CASE3 とあるプレイヤーの場合

作戦室が騒がしいわね。何か事件でもあったのかしら?

私の出番ならば、喜んで先陣を切るわ。


――ピコン。


あら……この情報は……?


「……っ!? あの幻のイベントが 復刻開催ですって……!?

 いけない。思わず声に……」


急いで準備しなくちゃ……!

……いえ、ダメだわ。私はもうあの場所から背を向けた身……。

今さら戻りたいだなんておこがましいわね。でも……。


「…………」


ひとまず、この件は置いておきましょう。

今の私が持っているステータスはIDEA。

そう、IDEAの一番槍――ヒスメナよ。



 ――IDEA作戦室――


一般生徒にはただの廊下と壁にしか見えない場所が

IDEAという組織の作戦室への入口になっている。

周りを確認すると、慣れた様子で彼女は入室した。


「騒がしいけれど 事件かしら?」


「やあ ヒスメナ。

 事件と言えば事件だったけれど 無事解決したよ」


「そう……?」


訪れた女子生徒は先客だった男子生徒とすれ違う。


「部外者の俺は消える。迷惑をかけたな」


「気にしないでくれ。またな ジェイド」


作戦室中央モニター前には

会長のイスカをはじめ、クロード、サキ、そしてヒスメナの姿が並んだ。

壮観な白制服に、浮いている少年が1人――。


「じゃあ オレもそろそろ帰るよ」


IDEAメンバーではないアルドがそう言ったときだった。


「事件じゃないなら 私も失礼するわ」


「来たばかりなのに もう行くのかい?」


「ええ。気になって寄っただけだから」


「あとでスカイテラスに来てくれる?

 ここでは言いにくいことなの」


通りすがりに、アルドにだけ聞こえるよう耳打ちをする。

ヒスメナに続き、アルドも作戦室を出た。廊下に彼女の姿は見当たらない。


「ヒスメナの言いにくいことって何だ……?

 ……考えてもわからないか。とりあえず スカイテラスに行こう」



 ――スカイテラス――


スクール屋上へ吹き上げる風に白制服の裾がはためく。


「待ってたわ アルド。

 折り入って 相談したいことがあるの」


「何でも言ってくれ。

 でも……オレだけでいいのか?

 イスカやクロードだって 力になってくれると思うぞ?」


「いいえ……彼らは私の本当の姿を知らないから……」


「……ん? 本当の姿……あ!」


仰々しく言ってはいるが、アルドには思い当たることがあった。

彼女と仲間になったばかりの頃に、教えてもらった秘密――。


「もしかして……ゲームのことか?」


「しーっ!! 誰かに聞かれるかもしれないでしょ!?」


ヒスメナ――プレイヤー名からついた通り名は『青薔薇の騎士』

彼女は慌てて周囲に人がいないことを確認した。


「わ 悪い……。

 それで オレは何を手伝えばいいんだ?」


「実はね……。

 私が昔やっていたオンライン・ゲームで 幻と語り継がれているイベントが

 ロード・オブ・マナで 復刻開催するという情報を得たの」


「へえ そうなのか」


「イベントをプレイするには

 一緒にパーティーを組んでくれる人が 必要なんだけど……」


「もちろん。オレでよければ構わないよ」

 

「ありがとう アルド」


「……あれ? ロード・オブ・マナで開催されるイベントなら

 他の学生やIDEAメンバーにも 手伝ってもらった方がいいんじゃないか?

 ヒスメナがロード・オブ・マナをやっているのは みんな知ってるわけだし」


「まさにそれが 今回のイベントのシークレット要素に関わることよ」


どこか誇らしげに、むしろその質問を待ってましたとばかりに、彼女は説明をする。


「プレイ環境はロード・オブ・マナでも

 アバターは オンライン・ゲームのデータをトレースするのよ」


「ちょ ちょっと待ってくれ……あばたー……?」


「つまり 現代のアルドが着ていた服を

 そのまま 未来でも着るということよ」


ヒスメナが現代の恰好でスクールを歩いている姿を想像した。

現代の服を着て未来を冒険すると

ある人からは怪訝な顔を、ある人からは尊敬のまなざしを受けたことを思い出す。

そして聞きなれない『コスプレ』という言葉には、

あまり褒めていない意味が込められていることも思い出した。


「なるほど……。

 確かにオレも 学生服を着ている方が あんまりじろじろ見られなくなったよ。

 今のヒスメナしか知らない人からしたら 驚くよな」


「驚いてくれるだけなら まだましだけれど……。

 簡単に言ってしまうとそうね」


「だから一緒にゲームをできる人が 限られるわけだな」


「ええ。……これは私にとって 恥ずかしい過去の清算よ。

 白制服に身を包む今 あの場所へ戻る気はないけれど

 あのときやり残したことは ずっと心に引っかかっていたの。

 ……私が唯一コンプリートできなかったイベントだから。

 これをクリアして 青薔薇の騎士という名を 墓標に刻むわ」


「オレも付き合うよ。ゲームなら 少し慣れてきたからさ」


「ふふ ありがとうアルド。私に付いてこれるかしら?」


「お手柔らかに頼むよ……。

 ゲームをするなら 学生寮にあるオレの部屋からログインすればいいのか?」


「私の情報だと まだイベントは開催されていないわ。

 特殊な参加資格が必要なのか……。

 あるいは 開発側で何かあったのかもしれないわね」


「開発者といえばフカヒレちゃんだな。

 学生寮に行って 聞いてみよう」



 ――レゾナポート 学生寮・4F――


エレベーターを下りて左に2部屋――アルドはチャイムを押した。


「はいはい どなたですかいな。

 お! ヒスメナっちやないの! アルドっちもおそろいで」


陽気な挨拶を交わすこの人物こそ

仮想現実空間 新体感型ゲーム ロード・オブ・マナ開発者

――フカヒレちゃんである。


「なんや? とうとう2人はそういう関係になったんか?」


「ちょっ…!? 違うわよ!」


「あはは 冗談や。うちに用があるんやろ?」


軽いジャブのような会話を流し、さっそく本題に入る。


「単刀直入に言うわ。

 あなたは私の数少ない理解者。いいえ戦場を共にする同士だもの。

 だからこそ 突き止めさせてもらう……」


「改まってどないしたん……?」


「あなたが裏で糸を引いていることは 調べがついているの。

 かの有名な 世界を救う話よ」


「ぎくっ……。あはは。ヒスメナっちの言うこと うちさっぱりやわ~」


「しらばっくれても無駄よ。証拠はつかんでいるわ」


「(あれ ゲームの話をしに来たんだよな……?)」


隣でやり取りを見守っていた少年の疑問はさておき――。


「ロード・オブ・マナは 超大型コラボを企画している」


ヒスメナは核心を突いた。


「それも……剣と魔法と空の異世界ファンタジー

 ソートマジックスカイ・シンフォニア・オンラインとの超大型コラボ!」


「ぎくぎくっ!?」


「これでもまだ 言い逃れするつもり?」


「…………降参や」


参りましたと、フカヒレちゃんは両手を挙げた。


「極秘プロジェクトも筒抜けなんて どんな情報網持っとるん……。

 さすが ヒスメナっち。いや ‡ブルーローズ……」


「その名前は言わないで!

 ……って どうしてあなたが知っているの……!?」


「あ ついうっかりさんや。

 ヒスメナっちがちょいちょい言う台詞あるやんか。

 『青薔薇の騎士』呼ばれてたプレイヤーと同じやから 薄々気づいとったで」


「……」


自分がそんなにも台本のような口調で話していたなんて……。

自覚がないのもまた怖いことだった。

このままでは黒い歴史が繰り返されてしまうと、ヒスメナは気を引き締めた。


「ただな……せっかくうちに会いに来てもろたとこ悪いんやけど

 コラボ企画は おじゃんになりそうやねん」


「え……!?」


「何かあったのか?」


「ほら ロード・オブ・マナはβ版やんか。

 コラボできるっちゅー サーバー負荷テストがクリアできてへんねん。

 先方はんも 企画はおもろい言うてくれてんねんけど

 そもそも プレイ中に落ちたらシャレにならんからな……」


「だからまだイベントが開催されていなかったのね。

 それなら サーバーが耐えられることを 証明すればいいのでしょう?」


「そうや」


「具体的には どういった負荷が考えれるのかしら?」


「プレイヤー数はIDAの学生数でクリアできてんけどな

 問題はコマンドやねん。

 玄人たちが 連続で高速コマンドを入れたときの挙動を確認しようにも

 どうもぴったりなテストプレイヤーが……」


フカヒレちゃんはそこで言葉を切り、ヒスメナとアルドを交互に見つめた。

彼女の目がみるみる見張られていく。


「…………ここにおったやんかー!!

 しかも テストプレイヤーにはうってつけの

 ‡ブルーローズ・ホーリーナイト‡ さんやないかいな!

 それに 人の頼みをほいさっさと聞いてくれる お人好し代表さんまで!

 うちとしたことが こんな簡単なことに気づかなかったなんて

 めっちゃアホみたいやわ!」


ヒスメナが止める暇もなく、彼女のプレイヤー名を暴露した。

流れるように、アルドのことも命名している。


「「……」」


「ヒスメナっち もちろん協力してくれるんやろ?」


「……クリア報酬は?」


フカヒレちゃんはヒスメナとの距離を詰めた。


「これで手を打ったる。出血大サービスや」


両手を耳に当てる仕草をすると、ヒスメナは笑みを浮かべた。


「いいわ。それで手を打ちましょう」


ほとんど意味を理解できず蚊帳の外にいた少年が声を上げた。


「えっと 何とかなりそうってことでいいんだよな?」


「ヒスメナっちがいたら百人力や!

 アルドっちも ヒスメナっちの10……

 いや100分の1くらいは頼んだで!」


「……が 頑張ってみるよ」


ヒスメナちゃんが端末を操作すると、ピピッと電子音が鳴った。


「2人のプレイヤーデータをテストモードにして 情報を送ったさかい。

 ロード・オブ・マナで 指定された敵を倒してきてな!」


「へえ 攻略が楽しみね。

 じゃあアルド ゲーム内の城下町で待ち合わせましょう」


「わかった。部屋からログインしてくるよ」



 ――学生寮 アルドの部屋――


フカヒレちゃんの部屋を出て、2つ階を下りた。

ベッドに横になる――次に目を開けたとき、そこはゲームの世界である。



 ――ロード・オブ・マナ 城下町――


ヒスメナはすでに待ち合わせ場所にいた。

2人はフカヒレちゃんからもらった情報を確認する。


『砂漠 コカトリス3体

 幽谷 フレイムビースト3体

 ?? ワイバーン3体

 固定観念にとらわれるな』


メッセージも同封されていた。


『新しいスキルも 特別に解放できるようにしておいたで!

 これを使って コマンドテストよろしゅう!

 せや。テストプレイはヒスメナっちと2人だけで頼むで。

 アイテムと経験値も獲得できひんから注意しとき。

 他のプレイヤーからしたらチートやから 堪忍な。

 もし普通に遊びたくなったら うちに声かけてくれれば元に戻したる。

 ほな がんばってな~』


「》この ? が気になるところだけど……

  まずは順当に 砂漠から行きましょう」



 ――ロード・オブ・マナ 砂漠――


鳥型の敵が砂漠を模したマップを徘徊していた。

赤い羽毛と黄色のくちばしが特徴的な――コカトリスである。


「》楽勝ね。行くわよ」


2人は真っ直ぐ敵に向かって体をぶつけた。

エンカウント演出が走り――戦闘開始。

フカヒレちゃんからもらったスキルは、ヒスメナとアルドの連携技だった。

スキルコマンド上部には、連続使用によって威力が上がるとの説明文が載っている。


「》はぁッ!」


ヒスメナの初撃はあまり敵の体力を減らせなかったが

アルド、ヒスメナの順で連続攻撃をすると、与えるダメージが跳ね上がった。


「》オーバーキル しちゃったかしら?」


彼女は青薔薇の騎士のその名に相応しく戦場を舞った。

もちろん、かすり傷1つ負っていない。


「》今度は 幽谷か。次もこの調子で行こう!」



 ――ロード・オブ・マナ 幽谷――


炎のマップ奥――フレイムビーストがアルドたちを待ち構えていた。

難なく撃退したものの、戦闘終了後にヒスメナが疑問を口にした。


「》何だか 様子が変じゃなかった?

  うまく言えないんだけど……攻撃を当てても感触がないというか……。

  そう……まるでホログラムみたいな……」


「》ゲームだから そういうものじゃないのか?」


「》彼女がそんなぬるい開発をするはずがないわ。

  それに 普通にプレイしているときは 手ごたえがあったでしょう?」


「》言われてみれば確かに……。

  最後のワイバーンまで倒せば 何かわかるかもしれないな」


「》ワイバーン……それもおかしいわ。

  ? で隠しているけれど

  ワイバーンは廃村にいることなんてわかりきっているもの」


彼女は考えるそぶりを見せたが、すぐに首を振った。


「》……イスカじゃなんだから 考えてもわからないわね。

  私は先へ先へ進むだけ。廃村に向いましょう」



 ――ロード・オブ・マナ 廃村――


最後に指定された敵は、廃村マップを浮遊していた。

遠目からでは不審な点はない。しかし、それは戦闘開始後すぐに起きた。


「》攻撃が効かない……!?」


「》ヒスメナ このままじゃやられるぞ!

  一度体制を整えよう!」



 ――ロード・オブ・マナ 城下町――


2人は城下町へワープし、今起きたことを整理した。


「》攻撃が利かないってことはバグか……?」


「》……フカヒレちゃんからもらったメッセージを もう一度読みましょう」


『固定観念にとらわれるな』


「》つまり ワイバーンは廃村にいるに違いないという固定観念……」


「》廃村以外では見たことないよな。

  これがゲームじゃなかったら 探し方もまた違ってくるけど……」


「》それだわ!」


「》え……!?」


「》それよアルド! これがゲームじゃなかったら。

  ワイバーンはゲーム内にいるということそのものが 固定観念なんだわ!」


「》ど どういうことだ……?」


「》私がやっていたオンライン・ゲームのイベントもそうだったの。

  いくらゲームの中で探しても

  最後に指定されたモンスターが見つからなかった。

  見つけるためには 現実世界の位置情報を使わないといけなかったのよ」


「》じゃあ今回も……?」


「》ええ コラボ企画だもの。

  フカヒレちゃんがその情報を知らなかった なんてことがあるはずはないわ。

  さっきのホログラムみたいな手ごたえも ヒントになっていたのね。

  復刻……なるほど。面白いじゃない」


ヒスメナの目が爛々と輝く。


「》本物のワイバーンがいる場所は 現実世界よ。

  おそらくは 人があまり来ない場所に ホログラムのワイバーンがいるはず」


「》すごいなヒスメナ! まるでイスカみたいだ」


「》彼女ほどじゃないわよ。ログアウトして スクール内を探してみましょう」



 ――IDAスクールH棟・3階――


「……残る空き教室はここだけよ」


1階から2階の教室を見て回り、ようやく絞り込んだ場所は

スクールH棟・3階の西にある大教室だった。

アルドが扉に手をかける――。


「ギャーッ!!」


2人を認識したかのように、教室前方の空間に敵が映し出された。


「ビンゴね」


「どうやって倒す……え!? ヒスメナ!?」


「私の槍は 決意の証。

 何人たりとも 散らせはしない。

 あなたの運命を ここで絶つ。

 華麗に 舞い踊ってみせましょう」


決め台詞に合わせ、一撃を繰り出した。

青い髪がなびく。まるで華のように。


「ギャーー!?」


ホログラムが消えゆく中で、背中越しにこう伝えた。


「私の槍を妨げる者が 誰であろうと負けはしない。

 …………はっ!?」


我に返った騎士――ではなく女子生徒が恥ずかしそうにうつむく。


「お疲れさま……?」


アルドが心への労いの言葉をかけたとき、ヒスメナの端末が鳴った。


「よーやってくれた! ヒスメナっちなら気づいてくれると思っとったで!

 最後のワイバーンは時間がなくて

 ホログラムが数分映し出されたら 討伐扱いやねんけど

 本チャンはもっと リアリティを追及するからな~」


どうやって倒す――の答えはフカヒレちゃんが明かしてくれた。

ヒスメナの動きと台詞は不要だったと気がついてしまったが

アルドは触れないことにした。


「これでテストプレイはおしまいや!

 2人のおかげでサーバー負荷も問題なさそうやし

 あとは本番に向けて最終調整のみやな!

 あ そうそう。例のもんはヒスメナっちの家に送っといたで。

 フカヒレちゃん厳選 高性能ゲーミングヘッドセットや!

 それつこうて もっともっとゲームを楽しんでな!

 ほんなら おつかれさんやで~」


――ピッ。


「これなら 実装される日も近そうだな。

 よかったな ヒスメナ!」


「ええ。正直 待ち遠しいわ」


すると、再びヒスメナの端末が着信を知らせた。


「この番号は……」


「ヒナちゃーーん! チョコレートはどうしたのかなあ?」


通話開始後、第一声が部屋中に大きく響いた。


「お父さんにくれるって言ってくれたよねえ??

 すぅっごく待ってるからねえ??」


「……お父様 その呼び方はもうやめてくださいと

 何度も言っているでしょう……!」


「ヒナちゃんが チョコレートくれなきゃやめないもーん!」


「……一度自宅へ戻ります」


「わーい! ヒナちゃ……」


「失礼します」


――ピッ。


「アルド お礼は必ずするから。

 私は野暮用を済ませてくるわ」


「……ヒスメナも大変だな」


彼女が教室を後にすると、少年はふうっと一息ついた。

――1日はもうすぐ終わりを迎える。

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