第2話 居候、そして異変。(三)

「僕が…… 神話⁉︎」

「そうなんだ、これを見て!」


 柚鶴ゆづるは僕にスマホを差し出す。

 僕はそれを手に取り、画面に写っている文字の羅列をまじまじと眺める。

 うん、読めないです。


「あっ、ごめん…… 読めないよね」


 画面を困り果てた様子で見てた僕を見かねて、説明を始める柚鶴ゆづる


「これには、ある神話上の人物について大まかな内容が書かれているんだけど」


 ほう、この世界にも神話があるんだな。僕の世界とは違う神話というのも少し気になるな。


「ここに載ってる人物が、イカロスっていう名前なんだ」


「え⁉︎」


 僕は思わず驚きを隠せず、声が漏れた。

(イカロスって僕と同名じゃないか……)


 僕の驚き様を見て、柚鶴ゆづるは説明を続ける。


「ここに書いてある内容では、イカロスとその父ダイダロスは王とのいさかいで塔に閉じ込められ、そこから脱出するために翼を作って飛んだ。しかしイカロスは太陽に近づきすぎて翼が燃えて、堕落して死んだ。って事になってるね」


「似ている…… 僕の経験と似ている」


「じゃあやっぱり……」


「でも全部が同じじゃないな、ところどころが違う」


「そうなの?」


 驚いた。少し内容は異なっているが、ほとんど僕が経験してきた事象そのものだ。僕は自分の過去と、ここに来た経緯を話す事にした。


「――僕は腕の立つ技工士ダイダロスの息子だ。母さんは僕が幼い頃に亡くなったらしく、よく知らない。ある日国王とのいさかいがあって、僕らは国の中心部への立ち入りを制限されたんだ。」


「なるほど、塔には閉じ込められてなかったんだね」


「まぁそうなんだけど、塔に住んでたし、長い間親父と引きこもってたからな……」


「だとしたら、閉じ込められたと思われる可能性もあるね」


 色々相違点があるが、多少の誤差だと考えれば僕がこの世界では神話上の人物だという可能性が高まるな。


「――そして僕は親父との夢であった太陽にたどり着くための翼を作り上げることに成功し、太陽に近づいて灼かれたんだ。そして落ちた先がこの近くの湖だった。」


「へえー、そこでねーちゃんに拾って貰ったんだね!」


「あぁ、アカリには本当に感謝してるよ」


 そう呟いたら、ねーちゃんらしいやと柚鶴ゆづるは微笑んだ。


(笑ってる顔がアカリに似て可愛いな……)


 姉弟似ているなんてことを思いながらにやけ面になっていると、柚鶴ゆづるは僕が掌に載せていただけのスマホをそっと取り返し、何やら操作をし始めた。


「それよりにーちゃん、これについて何か知ってたりしない?」


 そして、その画面を再び僕に見せて手渡す。

 僕はそれを手に取り画面に目を向けると、何やら映像が音と共に流れる。


『――昨日の午後三時頃、夜之過よるのすぎ市の廃墟アパートにて謎の爆発が発生しました』


 流れる映像には、僕らが今いる夜之過よるのすぎ市の風景と、爆発したとみられる廃墟の跡。そして何やらナイフらしき物が映し出される。


(……このナイフってもしや)


『そして現場付近に落ちていたナイフはこの爆発の重要な手がかりになるとみて、現在調査が進められています』


 そして大きく映されたそのナイフには、禍々しい紋様が描かれていた。それは日常的に見覚えのある紋様、間違いない、理念コード術式であろう。


「……この紋様知ってるよ」

「本当?」

「あぁ、これは僕の世界で使われていた理念コード術式というものだ」


「へぇ、どういうものなの?」


 さっきから思っていたが柚鶴ゆづるはすごい大人びているな。その落ち着いて凛としつつ、何か獲物を狙うような眼差しは、小さい体格からは想像もできない。


「――そうだな、見た方が早いね。なんでもいいからいらない物体とかない? ゴミでもいいよ」


 お願いすると、すぐにわかったと言って駆け足でどっかに探しに行った。


「これはどう?」

 すぐに戻ってきて何かを投げ渡して来た


(早っ!? 五秒も経ってないぞ……)


 投げられたそれを慌ててキャッチして、見る。


「なにこれ……?」


 何やら茶色い厚紙でできた手のひらサイズの筒。このままでも何かに使えるでもないし、なんだこれ。


「トイレットペーパーの芯、ゴミだから好きに使っていいよー」

「へぇ、わかった」


(というかほんとにゴミ持ってきたんか、まぁいいけど)


 筒状のものでできる道具と言ったら色々あるが、この手のひらサイズで使いやすいものは何かを考える。後ろの窓から当たる日光の熱さを感じて、ひとつ思いついた。


理念コード-筒の前部に「前方」、筒の後部に「後方」を定義)

理念コード-筒内部の空間に「後方から前方方向への移動」を定義)

理念コード-移動物の指定に「空気」を定義)


「おぉ!? 模様が出てきたー!」


 術式の紋様に驚きはしゃぐ柚鶴ゆづる。こういうところはやっぱり子供なんだなとしみじみおもう。


「これは何?」

「これはね……」


 筒の前方を柚鶴ゆづるに向けてこう言い放つ。


「送風機だ!!」


理念コード-筒の存在を「小型送風機」と定義)


「すごい!!」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傲慢のイカロス、日本に堕つ。 日ノ下 堕翼 @Icrus-rooT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ