ある人に送られた贈り物は今、送り主の息子によって、再び届けられる。
西洋の家を思い起こさせる内装が、ふたりの目の前に表れた。
モダンなカーペットの上に、赤いソファー。
白い壁に付けられた、レンガの暖炉。暖炉の中の壁には炎のペイントがある。
そして、大きな植木鉢に入ったクリスマスツリー。
「オ、来タカ」
その植木鉢から、声が聞こえてきた。
「叔父さん!? だいじょうぶ!?」
声を頼りに、兄弟はクリスマスツリーの元に近づいていく。
「ア、チョット待ッテクレ。チョット近ヅクノハヤメテクレ。マダ姿ハ見セタクナイ」
どこか奇妙な声に、ふたりはクリスマスツリーを見て足を止める。
「ねえお兄ちゃん、この声って……」
「ああ、わかっているよ」
青年は照明に目を向けると、背負っていたバックパックを脱ぎ始めた。
「チョ……モシカシテ、通報スル!? 叔父ヲ通報スル!!?」
クリスマスツリーの植木鉢からのぞくふたつの目に、女性はため息をついた。
「しないわよ。お兄ちゃんはそんな薄情な人間じゃないもの」
背中を当てる部分に穴の空いたバックパックを床に下ろし、青年は背中の4本の腕をクリスマスツリーに見せる。
「……ソウカ、“
奇妙な声がそうつぶやくと、クリスマスツリーからもぞもぞと動き始めた。
植木鉢から、4本の足が生えた。
4本の足が地面に付くと、「ヨッコイショ」という声とともに植木鉢が地面から離れる。
そのクリスマスツリーは変異体だった。
植木鉢から生えた4本足で立ち、植木鉢の中に半分埋まった目玉。その頭上のクリスマスツリーは、生きているかのように揺れていた。
「……つまり、僕たちが入ってくるようにさせるためにあえて電気を付けていたんですか?」
ソファーに腰掛け、“祐介”と呼ばれた青年は目の前で足を仕舞ったクリスマスツリーの変異体……ふたりの叔父に確認するようにたずねる。
「コノ姿デイキナリ見セルワケニモイケナイシ、カトイッテ留守ダッテ思ワレテ帰ラレテハ困ル」
「それで電気を付けたままにして、叔父さんの身に何かがあったと私たちに知らせようとしたのね」
先ほどの心配とのギャップから生まれたため息を、祐介の隣に座る女性が吐く。その表情を見て、クリスマスツリーの変異体は「慌ル
「ソウイエバ……アイツガ死ンデシマッテカラズイブン時ガ経ッタガ……店ノ方ハ大丈夫ナノカ?」
思いだしたように話題を変えた変異体に、祐介は「ええ」と自身の腕に目を向ける。
「この腕は僕の思ったような形に人形を作ってくれるんです。そのおかげで、人形店の方はつぶれずには住みましたよ」
「ホウ、イツカハ店ヲ継グコトガ夢ダッタガ、人形作リノ腕ハ全クナカッタオマエガナ……変異体ニナルノモ、案外悪イコトジャナイノカ」
「まあ、高校辞めちゃいましたけどね」
のんきに笑う祐介に、真理はあきれたように手を上げた。
話のキリがよくなったところで、真理ははがきを取り出した。
「ねえ叔父さん、前まではネットでメールを送ってきたでしょ? どうして今回はこれで送ってきたの?」
そのはがきを見て、叔父は嬉しそうにツリーを縦方向に揺らす。
「アア、ソレ結構ウマク書ケタダロウ? 小学生以来握ッテイナカッタ鉛筆デ練習ヲシ始メテ、何年モカカッタンダ」
「……」「……」
ふたりは震えた文字のはがきと、自信満々に語る叔父を見くらべた。
「ン? ドウシタンダ?」
「……い、いや、う、うまい……ですね」「……そ、そうね」
「マアナ。実ハ、今マデ使ッテイタパソコンガ壊レタママダッタカラ、ソロソロ手書キニ慣レテオカナイト思ッテナ」
気分良く笑う叔父の側で、解読に数時間費やしたふたりの兄弟は互いに目を合わし、大きなため息をついた。
日が沈み、暗闇に星が浮かび始めた。
そのまま叔父の家に泊まることとなったふたりの兄弟は、夕食の支度をし始めた。
コンビニの袋をテーブルの上に置き、中から2皿のカレーライスと2羽のローストチキンを取り出す。すでに湯気が出ていることから、コンビニであらかじめ暖めておいたようだ。
ふたりは席に着き、簡単ながらもクリスマスらしい食事を楽しんだ。
ツリーの変異体は食事には参加しなかったものの、ふたりの会話の中に入り、
昔の話で大いに盛り上がった。
「……」
「? 叔父さん、どうしたの?」
とある方向に目玉を向ける叔父に対して、真美はローストチキンを片手にたずねた。
「ン? アア、チョット大切ナ物ノ事ヲ思イ出シテナ……」
その方向は、暖炉付近の天井。
そこには、小さな扉が設置されていた。
「……あれって屋根裏部屋ですか?」
「アア、真理チャンハアソコニ行キタクテ騒イデイタナ。最終的ニハ、オモチャ屋ノ前デダダヲコネルヨウニ、仰向ケニナッテ暴レテイテ……」
叔父の言葉に、真理の顔はトナカイの鼻のように赤くなっていく。
「うーん、確かにそんなことがあったような……」
「あ、あ、あるわけないでしょ!!? からかわないで!!!」
真剣に思いだそうとする祐介に、反論する真理。それを見て叔父はニヤニヤした笑みを浮かべているように笑った。
「……アノ屋根裏ニ、オ前達ニ見セタイモノガアルノダガ……」
笑いを落ち着かせた後、叔父は1本だけ足を生やすと、その足先を屋根裏部屋への扉の下を指差した。
そこには、真っ二つに割れた木製のはしごがあった。
「アレデ上ニ上ガッテイタモノダガ、モウアノ状態ニナッテハ上ルコトガデキナイ」
「……」
祐介はプラスチックのスプーンを置くと席を立ち、壊れたはしごに向かって歩き始めた。
「ア、別ニイインダ。モウ諦メテイルカラ……」
「お兄ちゃん、まさか……」
はしごの形をした木材、そのつなぎ目を、祐介は目に焼き付けた。
「叔父さん、前まで仕事に使っていたアトリエ……まだ使えますか?」
リビングの隣の部屋……元大工の叔父が使っていたアトリエの作業台に、祐介は工具と複数の木材を並べた。
「ぬいぐるみしかこの腕を使ったことはないんだけど……やってみよう」
青年は4本の腕で、のこぎりを手にした。
「マサカ、本当ニデキルトハ……」
屋根裏部屋への扉の下に立てかけられた新品のはしごを見て、叔父は土から目玉を一瞬飛び出せた。
「お兄ちゃんの腕って、ぬいぐるみ以外でも作れちゃうのね」
「うん、自分でも少し驚いているけどね。強度は問題ないって思えるほど、不思議な自身があるよ」
真理ははしごをつかむと、自然と唇を緩めた。
「ドウダ? 行ケナカッタ屋根裏ニ行ケル気持チハ?」
「……ッ!! もう叔父さん、からかうのもいい加減にして」
からかう叔父をにらむと、真美ははしごを登り、天井の扉を開いた。
やがて、真理が屋根裏部屋から持ち出したのは、
汚れた箱だった。
「叔父さんの側に置くと、なんだかサンタからの贈り物みたいだ」
ツリーの変異体である叔父の側に置かれた箱を見て、祐介は率直な感想を述べた。
「たまたまそこに置いただけだけど……本当ね。ラッピングペーパーを外したプレゼントって感じ」
「……案外、間違イジャナイケドナ」
ポソリとつぶやいた叔父の言葉に、ふたりは同時に叔父の目を見た。
「ン、ナンデモナイ。ソレヨリモ、早ク開ケテクレナイカ」
祐介がふたを開けると、
箱の中に、不細工なぬいぐるみとメッセージカードが入っていた。
「叔父さん、これって……」
「3歳ノ弟カラ、手作リノクリスマスプレゼントヲ渡サレルトハ思ワナカッタナ。アノ時ハ」
真理は、箱の中に入ってあるメッセージカードを取り出した。
“メリークリスマス お兄ちゃん”
すぐに解読することは難しい汚い字、それでも、どこか温かい字が書かれていた。
化け物ぬいぐるみ店の店主、クリスマスプレゼントの箱を開ける。 オロボ46 @orobo46
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