第53話 もう一人の

鬼丸とりつは、子供天狗の落とし物を探してうろついていた。りつは歩かずに鬼丸の肩に乗っている。すっかり味をしめてしまった様だ。


「鬼丸、今度はあちらじゃ」

「わかったぁ」


りつに言われた通りに向きを変えて進む。


「この辺りから何か感じるのじゃがな」


りつは肩の上から辺りを見回し、一本の木の前で反応した。


「鬼丸、この木をちょっと揺らして見るのじゃ」


りつが指さした木を、鬼丸は言われるまま両手で抱え込む様にして揺らして見た。すると、驚いた事に枝を折りながら何かが落ちて来た。


「な、何だぁ?」


鬼丸はりつが落ちない様にしゃがむと、落ちて来たそれを確認した。それは、丸い物体で、布が巻かれている。鬼丸の太く長い人差し指でそれを少し押して見ると、それは声を出して形を変えた。


「ひぃ!」


それは、人間の童だった。

鬼丸とりつはそれを無表情で見る。


「何だ、人間か」

「かわいいなぁ、名前は何て言うんだぁ?」


りつは興味なさそうにことばを吐き捨てたが、鬼丸はさも大事なものを見つけたかの様に言った。


「く、くく食わんでくれ!」


人間の童は再び丸まって訴えた。


「安心しろぉ、喰うもんかぁ」


鬼丸はしゃがんだまま、彼なりに優しく言った。その肩には興味なさそうに人間の子供を見つめるりつが居る。鬼丸はそのまま様子を見ていると、しばらく経っても喰われない事に気づいたのか、人間の童が丸まった体から顔を覗かせた。


「…!」


鬼丸と目が合い、咄嗟にまた丸まってしまった。

鬼丸は懲りずに待つ。


「…」


それに痺れを切らしたのがりつだった。

鬼丸の肩から飛び降りると、人間の童の前で仁王立ちする。


「人間、何を丸まっておる?顔を上げ、こちらを向くのじゃ」


その言葉は不思議な強制力を持って人間の童を動かした。

人間の童はゆっくりと顔を上げ、怯えた目で二人を見る。


「喰わんでくれえ…」

「喰わぬと言っておろうが、このたわけめ!」


「りつ、あんまり怒ってやるなぁ、怯えとるんだぁ」


りつは鬼丸を少しだけ見た後、また口を開いた。


「我らは探し物をしておる、これくらいの巻物じゃ。見かけんかったか?」


ほんの少しだけ先程より優しく言って、鬼丸の真似をしてしゃがみ込んだ。


「巻物…?」


人間の童は困った様に首を傾げた。その後何も言わない童に、りつは再び機嫌悪そうに話しかけるのだった。


「知らぬのなら知らぬで良い」


無表情でもの申すりつの顔は、得体の知れない迫力を放ち、もちろん人間の童は声を出せずに怯えていた。


「やめろぉ、りつ。怯えてんだぁ」

「鬼丸は人間に甘すぎるぞ!」


りつは頬を膨らませて後ろを向いた。

すると、人間の童がやっと口を開く。


「巻物ってどんなのだ?…」


りつは少しだけ振り向いて、視線だけを童に送ろうとしたが、鬼丸と目が合いそのままそっぽを向いた。


「こんくらいの、紙を丸めたやつだぁ」

「…紙を丸めた…赤いやつか?」


人間の童は思いがけない事を口にした。


「何か知ってんのかぁ?」

「…集落で見た、落ちてたやつだって大人達が騒いでた…」


鬼丸はそのままりつの方を向いて、話しかける。


「りつ、巻物は赤いんかぁ?」

「知らぬわ、そんな事」


無言の時間がしばらく訪れ、人間の童は体勢を変え正座した辺りで鬼丸が口を開いた。


「いぶきじゃないと分からんなぁ」


人間の童は正座をして鬼丸の方を見ている。


「ありがとうなぁ」


鬼丸は人間の童の目を見てはっきりと言った。


「行くぞぉ、りつ」

「行くとは、どこにじゃ?この童の集落か?」


童の顔はみるみる不安げな表情に変わって行った。


「まさかぁ、いぶきを…」

「ま、待ってくれ!皆がいる所には行かんでくれ!」


人間の童は勢いよく立ち上がって叫んだ。


「…お、鬼が来たとなれば皆もう我慢できん!」


「我慢?」


りつは訝しげに勢い答えた。


「皆、毎日必死に生きてる!死んじまった田畑を何とかしようとしてる!皆を絶望させる様な事はせんでくれ!」


人間の童の叫びに、鬼丸は怖がらせないようにゆっくり近づいた。


「大丈夫だぁ、行ったりせん」

「ほ、本当か!…」

「本当だぁ」


そうして童の頭上に優しく手を置いて、撫でた。

人間の童は黙ってされるがままだったが、そこに恐怖は無い様だった。


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