第3話 なんだか今日はついている
購買から戻ってくると、佐々木は頭を垂れて眠っていた。
「佐々木起きて。パン買ってきたよ」
佐々木の肩を軽く叩いて起こした。
「ん……あ、雪城くんおかえり」
「これでいい?」
僕はパンの入った袋と佐々木の財布を渡した。佐々木はまだ眠たそうに眼を擦りながら受け取り、袋の中を見た。
「うん、大丈夫。ありがとね~」
佐々木は早速袋からパンを一つ取り出して食べ始めようとしたが、何か思いついたのか、「あ」と呟いた。
「ん、どうした?」
「せっかくだし一緒に食べない?」
「えっ!」
まさかのお誘いに、思わず声が上ずってしまった。
前から佐々木と一緒にご飯を食べながら話したいと思っていて、何回か誘おうとしたけれど、毎回緊張してしまい、結局誘えずに昼休みを終えていた。だから、その機会をこうして得られたことに驚いたし、嬉しかった。
僕はすぐに返事をした。
「うん、そうしよ。じゃあ、どっちの席使う?」
「言い出したの私だし、私の席でいいよ」
「分かった。ちょっと待ってて」
買ってきた唐揚げ弁当を佐々木の机に置いて一旦自分の席に戻り、水筒と椅子を持って再び行くと、佐々木が椅子を少し横にずらしてスペースを空けてくれていた。だから、そこに椅子を置いて座った。
「雪城くんごめんね。もう食べ始めちゃった」
「ああ、気にしなくていいよ」
「いや~、雪城くんを待ってあげたかったんだけど、お腹が空いてたから我慢できなかったんだよね。ほんとにごめんね~。心の中では君に土下座してるから」
「本当に?」
「うん、ほんとだよ~」
これは絶対にしてないな。
それはさておき、僕も食べ始めることにした。
プラスチックの蓋を取ると、美味しそうな匂いが鼻をくすぐってきた。続いて割り箸を取り出し、真ん中あたりを持って割ると、割れ目がまっすぐに入ってきれいに割れた。
こんなきれいな割れ方をするのは珍しい。佐々木に誘われた件といい、なんだか今日はついている。
「雪城くんって海派? それとも山派?」
唐揚げを食べていると、佐々木がこんなことを聞いてきた。
「え、海派だけど急に何?」
「ん、なんとなく雪城くんが私にとって敵対勢力の一員かどうか気になっただけ」
「敵対勢力⁉」
佐々木の口からそんな物騒な言葉が出てくるとは思ってもいなかった。そもそも日常会話で敵対勢力という言葉を聞いたことがない。
「それで僕は敵対勢力なの?」
「う~ん、それは教えないよ」
「じゃあ、僕が敵対勢力の一員だったらどうするの?」
「そうだね……雪城くんは海派だから、ドラム缶に入れてコンクリート詰めにして海に沈めるかな」
ひと昔前のテレビドラマに出てくる暴力団がやりそうだな、と思った。この流れだと僕は誘拐されて処刑されるのだろうか。
短い人生だったけど、まあまあ楽しかったなぁ――。
「もちろん冗談だよ」
「うん、知ってた」
唐突に始まった茶番劇は、こうして終わりを迎えた。
急に何だったんだ?
「で、本当はどうして聞こうと思ったの?」
「本当になんとなくだよ~」
佐々木は曖昧な答えしか言わなかった。
本当に何だったんだろう?
それに今日の佐々木はどこか様子がおかしい。いつもは僕と喋るにしてもそんなに長くはしないのに、今日はよく喋るし、ちょっかいを出してくる回数も多い。
なんというか、今日の佐々木はあざとい?
すると、佐々木がいきなり全然異なる話題を振ってきた。
「そういえば、もうすぐ期末テストだね~」
「ほんとだよ。簡単な問題ばかりならいいけど、絶対そうじゃないだろうな……」
「この学校、性悪教師ばかりだから仕方ないね~」
「あはは……」
性悪教師しかいないというのはさすがに言い過ぎだが、そう言いたくなる気持ちは分かる。この間の中間テストで、どの教科も厄介な問題ばかり出された時には僕も家に帰っては毒を吐いていたから。
「今度はしっかりと準備しておかないとね」
「えー、めんどくさくてやる気が起きないよ~」
「それでもやらないと成績が悲惨なことになっちゃうよ」
「うーん……」
佐々木は腕を組み、顎に手をあてて少し考えこんだ。そして、顔を上げて僕の方を向き、こう言った。
「期末テストまでの二週間遊べなくなる代わりに明日思いっきり遊んで、それで明後日から勉強しようかな。それで、そのために明日私に付き合ってよ、雪城くん」
「お~、いいね…………ってちょっと待って。僕?」
「うん、そうだよ。集合はそうだね……朝九時に大峰駅で。じゃ、よろしくね~」
「え、ええーー‼」
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