第56話 人間の為に

「憑かれているって何だ?どう言う事なんだ!?」


かね丸はりつに近寄ったが、近寄り切れずに距離を開けて止まって言った。りつの指で描かれた絵のような字は、人間を近寄らせない力があった。


「これは天魔の力に抵抗するものじゃが、これを避けるのは人ならぬ力が憑いている証じゃ」


りつが伸ばした手を握ると、指先が作り出した字はそこで消えた。


「おかしくなる前、何か変わった事は無かったか?」


「変わった事なんて無い」

「何かあったはずじゃが…」


「何でもよい、見慣れぬ人間がやってきたりせんかったか?」

「いや…、ああ、でも、武士が何人かやって来て…」


「武士か!」

「人を探してるって言ってた」


「人かぁ」

「ああ、そんくらいだ」


「ううむ、関係無さそうじゃ」

「ああ、あと…」


「何じゃ!」

「山ん中に入ったまま帰って来なくなった人がいて、皆で辺りを探すって事が結構前にあったぞ」


「ほう!?」

「結局、山ん中で見つけたけどな」


「皆がおかしくなる前か?」

「少し前だ、でも道迷いはたまにあるからな」


「なるほどな、どの辺りでいなくなったのじゃ?知っておるか?」

「詳しくは知らんが、南の方だったらしい」


「なるほどな、ではその南の方へ行ってみるぞ!」

「え?」


「何だぁ、なんかあるんかぁ?」

鬼丸がやっと口を開いた。


りつは鬼丸の方を向いて頷いた。

「ここの人間に手を出しておる何かがおる、探しに行くぞ」


「そうなんかぁ」

「かね丸も行くか」

「ああ!」


三人は南の方へ向かって歩いた。

先頭をりつ、真ん中をかね丸、最後を鬼丸が歩いた。


少しすると、りつだけが先を歩いて離れて行く。それに気づいたりつが足を緩める。

しかしまたすると、りつは一人先を歩いている。どうしたものかとしっかり振り向けば、かね丸が少し具合が悪そうに歩いている。


「どうしたのじゃかね丸」

りつは足を止めて金丸の様子を見た。


かね丸もりつの元で足を止めて下を向く。

「いや、何かおかしいんだ、体が揺れる」


鬼丸は心配そうにかね丸を見下ろしていた。


「体が揺れるか」

りつは腰を下げてかね丸に視線の高さを合わせると、その生気のない目を覗き込んだ。

かね丸はしばらく経ってからそれに初めて気づいたそうに目を逸らし、力強く閉じた。


「かね丸」

りつが名を呼んでもかね丸は目を閉じたままだ。


「お主、何かが中におるぞ」

りつの言葉にやっとかね丸は目を開け、驚いている。


「我に見られると耐えられぬだろう」

かね丸は少し考えて頷いた。


「どういう事だ??」

鬼丸がかね丸の後ろで呟く。


「集落の人間共に憑いている何かと同じかもしれぬ」

「かね丸もおかしくなっちまうんか?」

鬼丸は慌てた様に恐れを声にした。


「かもしれぬが、今までただ一人平気であった事を考えると、何か堪えの力が働いているようじゃ」

「…すげえなぁ、かね丸!」

鬼丸の言葉にかね丸は少し微笑んだ。


「しかし油断はできぬ、気合いを入れて堪えるのじゃ」

「…わかった」

かね丸は笑顔を無理矢理作って笑った。


「近づいているのじゃろう、気をつけるぞ」

りつはそう言って再び足を進めた。

鬼丸とかね丸は目を合わせてお互いを確認してから足を進めた。


「かね丸、俺の肩に乗れ」

「大丈夫だ、歩ける」

心配した鬼丸が声をかけるが、かね丸は断る。そんな姿を眺めては、鬼丸はついて歩く。


「鬼丸は優しいな、鬼とは優しいものなのだな」

ふと、かね丸は呟いた。

「俺は人間に悪さはせんぞぉ」

静かに鬼丸が言うと、かね丸は少し笑った。


「かね丸よ、全ての鬼がこうなのでは無いゆえ、気をつけるのじゃぞ。基本は喰われるからな」

二人のやりとりを聞いていたりつは忠告をする。

「わかった。…そういえば、昨日仕掛けた魚取りの網をまだ見に行って無いんだ。あとでついて来てくれるか?」

かね丸はりつに返事をしたあと、振り向いて鬼丸に話しかけた。

「いいぞぉ」

鬼丸は快く返事する。


「あの穴の中が怪しいのぉ…」

りつはそう言って、山の盛り上がった部分に掘られた穴の元へ向かうと、覗き込んで見た。


「何もおらんの」

一人、そう呟き視線を戻すと、鬼丸とかね丸は少し先の辺りを調べていた。りつもそこに行こうとした時、後ろから不意に声をかけられた。


「娘!鬼はどこか!」


振り向く前からそれがしつこい長安だと気づいた。

ため息混じりの声を漏らしながら振り向く。

「何じゃあ、お主もしつこいの…」

「鬼はどこか申せ!」


長安は抜刀した状態でりつの方を向いていた。

りつは鬼丸とかね丸の方をちらりと見ると、信じられぬものを目にし、体が止まってしまった。


鬼丸とかね丸は、何かを探す様に動きなら、全身が光に包まれていくとそのまま空に向かって消えていったのだ。


「何と…」


体を長安の方に向けたまま、顔だけを横にしたりつを、長安は鋭い目をして睨みつけている。


「どこをみておぅる!鬼はどぉこか!」

長安は刀をりつに向けて叫ぶ。

「知らぬ…」

りつは視線を変えずに呟く。


「何だと!?しらを切るな!」

その言葉に、りつはやっと顔を長安に向けて言った。


「まことに知らぬ、何がどうなったのか、我にはわからぬ」

りつはそう言ってしばらく長安と睨み合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

金色天狗とツノ無し鬼 ナルミヤタイ @ruries

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ