第4話 僕はダメ女に捕まってしまいました

 これは夢なのか?


 大峰駅に向かいながら、僕は何回も頬をつねって確認していた。この状況をまだ飲み込みきれずにいたのだ。


 どこに行くのかはまだ聞かされていないけど、行先に関係なく休日に男女二人で遊びに行っているなんてカップルと間違えられてもおかしくない。


 佐々木はそういうことを気にしないのだろうか?


 それとも、そう思われてもいいと思っているのだろうか? いや、これは絶対にない。何より今の僕に佐々木から好かれる要素が思い当たらない。


 半ば混乱状態で、あれこれ考えながら歩いていると、大峰駅に着いた。


 大峰駅はターミナル駅で、その上休日とあって多くの人でごった返している。


 時間を確認すると、集合時刻の三〇分前だった。ざっと見た感じ佐々木はまだ来てなさそうだ。


 少し来るのが早過ぎたかもしれない。


 そう思ったが、そうでもなかった。


「おはよう、雪城くん」


 後ろから佐々木の声がして振り向くと、そこにはがいた。


 佐々木は水色のワンピースを着て白いベレー帽を被り、髪をまっすぐに下ろしていた。薄く化粧もしている。今の彼女にダメ女の面影は一切なく、全身から清楚な雰囲気を醸し出していた。


「今日の佐々木、すごく可愛い……」


 挨拶を返すのも忘れて、僕は呟いていた。


「えへへ、ありがとう」


 佐々木は恥ずかしそうに顔を少し赤らめた。


 この反応も可愛い。こんな姿を見せられて僕も顔が熱くなってきた。


 今日の佐々木は男子高校生の理想の彼女像を具現化したかのようだ。急にダメ女になったと思ったら、今度は急に清楚系美少女に逆戻りか。


 正直に言うと、この変化には戸惑っている。でも、可愛らしい姿の佐々木と一緒にいられるなら大歓迎だ。


「じゃあ、行こっか」


 そう言うと、佐々木は僕の手を引いて歩き出した。


「ちょっと、今からどこに行くの?」


「それは着いてからのお楽しみだよ!」


***


 佐々木に連れられてバスに乗ること約二〇分、着いた先は水族館だった。


 ――水族館か、最後に行ったのは確か小五の夏休みだったから、約四年ぶりだな。


 ここで、僕はふと昨日の会話を思い出し、あることに気づいた。


「ねえ、もしかして昨日僕に海派か山派か聞いたのって、今日のため?」


「お、よく気づいたね~。当たりだよ」


「いや、海派って答えて今日水族館に連れてこられたらさすがに気づくよ。でも、佐々木は水族館で良かったの?」


「うん、大丈夫。私も海派だから」


 佐々木が僕と同じく海派だと知って、僕はなんだか嬉しくなった。


「それより雪城くん、早く行こ!」


「え、チケットまだ買ってないよ?」


「二人分の前売り券買っておいたから大丈夫。あ、雪城くんの分の代金はちゃんと私に払ってね」


 チケット売り場を見ると、長い行列が出来ていた。もしかして佐々木はこうなることを見越して前売り券を買ったのだろうか。


 佐々木の用意の良さに僕は感嘆した。


 前売り券のおかげで僕たちはすぐに入館できた。館内はやはり家族連れやカップルで賑わっていて、時々子供のはしゃぐ声が響いている。


 入ると大水槽が目の前にあって、大小様々な魚が優雅に泳いでいた。


「雪城くんあれ見て。イワシのトルネードだよ」


「あ、ほんとだ」


「なんかユニークな動きだよね。でも、あれって外敵から身を守るための行動なんだって」


「へぇー、そうなんだ。そんなことよく知ってたね」


「私、海の生物全般が好きだから、こういうのは結構頭に入ってるんだ」


 これは初耳だった。道理で水族館に来てから佐々木はハイテンションで、目がきらきらと輝いていた訳だ。


「じゃあ、一番好きなのは何?」


「難しいこと聞くね~。う~ん……ペンギンは結構好きだよ」


「ペンギンか。ペンギンはまだまだ先だね」


「うん、そうだね」


 僕たちは大水槽から離れ、順路に従って歩いた。


 人が多く集まってて見にくいところもあったけど、よく知られた海水魚を始めとして、クラゲや熱帯魚、深海魚も見ることができた。


 それにしても、佐々木との距離が近い。手を繋ごうと思えば出来てしまうくらいには近い。


 佐々木からいい香りがしてくるし、話してる時には佐々木の笑顔がすぐ近くにある。


 混雑している上に、一緒に来ているのだから距離が近くなるのは当然だと分かっていてもドキドキが止まらない。


 途中からは佐々木から目を離せなくて、あまり魚を見れなくなっていた。


 そうしていると、佐々木が何かを指さした。


「あ、ペンギンだよ!」


 見ると、柵の向こうのプールの中をペンギンが泳いでいて、奥の岩場にも何匹かペンギンがいた。


「やっぱりペンギンは可愛いな~」


 佐々木はうっとりとした目でペンギンを見ながら呟いた。


 やばい、佐々木が可愛過ぎる……。


 好きなペンギンを前にしてはしゃぐ佐々木が純粋に可愛いのと、佐々木のこういう姿を見慣れてなくて、僕の理性が音を上げかけている。


 少しでも気を紛らわして落ち着こうと思い、佐々木に話しかけた。


「佐々木はペンギンのどこが好きなの?」


「あの歩き方とフォルムかな~。どう可愛いのか言葉に表すのは難しいけど、歩き方とフォルムが好き」


「それなんとなく分かる気がする。何というか愛嬌があるよね」


「うんうん、そうだよね!」


 そう言って佐々木はきらきらとした目で僕を見つめてきた。少し落ち着いてきたところなのに、そんな目で見つめられたらまた胸が苦しくなってしまう。


 すると、佐々木はスマホを取り出して言った。


「ねえ、記念にここで写真撮ろうよ」


「いいね。じゃあ、誰かに頼んで撮ってもらう?」


「うーん、自撮りでいいんじゃない?」


 佐々木がペンギンに背を向け、スマホを構えたので、写真に納まるように僕は佐々木に近づいた。


「じゃ、いくよ~。はい、チーズ!」


 佐々木はシャッターを切る直前に僕の腕に抱きついてきた。そして、パシャリと撮影した。


「うん、いい感じに撮れた!」


 心臓が止まるかと思った。腕に抱きついてくるなんて反則だよ。


 ダメだ、佐々木が好きだという気持ちが抑えきれない。もういっそのこと告白してしまおうか――。


 その時、ふと階段があることに気づいた。その先には通路があって、上からペンギンを見れるようだ。人は全然いない。


 決めた、そこで告白しよう。


 振られることへの恐怖というストッパーは弾け飛んでいた。


「ねえ佐々木、あっちに行ってみない?」


「あ、いいね」


 二人で階段を上って通路に出た。


「上から見るペンギンも可愛いな~」


 そして、ペンギンを眺めている佐々木に言った。


「佐々木、ちょっと聞いて」


「ん、何?」


「実は僕、佐々木のことが好きなんだ。事故の時に助けてもらってから意識するようになって、それで今日、改めて佐々木のことが好きだと思った。だから、もし良かったら僕と付き合ってください!」


 僕は腰を折り、手を差し出した。


「……雪城くん、顔を上げて」


 佐々木は返答せずにそう言った。その通りに顔を上げると、ゆっくりと佐々木が近づいてきて、僕の頬に両手をあてた。


「え、ささ――」


 そして、少し背伸びして目を瞑ると、僕の唇を奪った。


「私も雪城くんのことが好きだよ。これからもよろしくね、くん。」


「…………ふぇっ!」


 僕は数瞬思考停止して固まった後、顔を真っ赤にした。


「ね、もうすぐイルカショーが始まるみたいだから行こ!」


 佐々木は僕の手を取って歩き出した。佐々木の顔もまた、真っ赤になっていた。


***


 僕たちは閉館間際まで水族館にいて、色んなショーを見たりした。長いこと水族館にいたけど、佐々木といると全く飽きなかった。


「ところでさ、は僕のどこを好きになってくれたの?」


 手を繋いで水族館を出たところで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「どこか? か~。う~ん……はっきりとは分からないや。でも、啓介くんのことが好きなんだって分かったのは、私も事故の時だよ」


「え、そうなの?」


「うん。入学式の日に啓介くんを見て、なんとなく仲良くなれそうだな~、って思って、でも多分今の私にはきっと啓介くんは話しかけられないだろうし、他の男子が邪魔になると思ったから、あえてダメな子を演じて啓介くんに近づいたんだ。でも、なかなか仲良くなれなくて気づいたら必死になってて、何でこんなに必死になってんだろう、って思ってたらあの事故が起きて、啓介くんが無事だって分かった時に今までにないくらいほっとしたの。それで啓介くんのことを好きになってたって気づいたんだよ」


 衝撃だった。でも、これでこれまでの葵の急な変化に納得がいった。


「そうだったんだ。僕のことを好きになってくれて本当にありがとう」


「こちらこそだよ。またこうやってデートしよ!」


「うん、そうしよ!」


 僕たちは普通に繋いでいた手を恋人繋ぎにした。


 こうして僕は(偽)ダメ女に捕まってしまいました。









 





 




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僕はダメ女に捕まってしまいました 星村玲夜 @nan_8372

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