CASE4 とある旅人の場合

「ここにいたのか。探したよ」


空き教室を出て廊下を進むと、イスカがアルドを呼び止めた。

先程まで一緒にいたのに、久しぶりに会ったような錯覚が起きる。


「イスカか。どうかしたのか?」


「これを君へ渡そうと思ってね」


「これは……?」


「サキがジェイドへ 日頃の感謝を伝えていたのを見て

 私も君へ気持ちを伝えたくなったんだ」


そうイスカが言った途端――周囲から悲鳴が上がる。

その場所は偶然にも

クロードを想う乙女生徒が暴走した渡り廊下のど真ん中だった。


「わざわざ ありがとう。

 せっかくだから もらっておくよ」


小さな箱がアルドに手渡されようとした。

透き通ったピンク色の包装紙の上部には、赤いリボンが結ばれている。


――ざわざわ。


「(何だろう……視線が……)」


1人の女子生徒がおそるおそるイスカに質問をした。


「あの……イスカ様」


「何かな?」


「その……その箱はつまり……そういうものととらえてよいのでしょうか?」


「そういうもの……。そうだね 甘いものだよ」


1人の男子生徒は驚きのあまり体が震えている。


「……!? なんてことだ!

 イスカ様が……!?」


隣にいた男子生徒は涙を浮かべた。


「われわれのイスカ様が……誰かのものになってしまうなんて」


「いや! 待ってくれ! 俺は見たぞ……!

 さっき あの空き教室で アイツはヒスメナ様と一緒にいた!」


「え……!?」


「なんですって!?」


騒ぎは徐々に大きくなる。


「それって 2股ってことー!?」


「ちょっとあなた! イスカ様とヒスメナ様 どっちが本命なのよ!?」


「な 何なんだ……!?」


生徒たちに詰め寄られ、アルドは身動きが取れなくなった。


「どっちを選ぶのよ!」


「いや どっちと言われても……」


「なんてこと!? どっちつかずの態度だなんて!

 乙女の純情をもてあそぶ男は サイテーよ!」


「オレはそんな……。イスカからも 何か言ってくれないか?」


助けを求めるものの、当の本人はのんびりと構えていた。


「ふふ 大変なことになってしまったね」


「そんな イスカ……」


「見つけましたわ~~~!」


少年の運はどこかに行ってしまったのか

例の乙女生徒が騒ぎを聞きつけてやってきた。


「わたくしの想いを成就させるには アルドさんが必要なんですのよ!」


「まさかの3股!?」


「また ややこしい言い方を……!」


「アルド さっきのお礼なんだけど

 チョコレートでいいかしら……?

 って どうしたのよこの騒ぎは……!?」


示し合わせたかのように登場したのはヒスメナだった。

これで役者はそろったことになる。

生徒たちが口をそろえて問い詰めるのは――。


「「……あなたは」」


「「いったい」」


「「誰を」」


「「選ぶの!?」」


「…………オレは………………」


「ピピ―ッ!!」


緊張の一瞬を破ったのは――スクールの警備を行うアンドロイドだった。

サイレンを鳴らしながら近づいてくる。


「興奮状態ノ学生ヲ 検知シマシタ。

 原因ハ 中央ニイル学生ト判断。学生名アルド。直チニ制圧シマス」


アンドロイドの合図で、警備用ドローン3機が現れた。

学生たちが驚く中で、素早く動いたのはアルド――そしてイスカとヒスメナだった。


「まずいぞ!? とりあえずあれを何とかしよう……!」


アルドは手前を。イスカは右を。そしてヒスメナは左を狙う。

冒険者たちにとって、警備用ドローンの動きを停止させることは造作もない。


「これはどういうことなの2人とも」


ヒスメナは武器をしまい、呆れた様子で問う。


「いやそれが オレにもよくわからなくて……」


「ちょっと意地悪しすぎてしまったかな……?

 わたしから説明するよ」


イスカは他の学生にも聞こえるようにこう言った。


「わたしの大事な『友人』に贈り物をしたら 恋慕ととらえられてしまってね。

 わたしは大事な仲間に 感謝したいだけだったんだ。

 それに 『友人同士』が一緒にいたって やましいことはない。

 そうだろ ヒスメナ?」


「? ええ そうね?」


「………………」


沈黙が広がっていく。


「…………」


「………」


「……なーんだ」


沈黙は理解へ――。


「彼の片思いか」


「もう 心配して損しちゃった」


「ねー。イスカ様とヒスメナ様の 泥沼愛情劇かと思っちゃった!」


「それはないわー。

 おふたりには 超大物イケメン俳優か どこかの王族貴族の末裔か

 ずうっと一緒に過ごしてきた幼馴染って 相場が決まってるもの!」


「あはは だったらあの学生はないかー」


「かわいそう~」


理解はやがて同情に変わる――。


「あ いけない! 次の授業始まっちゃう」


「行こ行こ」


波が引くように、人だかりが消えていく。


「……俺も君と同じさ。ともに一方通行の恋路を 進もうじゃないか」


男子生徒はアルドの肩へ手を置いて立ち去った――。

残ったのは男子生徒1人と白制服2人と女子生徒1人。


「……何だか オレだけ誤解をされたままじゃないか……?」


「すまないアルド。悪気は……ないとは言えないが」


「あったんだな……」


「感謝の気持ちというのは 偽りないよ。

 いつもありがとう。これはほんのお礼だ」


改めて、小さな箱がアルドへ手渡される。


「ありがとう。オレの方こそ イスカの力にいつも頼ってるさ」


「私からも これを」


ヒスメナもアルドへ贈り物を渡した。

箱には、彼女のトレードマークである青い薔薇が施されている。


「アルドの仲間でよかったわ。

 もちろん さっきのことも含めてね」


「さっき……?」


「いろいろあったのよ」


「……あの……!」


イスカとヒスメナの傍でうずうずしていた女子生徒が耐えきれずに口をはさんだ。


「おや 君は……? 確か名家のご令嬢だったね」


「イ イスカさまに覚えていただけたなんて 光栄で……。

 はっ!? 今は別の用事でしたわ……!」


かれこれ半日探していた男子生徒に向き直る。


「アルドさん! もう逃げられませんわよ!

 わたしくの最高のこ こ こ 告白を……!

 い 言えましたわ……。そう 告白を叶えるために

 食材を探してくださいましっ!!」


「…………こうなったら」


アルドは勢いよく走り出した。


「ちょっと お待ちなさい!!」


目指すは彼女のいない時空――現代である。


「……大変そうだね」


「彼はほら 『お人好し代表さん』ですもの」


開発者からの言葉を借り、白制服を着た女子生徒たちは笑った。



 ――緑の村 バルオキー――


「ふう……。さすがにここまでは追ってこないだろう……」


村長の家の前で、膝に手をついた。


「さっきはゆっくりできなかったから 今日はたっぷり寝るぞ。

 ただいまー……」


扉を開けたときだった――。

どこかで、いや今日1日嗅ぎ続けた香りが漂う。


「お兄ちゃん! おかえりなさーい!

 ふふ 今日2回目だね!

 ちょうどよかった。あのね エイミさんとリィカさんから

 未来で流行っているお菓子をもらったんだ~♪」


アルドは本日何度目かの嫌な予感を受け入れた。


「はい♪ ちょこれーと っていう食べ物なんだって。

 甘くておいしいから お兄ちゃんも食べてね♪」


「……」


「お兄ちゃん……?」


「……」


アルドは大きく息を吸った。


「もうチョコレートは こりごりだッ!!」

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ビターチョコレートはいかが? 雪水だいふく @yukimi-daifuku

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