第54話 秘密の集落

「それなら安心した」


人間の童はそう言うと落ち着いた。


「気をつけて帰るんだぞぉ」


鬼丸は人間の童に向かって言うと、りつを肩に乗せて歩き出した。


「いぶきに巻物の色を聞かねばならんの」

「そうだなぁ、待っとくかぁ」

「あまり離れても見つけられんくなるしな、この辺りで休もうではないか」


そうして二人は腰を下ろして休むのだった。


「待て鬼ぃ!」


聞いた事のある声が後ろから響く。

振り向いて見れば、すでに抜刀した状態で二人の元に走ってくる長安がいた。


「また来たぞ」

「しつこいなぁ、見上げた根性だぁ」


「待て、何かおかしい」


りつは目に入った長安が、先程と違うと感じた様だった。


「用心するのじゃ」

「用心かぁ」


「逃げるとしよう」

「逃げるのかぁ?」

「ああ、切りが無い上、お前はあやつをどうこう出来んじゃろ」

「確かになぁ、走るかぁ」


鬼丸は肩にりつを乗せたまま、地響きを鳴らしては走り出した。


「逃げるか鬼ぃ!…」


鬼丸の方が早いものだから、長安の声がだんだんと遠くなって行く。


「待…ぃ!…」


あっという間に距離を取り、突き離す。


「あれは一体何なのじゃ?」

「あんなしつこい人間、初めて見たぞぉ」

「我もじゃ。余程、鬼に恨みがあるようじゃ」


喋りながら走っていると、木々が開けた空間に出た。そこから少し先に、人の集落の様なものが見える。


「あれは、先の童の集落かも知れんな」


りつが言うと、鬼丸は集落の方を向いて何か考え込んだ。


「どうしたのじゃ」

「何だか気味悪い所だぁ」


鬼丸がそんな事を言うのは珍しいと、りつは物珍しそうに見た。


「どこがじゃ?」

「何だか空気がどんよりだぁ」


「…確かにそうじゃな、貧しい集落のようじゃ」


人気も無ければ、無造作に置かれた生活道具も壊れていたり、使われていない様にも見える。


「人っこおるんかぁ?」


鬼丸が集落の中に入ろうと足を進める。


「待て待て鬼丸、ここがあの童の集落であれば約束があるのではないか?思い出せ」

「ああ、そうだったなぁ」


鬼丸は集落には行かないと、そう約束をしていた。


「先の童は、集落の田畑が死んでいると言っておった。大方、田畑の疫病の様なものが流行り、貧しいのじゃろ」

「田畑の疫病なんかあるんかぁ?田畑が病気になるんか?」


「何だ知らぬのか、あるのじゃ」

「そうなんか、りつは物知りだなぁ」

「まあの!天人じゃからな!」


りつは鬼丸の肩の上で、自慢げに髪を払い上げた。


「いぶきが来るまで、ここで覗いとくかぁ」


集落側から見えない様に、草木の中に入り込もうとする。りつは急いで肩から飛び降りると、近くの木の幹に腰掛けた。


「全く。人間、人間と、人間がそんなに良いのかの」


呟きながら、近くに生えたものに目が行く。まっ平なキノコのようなものだった。


「これは…霊薬か」


傷ついた長安を追っていた者達が探していたものだ。よく見て見れば、そこら中に生えている。


「何じゃここは霊薬作り放題ではないか」


「りつ、りつ、…」


霊薬に気を取られていると、鬼丸がしつこく呼んでくる。


「なんじゃ、どうしたのじゃ?」


仕方なさげに鬼丸の隠れている草木の中に入り込む。


「どうしたのじゃ?」

「人間がおるんだぁ」


「人間の集落なのじゃからおるじゃろうに」


そう呟きながら、鬼丸と同じように草の隙間から覗いてみると、まるで物の怪に取り憑かれ己を無くした様な顔をした人間が数人、ふらふらと歩いていた。


「なんじゃあ、揃ってつまらん顔をしておるの」


歩いている男も女も痩せこけ、骨に皮が乗っている様なものだった。


「あれは何も食ってねぇんだなぁ」


鬼丸が悲しそうな顔で言うのをりつは横目で見た。そしてまた人間達の方を見ると、先程の童が歩いているのが見えた。


「さっきの童だぁ」

「木の実を持っておるな」


童は、服の腹の部分に溜め込んだ木の実を、大人達の前に差し出した。すると、大人達の死んだ様な目が一斉にそれに移り、ふらついた足取りで群がって行く。

童はもみくちゃにされながらも、倒れないようにふんばっていた。


「大丈夫だ、まだ沢山あった、またすぐ取りに行くから、分けて食べてくれ!」


童は声を張り上げていたが、大人達は無心に木の実を食べ、奪い合っていた。


そんな光景を、草木の影にいる二人は目を丸くして見るのだった。


「お、飢えた人間とは恐ろしいのぉ…」

「んだなぁ、食いもんがねぇんだなぁ」


そして次に見たのは、木の実を無くした童を叩きつける大人達の姿だった。


「な、何をしておるのじゃ!?」


りつが驚いて声を上げると同時に、鬼丸は立ち上がった。


「鬼丸!?」


鬼丸が立ち上がると、沢山の草が擦れる音がして、木にぶつかり木が揺れた。


人間達はそれに気づかなかったが、鬼丸が声を上げると流石に殴る手と蹴る足を止めるのだった。


「何しとるんかぁ!」


鬼丸の姿を見ると、大人達は声も上げずに顔を歪め怯えて一目散に散らばって行った。

童は倒れ込み、ぐったりして動かない。


鬼丸は童の元に駆け寄り抱え上げ、りつの元にやってくる。


「りつ、何とかならんかぁ?」

「打撲じゃなぁ、我の見立てでは死にはしないが、しばらく安静が必要じゃ」


童が薄ら目を開けて、りつを見ていた。


「童、気はあるか?」

「木の実を取りに…木の実があったんだ、沢山…取って…」


「喋るなぁ、傷に響くぞぉ」

「木の実…を…」


「木の実から俺が目いっぱい取ってきてやるから黙っとけぇ」

「木の実…」


そうして童は目を閉じた。


「鬼丸、木の実を取ってくる間に、我がこの童を治しておこう」

「そんなんが出来るんかぁ?」


「そこに良いものがあったのじゃ、任せておけ」

「りつはやっぱりすげぇなぁ」

「まぁの!天人じゃからな!」

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