4の雪 スカーレット
ドッペルゲンガー。
帝国建国以前から存在する、鏡写しのバケモノ。
けれど、それはあくまで伝承の中でしか生きられない生き物だ。メルクが何度も口にしているけど、それも言葉の中でしか存在しない。
お目にすることなら、その時は世界が何度でも転がるぐらいに笑ってやる。
そう、思っていた。今は笑えずにいる。
ステラの身体でしゃべってきたのは、誰なんだ?
ステラの身体を包んだ炎は、何処から現れた?
何故、ステラの身体が俺の身体に変わるんだ?
なにより、なんでステラが俺のドッペルゲンガーなんだ?
思考を重ねても、頭に浮かぶのは謎の言葉ばかり。
目の前に、自分の知っている世界を転がした怪物がいるというのに。
「……あ、アル兄が、2人? こっちが本物で、こっちがさっきまでステラだったのにアル兄になって……、ええっ?!」
ドッペルゲンガーと俺を交互に見るエステルは、未だに状況を呑み込めずにいる。
片や、さっきまでステラと一緒にいたアストレイア達は、ステラの姿を奪ったドッペルゲンガーを見上げたまま固まっている。
とても、こんなことになった理由を聞き出すことなんてできない。
「お前……、本当に俺のドッペルゲンガーなのか?」
「見ればわかるだろう。それとも、今目の前にいるアルファルドは、お前が望んでいる姿か?」
薄ら笑いを浮かべるドッペルゲンガーが、指を鳴らす。
身体の震えが止まらない。けれど、歯を食いしばりながら腰に差した剣に手を掛けた。
だって、肝心な人が、そこに居ないのだから。
「……ステラはどこに行った?」
ドッペルゲンガーは、笑みを崩さない。
「お前が現れるまで、そこに居たのはステラだった! ステラがどこへ消えたっていうんだ!」
「ここ」
トンッと、ドッペルゲンガーが自分の胸に指を立てる。
一瞬だけ思考が停止したが、その動きの意味を察した時、別の意味で頭が真っ白になっていく。
「……なんだと?」
「どこへも何も、ステラの身体はここにある。俺が、ステラの身体を奪った。今、ステラはこの中でお休み中だ」
後ろでエステルが、鋭い悲鳴を上げる。アストレイア達は知っていたのか、口を閉ざしたままだ。
(俺のドッペルゲンガーが、ステラの身体を……?)
こうなってしまった経緯が読めない。このまま振り返ってアストレイア達を問い詰めたいところだが、今は目の前の怪物をどうにかしないと。
スラリと剣を抜き、ドッペルゲンガーに向ける。鏡の中の自分と相対しているような錯覚に襲われ、剣先に迷いが生まれる。
「……返せよ、ステラを」
けれど、退くわけにはいかない。もし本当にステラの身体なら傷をつけるわけにはいかないが、目の前の怪物を止めるほかはない。
もし後でステラが戻って来たなら、謝っておこう。
「ステラが何をやっていたか知らねえが、これ以上ステラの身体を好き勝手させて、俺のモノマネしてんじゃねえ――――!」
地面を蹴って、ドッペルゲンガーとの間合いを詰める。狙うは、顔面への正拳突きに見せかけての、鳩尾への一発。本当に俺の分身ならば、決め手は顔面を殴り飛ばすと読むはずだ。
踏み込みから剣を繰り出す。もちろん、マジ狙いではないフェイントだ。果たして、ドッペルゲンガーは剣の突きを足の捌きで避けていく。ここまではこっちの予想通り。
(このまま一気に……!)
突きの連撃で間合いを詰め、地面を一際強く踏み込んだ。大きく振りかぶった拳が狙っているのは、自分と同じ顔。あえてた予備動作を見せたおかげで、ドッペルゲンガーが眼前で腕を組む。
(ここで〆だ)
勢いを殺すことなく拳の軌道を鳩尾へと直す。たとえフェイントだと気付いても、間に合わない。
「いいフェイントだ、かつての俺なら簡単に引っ掛かっただろう」
拳を鳩尾に叩き込もうとするが、逆に吸い込まれている感覚に陥る。
まるで、待っていたかのような、ドッペルゲンガーの囁きが、自分の感覚を又も揺らがせた。
「だが、未来には遠く及ばない」
次の瞬間、鳩尾に当たっていたはずの拳は、ドッペルゲンガーの肘で払われる。流水のような流れで伸びた腕が俺の頭を抱え込み、蹴り上げた膝が顔面に叩き込まれた。
意識一瞬だけが真っ白になり、遅れて焼けるような痛みが襲ってくる。背中から地面に落ちたところへ、エステルが駆け寄ってきた。視界がフラッシュを繰り返してはっきりとは見えないが、蒼白になったエステルの顏を見た時は無理矢理身体を起こしていた。
「アル兄、大丈夫?! アル兄のドッペルゲンガー……あなたが、メル姉の言っていたスカーレットなんでしょ! アル兄に何するの!」
「スカーレット……? ああ、そこで倒れている俺と紛らわしくなるから、ステラが付けた名前か。スカーレットとは、また皮肉な」
「そんなことは、どうでもいいの! スカーレット、貴方は一体何者なの! アル兄の姿をして、それなのにステラの身体を奪って……、本当にアル兄なの?!」
血を吐くようなエステルの叫びが、空気を震わせる。近くに落ちていた剣を拾い上げ、エステルを庇うように前に進む。
俺のドッペルゲンガー――スカーレットと呼ばれたソレは、エステルの問いにフッと笑みをこぼし、
「俺は正真正銘、アルファルド・フィラデルフィアだ。もっとも、今から20年後の未来から来たけれどな」
言葉の意味を、呑み込めない。
後ろからエステルが絶句する気配が伝わるが、もう目の前に立つ自分自身から目を離せずにいる。
「20年後の、未来から来た俺……?」
「ドッペルゲンガーは、未来の自分自身が過去に転生した姿だ。だから、お前の動きも思考も先読みできる。もっとも、身体の方は、過去の自分に近かった誰かの身体を乗っ取って転生しなきゃならないけどな」
ありえない、と叫びたかった。けれど、そんなことは、さっき受けた膝打ちでもう否定できない。
自分の動きの先読み。隙の無い動き。膝打ちに至るまでの力の流れ。
どれをとっても、今の自分にはできない芸当。未来の自分だと言われても、納得しかねない。
それでも、その一言で今の状況を呑み込めるわけじゃない。
けれど、これだけははっきりと言える。
自分だったら、どんな理由があろうとステラを奪ってまで生きたくない。
「そうかよ……!」
再び刃を握り締め、ゆらりと立ち上がる。腹の底でグツグツと煮えたぎる熱に突き動かされるまま、切っ先をスカーレットに向ける。そのふざけた笑みをこれ以上見たくない。
「お前が、未来の俺だって?! 認めるかよっ、お前の存在なんか!」
「同感だな! 貴様こそ、ここで消えて当然なんだよ!」
嗤うスカーレットに、俺は再び剣を振り上げる。自分の未来相手にどう立ち回るか頭が回り始め、
「だからいつも言ってたでしょ、ドッペルゲンガーに喰われるって」
突然目の前に割り込んできた影が、スカーレットの身体を俺から突き放した。
慌てて止まった手前、自分より小柄な少女が前に立ちふさがる。いつも見慣れている、幼なじみの背中。けれど今は、いつもよりメルクの背中が大きく見えた。
「アル、エステル達と一緒に3バカを避難させて。この大馬鹿を止めるのに、構ってられないから」
「無茶言うな! そいつは俺のドッペルゲンガーで、20年後の俺自身なんだぞ! 俺が勝たなきゃ、誰がエステルを、ステラを守れるってんだ!」
「知ってるよ、そんなことは。あんた達に出会った時からもう二度と、あんたの最愛を失わせたくないから」
肩越しに笑みを向けるメルク。その寂し気な笑みに、昨日のエステルの横顔が重なったのは、錯覚なんかじゃなかった。
「お前、まさか……!」
「そういうことか……」
身を起こしたスカーレットが、スッと目を細める。身構えは、俺と相対した時とは比べ物にならない緊張が張り巡らされる。
そして、スカーレットと向かい合ったメルクは、スッと目の前で手を合わせる。
その動きは、ステラがスカーレットに変わった時と全く同じで、
「再転――エステル・フィラデルフィア」
それが、合図だった。
スカーレットが炎に包まれたように、何処からともなく出現した水の渦がメルクの小さな体を呑み込む。
一瞬の出来事。けれど、渦がゆっくりと落ちて中から現れたその者の背中が、足元から自分の世界を完膚なきまでに崩壊させた。
冬山のような白銀の髪は、実りの秋の麦畑のような黄金色に。
今まで爆弾の塊みたいな小さな体は、さらに凝縮してステラと同じ身長に。
そして、エメラルドだった瞳の色は――、振り返らなくても分かっている。雲のない昼と同じ、空色だって。
「テメエも、いや、テメエが、エステルのドッペルゲンガーだったんだな。メルク」
「貴方を変える、私の力で」
右の拳を突き出し、メルク――エステルのドッペルゲンガーが身構え。
歯を剥き出しにしたスカーレット――俺のドッペルゲンガーが地面を踏み込み。
「変えるのは、お前達今の人間じゃない。前世の力を持った、俺達ドッペルゲンガーだ!!」
俺のドッペルゲンガーから妹の身体を取り戻す、妹のドッペルゲンガーを連れて。 比奈里諭 @satoshi9642
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