Running Fighting Firing Female

naka-motoo

R!F!F!F!

 ひいなは15歳の生命を一点集中型のやり方で燃焼させ塵芥になろうとしていた。


 一点集中、何に?


 ランニングに。


「裸足!」


 インターハイも都道府県対抗女子駅伝も感染症の爆発によって中止となる中、開催されたのは賭けランニング。


 スプリンターの勝負としてのスピードと複数回の『出走』を賭け事として成立させるのであれば100m男子が競技としてもエンターテイメントとしても最も適しているのであろうが、『駆け引き』を楽しむためにはもう少し長い距離が必要だった。


 女子1,500m走。


 マラソンのような長距離でもなく、人間の集中力の限界と言える数分間程度のレースをろくでなしどもは欲していた。


 競馬が文化であろうが『賭博』である以上は人間の五欲に訴えかけるものであってしかるべきだし、はっきりとそう言えばいい。


 もっとも、カネを賭けないだけで『ぶっ倒したい!』っていう競争と攻撃をその基本に置いている意味で言えばすべての勝負事は100m走だろうが幼稚園児の駆けっこだろうが将棋だろうがじゃんけんだろうが、下衆で醜悪な一面を持つものだ。


 だからこそ、ひいなは闘志を隠そうともしなかった。


「エロ親父の皆さん!わたしのランニング・パンツから伸びてるハムストリングス見てるんでしょ!?」


 競技場のスタンド席に挑戦的に怒鳴りつけて、そのまま両手を頭上にかざしてクラップする。


「はいっ!打って打って!」


 陸上競技で圧倒的な実力を持つ第一人者がこういうパフォーマンスをよくやるが、ひいなにはその資格があるのかどうかは誰も知らなかった。


 これがひいなの初レースだから。


 ただ、フェスタの雰囲気に呑まれて会場がなんとなく手を打ち始める。


「ちっさい!」


 小柄な体を背伸びして怒鳴って音量を上げるように催促するひいな。


 けれどもそれは決して傍若無人な素振りでなく、純粋にひいなの若いエネルギーと朗らかさに引きずられてクラップ音が大きく、そしてシンクロ率がどんどんと高まっていく。


 茶色いチップでコーティングされたトラックには7人がレーンに並ぶ。


 7人全員が女子なのは、ランナーたちの美しい四肢がこの賭けレースのエンターテイメント性の重要な要素となっているからだ。


 ランニング・ウエアは臍と真っ平か凹んだ腹筋を晒す布の面積で。


 ランニング・パンツは丈が極限に短く太腿から真っ直ぐふくらはぎ・足首まで直視できるしつらえになっている。


 だから賭けようとする女子・男子どもは出走馬の肌艶を見て馬券を予想するような感覚でじっくりと彼女らの脚を観察し、男子どもに限って言えばエロティックな視線も混ぜ、更にひいなと同じ歳頃の中高生男子どもの中には胸部や秘部に興味を抱くエロ親父どもとは違ってプラトニックな健康美と、片想いの純粋な恋愛感情を持って見つめる者たちも居た。


 そして、やっぱり裸足のひいなに関しては・・・・・彼女のハムストリングスからふくらはぎ・足首・踵と土踏まずのアーチ・そして・・・・・足指と爪の先までが美しい曲線と直線の連続で一点集中のギャラリーたちの視線が注がれていた。


「ひいなさーん!その足の爪!透明なペディキュアでも塗ってんの!?」


 駆け出しのスポーツ・ジャーナリストがカメラを構えながら記者席から大声でひいなに訊いた。


「違うよっ!ナチュラルな何も塗らないわたしの爪!」


 この回答に他のスポーツ・ジャーナリストたちも舌を巻いた。


 滑らかさときれいなピンク色と、細いけれどもしなやかで筋力のこもった足指にしっかりと同化しているその爪の美しさを見れば、


 ひいなが既にして一流のアスリートであることを記者席の全員が有無を言わさず納得させられた。


 だが、オッズはひいなに集中はしなかった。むしろ、別のランナーに一点集中した。


 女王・現田げんだハヤテ。


 実業団の陸上部に所属する20歳のハヤテは、昨年の世界陸上の1,500mで優勝している。自他共に認める日本陸上界の最高峰だ。


 そのハヤテが、右足のシューズを履き直すを見せた。


「おおおおお!」


 素足を晒し、ゆっくりと踵からトラックに接地させ、まるでショウでも観せるように土踏まず・足指・爪先までのプロネーションを披露した。


「綺麗・・・・・・」


 敵対するはずのひいな自身がやはりナチュラルな滑らかさと美しいピンク色を持つハヤテの足に感激の声を漏らした。


「オンユア・マーク」


 裸足のひいな。


「ゲッツ・セッツ」


 LEDランプとビーコン音で全員がスタートする。


 話にならない。


 スタートすら100mのそれのようにふたりは圧倒的な差を残りの5人とスタンドに見せつけていた。


 まるでゼロヨンのための馬力を持つ改造車2台がコンマ数秒で最高速に達するように。


「飛び出したぁ!」


 僅かに先導するハヤテのスリップストリームに完全に入ってほぼ全力疾走の態勢に入っているひいな。


 ふたり以外のランナーたちはもはや戦意喪失し、出走料を受け取ることと・・・・・せめて周回遅れにはならないようにという希望のみの惰性で手足を動かしている。


「ハヤテ!どけ!」


 ひいなにはハヤテのスピードに引っ張って貰っているなどという意識は無かった。


 いつでもブチ抜けるからインを開けろと督促したのだ。


 呼び捨てで。


「ひいなさん!」


 ハヤテの第一声はさすがこの競技の第一人者らしく品性を保ったものだった。


 だが。


「誰がどくか!ボケが!」


 おそらく汚ない言葉で敢えて気合を入れる意味もあるのだろう。ハヤテはひいな以上の激しい言葉で敵を威嚇した。


「うっ」


 ハヤテの加速に、ひいなのスリップ・ストリームが外れそうになる。それほどの今までに経験したこともないスピードだった。


 だが、ひいなは完全に勝負師としてのスタイルに徹した。


「あ、おう!あああ、おう!あおあおおうおう!」

「?」


 ひいなの意味不明の掛け声にハヤテは思考の速度を上げるが、解明できない。そのまま高速走行を続けて1分間経過したところで異変にようやく気付いた。


「リズムが!」


 高速ピッチが武器のハヤテは、ひいなの変則的な掛け声で繊細なそのピッチのリズムを僅かに狂わされていた。


 まずいまずいまずい!


 相手が通常の選手ならばそのまま力で振り切ることができただろう。


 だが、これまで陸上界のどの名鑑にも出てこない埋もれた存在であるはずのひいなは、『単にこの競技にこれまでの人生で関わっていなかっただけ』という世界中の大多数の埋もれた競技者を代表するかのごとくに、既得権益を欲しいままにしてきた陸上関係者たちの夢を総取りするランナーだった。


 すいっ、とハヤテが下がった。


「やった!」


 早々と女王の戦意を喪失させたと断定したひいなは、このタイミングでラストスパートをかける。


 ラスト一周の打鐘ジャンがトラックに響く。


 だが。


「あっ」


 ひいなの真後ろにハヤテが吸い付いていた。


 完全にスリップ・ストリームに入っている。


「ふ、振り切ればいいこと!」


 ひいなはまたハヤテのリズムを狂わせようと変則的な掛け声を上げるが、ひいな自身の声の隙間から呪文のような音が聞こえてきた。


 ハヤテが何かを唱えている。


「・・・・わたしは強い」


 一音が聞こえると後は遮断しようとしてもひいなの鼓膜にハヤテの声が入り込んでくる。


「わたしは強いわたしが女王わたしが最高わたしは綺麗わたしは覇者わたしは猛禽」


 最終コーナーでハヤテがスリップストリームを抜けた。


 ひいなのアウトに横並ぶ。


 最終コーナーをモトレーサーが体を完全に倒してクリアするようにふたりはカラダを斜めにしていた。


 ハヤテのピッチの速度が、スズメバチの羽の振動ほどのせわしなさになる。


 ストライドは極短で決して優雅さはないが、昆虫のそれのようにわしゃわしゃとした残像がスローモーになるほどの高速運動になっている。


 ひいなをはるかに超える長身のハヤテの超高速超短間隔の反復運動。


『これが女王のスパート』


 原始の力学を目の前で再現されているような恐怖に、ひいなは走るのをやめたくなる。


 そんなひいなに、スタンドから大音声が降り下された!


「ひいな坊!」


 とんぼ?


「ひいな坊!お前の足指は俺のケツをえぐったろうが!」


 ひいなと同じ高校の男子陸上部のとんぼの滑舌があまりにもはっきりしていて意味を瞬間に理解したスタンドの客たちが爆笑する。


 まったく頓着せず、笑いを放ったらかしにしてとんぼが怒鳴る。


「俺のケツをえぐったみたいに、地面をえぐれよ!」


 ひいなは思い出した。


 何度言っても『ひいな坊』と幼馴染でもあるひいなをレディとして扱わないとんぼを・・・恋人として扱わないとんぼを・・・・練習後に足を洗っている水場で、ひいなは足の親指と人差し指でとんぼのお尻をランニングパンツの上からつねり、内出血させたことがあったのだ。


 ひいなは外反母趾を矯正しようとするような女性がやるタオルをつまむトレーニングやお風呂の中でも常に指を自在に動かすようなトレーニングを子供の頃から繰り返しており、足指の筋力が鍛錬し尽くされていた。


「わたしの足指は鋼鉄の爪アイアン・クロウ!わたしの爪先は大地を掴む!」


 とんぼをつねった時の感触が即座に思い出される。


『あ・・・・・・』


 とんぼのお尻の肉のキュートな柔らかさが脳裏に浮かび、一瞬恍惚とするひいな。


 そのまま、トラックのラバーチップを、つねった。


 クン!


「う」


 クン!クン!


 綺麗な可愛らしい足指が爆発的な加速を生む。


 クン!クン!クン!クン!クン!


 爪が接地するごとにその圧力でピンク色が更に濃いピンクに変わる。


「はっ!」


 ひいなはハヤテを。


 ブチ抜いた!


 後は双方の音声は消え去って、ガットリング砲の弾道を断定するためのハイスピードカメラによる映像のように、ふたりのランの残像が陸上競技場の全員にシェアされた。


「せっ!」


 最後の掛け声は、ひいな。


 まさしく、小柄で平たく起伏のないひいなの胸先が、僅かの差で先にゴールラインに達した。


「うおおおっ!大穴だあっ!」


 怒号と賭け券やらペットボトルやらが競技場を飛び交う。


「ひいなあっ!」


 とんぼがスタンド席から飛び降りて、息の上がったままウイニング・ランで観客に応えているひいなに並走する。


「ひいな!」


 だが、ひいなの言葉はきわめて冷静だった。


「とんぼのエッチ」

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