしい。


 クローンとはいえ、若い頃の自分と同じ姿をした存在が惨殺されていくことに抵抗を感じないのか、配属以来、桂木はずっと疑問だった。


 好意的に解釈するなら、技術が狂ったゲームに悪用されるならば、せめて他人ではなく、自分のクローンを使用することが芹澤の技術者としての良心、という可能性も考えられる。


 しかし、芹澤の返答は桂木の予想の上を行くものだった。


「私はサディストでね」

「ど、どういう意味ですか?」


「自分が見るも無残に殺されていく様を何度も見られるんだ。こんな愉快なことはないだろう。世界広しといえど、自らの死を俯瞰ふかんできる人間はそうはいまい。まったく、この仕事は私の天職だよ。本当は今の私の姿のクローンなら最高だったのだが、若いプレイヤーの方が観客が盛り上がるとの主催者側のお達しでね。私とて雇われの身だ。そこまでの贅沢は言わんよ」

 

 普段は口数少ない芹澤が、嗜好しこうの話とあって饒舌じょうぜつに語る。

 その姿に桂木は怖気を感じざる負えなかった。


「もし興味があるなら、別のゲームのプレイヤーに桂木くんのクローンを推薦してあげようか? この快感は病みつきだぞ」

「い、いえ。自分はけっこうです」


 倫理観を放棄した狂った主催者。

 悪趣味な賭け事に興じる狂った観客。

 自らのクローンの死を嗜好とする、狂った技術者。

 

 イベント名「ループゲーム」。

 あえてもう一度言おう。

 実に狂った遊びだ。




 了

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