第5話 来世
「みなさん! 待たせちゃいましたか!?」
廃道ルート99で待つアルドたちを見つけ、道の向こうからティムが駆けてくる。しかし、その場は張り詰めた空気に包まれていた。
「……いや。オレたちもいま来たところだよ」
「よかった! ……それで、見つかったんですか、僕たちの研究資料!」
ティムは期待に目を輝かせる。
「ええ……。ライセは確かに遺していたわ。この世に生きた証をね……」
「やっぱり存在したんですね……! よかったじゃないですか! ライセさん!」
「………………」
ライセは無言のまま応えないが、ティムはそのまま話し続ける。
「安心してください! あなたの遺志を継ぎ、僕がこの手で研究を完成させて見せますから!」
「いいえ。あなたにこのデータは渡せない」
マーラはそう告げると、彼を鋭く睨みつけた。
「え……? どうしてですか……?」
アルドも彼を責めるように呟く。
「いいかげん、よせよ。そうやってとぼけるのは……」
「いったい何のことです? 僕はそんな……」
ティムがうろたえていると、目の前に立体映像が映し出される。
「…………!!」
そこにはティム本人と、生前のライセの姿が記録されていた。
『……お待たせー! 相談があるっていってたけど、何かあったの?』
『はい……。あの、僕たちの研究についてなんですけど……最近、上の方から提案があったんです。この段階なら十分……軍事転用も視野に入るんじゃないかって……』
ティムは機嫌をうかがうようにライセの顔をのぞき見るが、そんな選択肢について議論する気など彼女には毛頭なかった。
『……うん。そうだね。使えるとは思う。……でもしないよ』
『…………!! し、しかし……!!』
『ティムも納得してくれたでしょ? あたしたちの開発した技術をKMSが使用することを許可する。ただし、平和利用に限る……って、最初にしっかり契約したよね?』
ライセは粘り強い交渉の末に、KMS社にその条件を受け入れさせたのだった。
『ですが、今からでも変更は可能です! そうすれば、ずっと削られ続けている研究費も、大幅な増額が見込めます。ですから……!』
『駄目だよ。あたしの技術で人を傷つけるための道具をつくるなんて、絶対に許さない』
彼女はティムを真っ直ぐに見据えてそう告げる。その瞳には確かな信念が宿っていた。ティムは提案を頑なに拒むライセへ苛立ちをみせる。
『……別に人の血は流れませんよ。これは人類の敵を……合成人間たちを滅ぼし、平和をもたらすために利用されるんですから!』
『誰かの痛みの上に成り立つ世界を……あたしは平和だなんて思えないよ』
ライセもまたヘレナのように、人間と合成人間のどちらも犠牲にすることのない共生の実現を目指していたのだ。
『ライセさん……!』
『残念だな……。ティムがそんなこと言うの、聞きたくなかった……』
『………………。……わかりました。この件については、もう諦めます』
毅然とした態度で理想を語る彼女の姿に、ティムは自分の提案が理解されることは無いと悟ったようだった。
『ですが、これ以上予算が減るとなると、研究自体の継続も困難です。上はカネにならないことには厳しいですからね……』
『そうだね……』
『……また明日、気分を変えてエアポートで会えませんか? 対策を練りたいので……』
『うん。いいよ……』
映像はここで終わった。青ざめた表情でそれを見ていたティムに、ふたりの同僚が視線を移す。
「この翌日、きみの待つエアポートに向かったあたしは、ビットの爆発に巻き込まれて命を落とした……」
「そしてライセがいなくなれば、あの技術は共同研究者であるあなたの自由になる……」
「な、なんてことを……! そんなの偶然に決まってるじゃないですか!」
口では否定するものの、ティムの動揺は明らかだった。そんな彼に向けてアルドたちの背後から声が響く。
「……あなたがそう言い張るだろうと思ってね、こちらで少し調べさせてもらったわ」
アルドたちが振り向くと、そこにはエルジオンの平和を守る正義の味方の姿があった。
「EGPDのレンリよ。……ティムさん、例の事件についてお話を伺えないかしら?」
真実の解明のため、事件捜査のプロに協力を仰ぐべきだと判断したアルドたちは、ここに来る前にレンリと連絡を取っていたのだ。輝く金髪を風になびかせながら、彼女は一歩ずつ容疑者との距離を詰めていく。
「ぼ、僕はなにも知りません!」
「それはおかしいわね……。あなた、爆発の瞬間をその目で見ていたはずなのに」
「…………!?」
狼狽するティム。レンリは冷静に事実を突きつける。
「あの日、現場付近で撮影された映像に、カーゴシップに突進していくビットを目で追うあなたが写っていたの。おまけに非正規のルートで爆発物を購入したという記録も残っているわ。当時の捜査資料にもあったんだけど、何かの圧力がかかったのかしら、全ては合成人間の仕業ということで片付けられてしまったみたいね」
「くっ……!」
事件の後、ティムはおそらくKMS社の力を借りて事件を隠蔽しようと画策したのだろう。それにもかかわらず研究資料を失ってしまった今の彼には、もう頼りになる後ろ盾は存在しない。
「今、EGPDの優秀な仲間たちが事件の再捜査にあたっているわ。証拠がそろうのも時間の問題よ」
「おい、そろそろ観念した方がいいんじゃないか?」
アルドは事件への関与を認めようとしないティムを睨みつけた。ライセは彼の説得を試みる。
「ティム、もうやめよう。素直に自首した方がいいよ」
隠し通すことはできないと悟ったのか、ティムは声を低くして語りだす。
「………………。……僕はあんなことをするために研究者になったんじゃない。あれだけの時間をかけた仕事が十分な評価も得られずに終わるなんて、あってはならないんです!」
「ティム……」
研究の成功に固執するあまり取り返しのつかない罪を犯してしまった彼に、哀れみのような感情を抱くライセ。ついに開き直った様子のティムは指先で何かを操作しはじめた。
「……仕方がありませんね。みなさんにはここで消えてもらうとしましょう」
「なにっ……!?」
アルドたちが殺気に身構えると、ティムの背後から巨大な機械の群れが姿を現す。
「……ふぅ。現行犯なら手間が省けるわね」
小さく息をついたレンリは戦闘に備えて斧を構える。
「ライセ、マーラ、下がっていてちょうだい。ここは私たちが何とかするわ」
ヘレナは二人に後ろへ下がるよう促すと、剣を抜いたアルドと共に鋼の巨人たちと対峙する。
「いけっ! アガートラム! やつらを粉砕しろ!」
ティムの号令とともに機械の剛腕が振り下ろされた。ヘレナが身を翻してそれをかわすと、重い拳が廃道の路面を叩き割る。
「砕け散るのはあなたの方よ……! くらいなさい!」
漆黒の闇がアガートラムを包み込み、その片腕を抉り取る。バランスを崩して転倒する巨体に、ヘレナはすかさずトドメの一撃を放った。
戦況がアルドたちの優位に見えはじめたとき、道路下に潜伏していたサーチビットが現れる。その銃口はマーラの背中を捉えていた。
「あ……! マーラ、危ない!!」
迫る危険に気づいたライセはビットに体当たりして射線をそらす。
「ライセ……!?」
態勢を立て直したビットが次の一撃を放つよりも早く、レンリの斬撃が機体を両断する。
「まさか後ろを狙ってくるとはね……!」
さらに二体のビットが道の両側に現れ、その狙いをレンリに定めた。
「こっちは私に任せて! アルドとヘレナは容疑者の確保を……!」
「ああ! もちろんだ!」
戦力だけを考えればアルドたちが負けることはまずないだろう。しかし、このままマーラとライセを守りながら戦い続けるのは容易ではない。
「このままではマーラたちが危険ね……。こうなったら……アルド!」
「わかった……! いけるな、オーガベイン!」
アルドは腰に下げた巨大な剣に呼びかけると、その柄を強く握りしめた。
「……ああ……我らの力を見せてやろう……」
次の瞬間、世界の時が止まり、呪われた魔剣が引き抜かれる。
「…………ッ!!」
揺らめく炎のような刀身が虚空を舞い、静止した機械の群れを一刀のもとに切り伏せる——。
再び時が動き出し、理に背く力の残渣が大気を揺らす。ティムが辺りを見回すと、彼の用意した機械の軍団は一体と残らず切り裂かれていた。
「い、いま……いったい何が……!?」
アルドは呆然とするティムに投降を促す。
「……ティム、これでおしまいだ。いいかげん諦めろ」
「…………!! まだです……まだ手があるはず……。またあの時のように……!」
「いいえ。残念だけど、もうKMSも守ってはくれないわ。あなたがすべきことは一つ、自分の犯した罪と向き合うことだけよ」
レンリはそう言うと斧を収め、拘束の準備をはじめる。
「そんな……。認めないぞ……僕はこんなの認めない!!」
無様にわめきだすティム。その様子を見ていたマーラは前に踏み出すと、握りしめた拳で彼の顔面を勢いよく殴る。
「…………!!」
「許さない……! なんで、なんであなたがライセを!!」
彼女の激しい怒りに圧倒されたのか、ティムは言葉を失っていた。マーラは再び腕を振り上げる。
「マーラ、もういいよ……」
ライセは二人の間に入ると、愚かなかつての同僚に視線を向ける。
「……ティムは償い続けなきゃ駄目だよ。これからの人生をかけて……」
「………………」
そのとき、ライセの機体が突然バチバチと放電する。
「……うわっ!!」
「ライセ、どうしたんだ!? 何か様子がおかしいぞ!?」
「あ……。さっき体当たりしたときのダメージが出てきたみたい。そろそろ修理が必要かも……」
ライセはアルドたちと出会った時点で既に危険な状態だった。今までの無理がたたったのだろう。
「ま、まずいんじゃないか!? 早くエルジオンに戻らないと……!」
「それなら、アルド、あなたは二人を家まで送り届けてちょうだい。私はレンリがこの男を連行するのに付き合うわ」
「ああ……わかった。そっちも気をつけろよ」
アルドはヘレナの提案に頷き、マーラとライセを連れて先にエルジオンへと向かう。マーラはティムが拘束される様子を見ていたが、やがて街の方へ歩き出し、二度と振り返ることはなかった。
***
廃道でアルドたちと別れた後、ヘレナとレンリは無事にエルジオンへと到着し、EGPDの捜査員にティムの身柄を引き渡した。
「……貴重な情報の提供と犯人逮捕への協力、感謝するわ。あなたたちには力を借りてばっかりね」
「いえ……お礼を言うのはこちらの方よ。私たち合成人間に濡れ衣を着せた男を捕まえてくれたんだもの」
ヘレナが事件のことに触れると、レンリは申し訳なさそうに頭を下げる。
「……そのことは圧力に屈したEGPDの罪でもあるわ。本当にごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。あなたのせいではないんだから……」
レンリはもちろん当時の事件を担当していたわけではないはずだが、その謝罪は組織の一員としての態度というよりも、正義を貫こうとする彼女の信念から発せられた言葉のように聞こえた。
「今度こそ、必ず世間には真実を伝えるわ。……約束する」
「レンリ……ありがとう」
ヘレナはエルジオンの側に信頼できる仲間がいることの心強さを改めて実感するのだった。
「……それじゃ、私はいろいろと手続きがあるから行ってくるわね」
レンリは微笑むと踵を返し、本来の職務に戻っていく。その直後、彼女を見送るヘレナの背後から入れ違いになるようにアルドがやってきた。
「アルド……! あのふたりは問題なかった?」
「ああ。ライセは今、自分で指示を出しながら修理してもらってる」
ライセの機体はAI部分を除けば一般的なドローンとほぼ変わらないらしい。街の修理屋でも十分に対応できるはずだ。
「マーラの方は事件現場に花を供えに行ったよ。……ライセに報告するらしい」
「そう……」
彼女の人格を継いだドローンが側にいても、やはりあのとき命を落としたライセは戻ってこない。マーラはこれからもその事実と向き合いつづけるのだろう。
「オレたちが力になれるのはここまでだな。あとは本人たち次第ってとこか……」
「………………」
事態の終息に安堵したのか、大きく伸びをするアルド。一方、何か引っかかるものを感じるヘレナは腕を組んで考え込んでいた。
「事件現場……花……。まさか……」
彼女の脳裏に不安がよぎる。
「せっかくエルジオンに来たんだし、帰りにイシャール堂にでもよって……」
「アルド……マーラが買った花は何色だったか覚えてる?」
質問の意図が分からず、アルドは少し戸惑いながら記憶をたどる。
「あ、ああ……確か青……だったはずだけど……」
「…………!! 大変よ! まだ大きな問題が残っているかもしれない!」
ヘレナは血相を変えてどこかへ飛び立つ態勢に移った。
「い、いきなりどうしたんだ!? 花の色がなんで……」
「今すぐエアポートに向かうわよ! 説明は走りながら聞いて!」
勢いよく飛翔するヘレナ。アルドは彼女を必死に追いかける。
「未来に戻ったライセが記憶を取り戻したとき、見覚えのないデータがあって、みんなでその映像を見たでしょ?」
マーラやティムと初めて会ったとき五人で見た映像。ビットがカーゴシップに衝突して大爆発を起こす、あの映像だ。
「ああ。例の事件が起きた時のだろ?」
「ライセはそう言っていたけれど、あれには一つおかしな点があるの」
「おかしな点……?」
「私の記憶では、例の事件でカーゴシップにビットが衝突したのは到着の直前……。でもあの映像のカーゴシップは出発するところだったように見えた」
ヘレナは映像を何度も振り返ったが、確かに映っていたのはカーゴシップが動き出す瞬間だった。この大きな矛盾が意味するところはひとつ——。
「……つまり、あれに映っていたのはライセの事件とは別の何かってことか!」
「ええ。そして例の映像の端に、花が映っていたのよ……青い色の花が……!」
「…………!! それじゃ、まさか……!?」
ようやく事態を理解した様子のアルドに、ヘレナはそこから導き出される結論を告げる。
「あの爆発は、今日、これから起きる可能性が高いわ!」
***
エルジオンのエアポート。山と積まれたコンテナの側を作業員らしき青年がうろついていた。
「あ、あれ……? どこにいっちゃったんだ?」
そこへ現場を監督する中年男性が部下の様子を見に駆けつける。
「おーい! 進みが遅いぞ! どうなってるんだ!?」
「先輩……。それが、ビットが一台どこかにいってしまって……」
それを聞いた上司は激怒し、声を張り上げて彼を叱責する。
「バカヤロウ! なにやってんだ! 俺たちは危険物を運んでるんだぞ!」
「す、すみません……! 今すぐ探します!」
震えあがる青年は慌ててビットの捜索を再開するのだった。
***
ちょうどその頃、作業の現場から遠く離れた一角に、青い花を手向けるマーラの姿があった。
「………………。ライセ……」
ここで早すぎる死を迎えた大切な友へ、彼女は静かに祈りをささげる。ライセの遺体はおそらく、生命の故郷であるあの大地に眠っているのだろう。覗き込めばこちらに手を伸ばしているような気がしてくる。彼女があのドローンを遺していかなければ、いつか自分も空の底へ吸い込まれていたのかもしれない——。
マーラは立ち上がるとカーゴシップへと歩き出す。遥か遠くのヘレナたちが彼女の姿をとらえたのはそのときだった。
「……見つけたわ! マーラはあそこよ! ビットもすぐそこまで迫ってる……!」
ヘレナの目線の先、マーラのいる場所から少し離れた空の上を、暴走するビットが突き進む。両者の間にはまだ距離があるが、あの速度では衝突まであと十数秒といったところだろう。
「おーーい!! マーラーーッ!! にげろーーーッ!!」
アルドは喉がつぶれるほどの大声で叫ぶが、彼女が気づく様子はない。
「くっ……! これじゃ間に合わない! ヘレナ、ここからあれを狙えないか!?」
「だめよ! 予測着弾地点が彼女に近すぎるわ……!」
「目の前なんだぞ! なにか、なにか方法は無いのか……!」
二人が絶望しかけたそのとき、空の向こうにもう一つの影が現れる。
「……出力最大、目標に向けて進行方向を調整……!」
「…………!? あれは……!!」
ヘレナの眼に映ったのは蒼穹を翔ける小さなドローン——ライセの姿だった。
「思いだしたよ……あたしがここへ戻ってきた意味を……!」
暴走するビットを軌道の先に捉え、ライセは全速力で突き進む。カーゴシップに乗り込もうとしていたマーラは、飛来する彼女の姿に気づき足を止めた。
「ライセ……!?」
白銀の翼で風を切り、彼女の目の前を弾丸の如く駆け抜けるライセ。そのとき、マーラの耳に微かな声が響く——。
「またね……マーラ」
二人がすれ違った次の瞬間、ライセとビットは空中で激突し巨大な爆発が発生する。衝撃の波がカーゴシップを揺らし、マーラを後方へ吹き飛ばした。
「…………!! ライセ……そんな……」
マーラは黒煙の向こうにライセの姿を探すが、彼女が現れる気配はない。
「………………。どうして……どうしてわたしなんかを守るのよ……。あなたの方でしょ……生きていくべきなのは……」
金属の破片が降るなか、マーラは膝をついて一人呟いた。彼女のもとへようやくヘレナたちが駆けつけるが、もはや二人に出来ることは何もなかった。
「ライセ……ごめん……」
静寂が辺りを包む中、風に乗って小さな声が聞こえてくる。
「……いや、あたしは大丈夫だよ」
マーラが顔を上げると、ドローンのライセが彼女を覗き込むように見ていた。
「…………!?」
驚く三人をよそに、ライセは何事もなかったかのように話しかける。
「マーラの方こそ無事だった? 怪我とかしてないよね?」
「ライセ……!? ライセなの!?」
「う、うん……。そうだけど……」
きょとんとするライセ。マーラは彼女の機体を力強く抱きしめる。
「よかった……! 助かったのね!!」
「助かった……? ごめん。さっき不具合を修正したばかりで頭の中がボーっとしてて……。いま何があったのか、よくわかってないんだ……」
ライセは何が起きているのかさっぱり分からないようだった。まるで記憶を失っていたあのときのように——。
「まさか、あれって……」
アルドは隣のヘレナを見る。
「ええ……。さっきの爆発でライセが無事だったとは考えにくいわ。私たちの目の前にいるのは、おそらく時空を超える前のライセね。本来なら、迷子になっていた彼女がここに現れ、マーラが事故にあう瞬間を目撃するはずだったのよ……」
そして、彼女を救えなかったことへの無念を抱きながら、ライセは時間を超えるはずだったのだろう。
「過去に戻ったライセの犠牲で、その運命が変わったってことか……」
アルドが二人へ視線を戻すと、ライセにしがみつくマーラはぽろぽろと涙を流していた。
「…………? マーラ、どうして泣いてるの? もしかして……痛かった?」
「……そうね。痛い……とても痛いわ……」
「えっ……!? そ、それじゃあ早く街に戻らないと……!」
ライセは慌ててエルジオンの方へ向かう。
「…………? マーラ?」
しかし、マーラはその場を離れようとしない。
「……ごめん、わたしはもうあなたと一緒にいられない」
「どうして……?」
「わたし……あなたに頼られる自分に酔ってた……。それに、あんな残酷な裏切りまで……。こんな、傲慢で卑怯な人間に、あなたの友人でいる資格はないわ……」
そう告げるマーラの前に、ライセの姿が映し出される。
「………………」
「ライセ……。だから。もう……」
「ひどい……。ひどいよ、マーラ」
「…………!?」
ライセは大きく息を吸うと、マーラの眼をしっかりと見つめて口を開く。
「確かに、マーラにはダメなところもいっぱいある。でも、それがきみの全てじゃないってことは、あたしが一番よく知ってるよ。……あたしの自慢の親友を……大好きな親友を……そんなに悪く言わないでほしいな」
「…………!!」
あの日、彼女にもらった言葉を、ライセは一つひとつ返していく。
「キラキラしすぎて眩しかったマーラも、きみの言う傲慢で卑怯なマーラも、あたしにはかけがえのない存在だから……。ほら、もう謝るのは終わりだよ」
マーラの涙を拭うように、ライセは指先でそっと彼女の頬を撫でる。白い肌の上でホログラムは崩れ、淡い光の粒がほとばしった。
「ライセ……。本当にごめ……じゃなくて、ありがとう……。わたし、なにが大切なのか、今やっとわかったような気がする……」
「マーラ……」
再び繋ぎなおされた絆を確かめるように、二人は見つめ合うのだった。
「……どうやら、もう心配はなさそうだな。そろそろオレたちも帰ろうか」
「ええ……。そうね……」
アルドとヘレナが街へ向けて歩き出すと、背後から声が掛かる。
「ヘレナ……。ありがとね」
名前を呼ばれたヘレナが振り返ると、そこにはライセが立っていた。
「…………!? まさか、あなた……爆発前に記憶の転送を……?」
彼女は小さく頷き返す。
「……もうこの手ではマーラに触れられない。だけど、あたしたちの間には、脆くて、儚くて……でも本当に大切な何かがある。それを少しずつ紡いでいけば……いつかこの想いを伝えられる日も来ると思うんだ。……だからきっと大丈夫だよ」
「ライセ……」
ヘレナはライセの晴れやかな笑みのなかに、小さな決意のようなものを見た。
「それじゃ、アルド、ヘレナ! またどこかで会おうね!」
「おう! ふたりとも元気でな!」
ライセは大きく手を振るとマーラのもとへ戻っていく。ヘレナは何も言わず、ただ彼女の後ろ姿を眺めていた。
「………………」
「ヘレナ……? まだ気になることでもあるのか?」
「いいえ。ただ、彼女を見ていたら……運命を超える力は私たち一人ひとりに宿っている……そう思えて」
「ああ。そうだな……」
透き通るような青空の下、アルドとヘレナはエアポートをあとにするのだった。
***
「マーラ……。や、やっぱり怖いよ……」
「大丈夫だいじょうぶ。だれだって初めは緊張するものよ」
「そ、そんな……」
怖気づくライセの目の前で、巨大なゲートが口を開く。
「わたしが隣を飛んであげるから。ほら……ね?」
「………………。……わかった。やってみる!」
初めてできた同級生の友人に背中を押され、ライセは震える脚でホバーボードに飛び乗った。
「ど、どうかな……!? ちゃんと乗れてると思う……!?」
「ええ! そうそう、その調子!」
マーラの応援を受け、少しずつ自信をつけていくライセ。何度もバランスを崩しそうになりながら必死に姿勢を保ち続ける。
「あ、や、やっぱり無理かも……!」
「そんなことないわ! とっても上手よ! だからもう少しだけがんばって!」
「……うん!」
どこまでも続くエアチューブのなかを、ふたりはともに翔けていくのだった。
碧空を翔けて タツチキ @tatsu-kichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます