第55話 かね丸

鬼丸が木の実を両手に抱えて持って帰ると、りつと、童が木の幹に座って待っていた。


「遅かったな、鬼丸」


りつは鬼丸の方を向いて出迎えた。

鬼丸は童の様子をじっくり見た後にやっと喋った。


「怪我が治ったんかあ?」

「そうじゃ、我が治したのじゃ!」


りつは自慢げに言って童の方を向いた。


「なあ?かね丸」


そう呼びかけられた童は、ゆっくり頷いた。


「かね丸って言うんかぁ、いい名前だぁ」


鬼丸は童の前に、両手いっぱいの木の実を置いた。それを見た童は、目を輝かせるのだった。


「めいっぱい食えぇ」


そう言って胡座をかいて座る。

童は困った様に首を振って、立ち上がった。


「これ、皆にあげて来てもいいか?」


木の実を指差して言う。


「皆とは、お前を蹴り倒していたやつらの事か?」

「…」


りつの言葉に、童は俯いてしまった。


「また殴られるぞぉ」


鬼丸は座る様に童の薄汚れた服の裾を引っ張ると、童は座り込んだ。


「…皆、畑が死んでおかしくなって、腹が減ってるだけなんだ」

「でも死んじまうぞぉ」

「だんだんひどくなっていって、今じゃ誰も喋らないし、食っても食っても腹が膨れないみたいなんだ」


「何じゃ、まるで餓鬼じゃな」


りつがそう言うと、鬼丸とかね丸は一緒にりつを見つめた。


「いや、人間が餓鬼になるなどない。例えじゃ」

慌てて付け加えて言った。


「腹が減る病気なのかもしれない」

かね丸は下を向いて言った。


「かね丸は平気なんかぁ?」

「ああ」


「不思議じゃのう、まともな人間はおらんのか?」

「…みんな出て行った」


「では、そこにはあのおかしくなった輩と、かね丸だけ住んでおるのか?」

「そうだ」


「かね丸も逃げれば良いと思うが、そんな事は出来んなあ?」

りつが言うと、かね丸は頷いた。


「皆どこに行くんだ?どうやって生きてくんだ?…俺には出来んし、わからん。ここで皆と死ぬしかねえ」

童は諦めた様に言った。


「そんな事ねぇ!」

鬼丸は勢いよく言ってやった。


「何とかなる、俺達が助けてやるから頑張って生きろぉ」


りつは何を言い出したかと鬼丸を睨んだ。


「ありがとう、でも、ここから出て行く気はねえんだ」

童は集落の方を見つめて言った。


「何でだ?」

「皆、おかしくなっちまったけど、元はいい人なんだ。死にかけた俺と母様を助けてくれた。それからここで暮らした俺達にすごく良くしてくれて、母様が病気で死んだ後も俺の面倒見てくれて…」


「見捨てられんのか」

りつは、だんだんと言葉を無くしていくかね丸の代わりに言ってやると、頷ずくのだった。


「なぁりつ、死んだ畑を治すにはどうしたらいいんだぁ?」

「畑を見てみないと何とも言えんの」


「なぁかね丸、畑見せてくれんか?」

「…いいよ、でもこっちから行ったら皆んなに見えるから、後ろの方から行こう」


そうして草木を分けながら、集落の反対側に行くと、かつてはそこにあったであろう広大な敷地が姿を現した。


「見事に何も育っておらぬな」


作物の残り物も無く、ただ耕されていた様な土だけが広がっている。

りつは土の近くに行ってしゃがみ込むと、土に触ってみたりした。


「…なるほどの」


呟き顔を上げると、家並みの中に人影が見え、それは一つ、二つと増えていき、終いには十数人の顔が並んでこちらを見ていた。


「…」


りつはその不気味さに言葉を失い、あえて見ないようにする。


「かね丸よ、この畑は病が溢れておる。数年は使わぬ方が良い」


そう言って立ち上がると、集落を囲む林を眺め始めた。


「畑は治らんのか?」

「しばらく使わず、お天道に任せて見るのじゃ。いずれ自然と作物を育める様になる」


「じゃあ、この場所で畑はもう無理なんか…何年も待ってたら、皆信じまう」

「いや待つのじゃ。この畑の異変と、人間達の異変は全く別のものに思うぞ我は」


りつはそう言って、家の方から眺める人間達を指さした。


「待っておれ、我が暴いて見せようぞ!」


指の先が淡く薄紅色に色づき、そのまま淡い光となって帯びていた。りつはその光を動かして、何か絵のような、字のようなものを描いた。


その字のようなものは淡く光り、ただそこにあるだけだったが、見ていた人間達がみるみる苦しそうに呻き出したかと思うと慌てて逃げて行った。


「なんだぁ!?」


鬼丸が驚き声を上げる。


「あの人間等は何かに憑かれておるのじゃ!」


りつはしたり顔で言った。

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