外伝

 ――町を一望出来る、草原で埋め尽くされた広い丘。緩やかな風が吹いて、短い緑がゆらゆらと穏やかに波を打っています。


 ――その中心に佇む、小さな城。

 乏しくも立派な造りですが、風化が進んだ外壁には、人の気配などありはしません。


 恐らく、ここは小さな国として成り立っていたのでしょう。

 横に佇む巨木よりも城は小さいのですが、そう呼べる建造物があるのだから、国はあったのかも知れません。いつ頃の事かは誰にも予想出来ませんが、古くて廃れた城だけが、何百年も前だと知っていました。


 ――その城の中に、一頭の竜がいました。


 禍々しく毒々しい漆黒の体躯、強靭な力を生み出すはちきれんばかりの筋肉、地獄の底を思わせる低い唸り声。

 そして何より――その眼。

 故意か生まれつきかわからない散眼する瞳は、とてもまともな生き物とは思えず、何を考えているのかもわかりはしません。

 ただじっと外を見つめて、だらだらと涎を垂らしながら、その竜は薄ら笑っていました。


 ――その視界の中に、一人の剣士が映りました。


 いつからそこにいたのか、突然にその人間は現れました。偶に訪れる騎士とは違い、その剣士は安っぽい格好をしています。

 どこにでもある真鍮の鎧を装備して、どこにでもあるマントを着用していました。


 でも携える大剣だけは、騎士のそれとは異なっていました。

 凡そ人には似つかわしくない大きさはただの強がりに見えましたが、あまりにも堂々と構えている為に、それが使い慣れた獲物だとわかりました。


 竜は笑いました。

 裂けんばかりに両頬を吊り上げて、人の来訪に歓喜しました。

 散眼は一層に眼窩の中で暴れ狂い、食べ物の来訪に狂喜しました。


 ――竜は飛び立ちます。


 穴が空いた天井を確認せずに、翼を羽ばたかせて城を揺るがします。地震でも起こった様に、爆風で震えた壁から、ぱらぱらと塵が落ちました。

 あとどれくらいの羽ばたきで、この壁が瓦解してしまうのかは、城にしかわかりません。


 竜は剣士の前に降り立ちました、乱暴に着地したので、草が逃げる様に舞い散ります。

 その衝撃に靡くマントを気にせず、剣士は表情一つ変える事なく竜を見つめていました。


「人、人人人人人人人――なんとかぐわしい事か人の肉とは。何千と時が流れようと、この匂いだけはワレを裏切らない」


「…………」


「人よ。我が供物よ。はどのようにワレを楽しませてくれよう。その不出来な躯は、いかにワレの玩具として踊ってくれるのだ?」


「…………」


「――いいぞ…いいぞ人よ。その眼光、ワレを認識しても尚も高まる光――さぞや卑猥な味を彩るのであろうて」


 無言不動を保つ剣士に、竜は興奮して身震いを起こしていました。

 恍惚に酔いしれるその表情は、最早自分でさえも止める事は出来ません。


 恐怖に堕ちた肉しか食べていない竜にとって、それはまさしく久方ぶりの極上肉でした。

 故に竜は、嬉しくて嬉しくて堪らなかったのです。涎を洪水となして、早くあの肉を喰らいたくて仕方がなかったのです。


「………汚ぇヤロウだ…」


 剣士は大剣を握る手に力を入れて、竜に向かって疾走しました。


「――クカカカカカ! 来い人よ。己の存亡を賭して、その愚行を常世で嘆くがいい――!」


 竜はとても愉快でした。

 あまりに愉しすぎて、涎をそこら中に撒き散らしました。


 竜が何故そこまでに愉しいのか――、それは迫り来る剣士に理由がありました。いつもは自分の威圧に怖じ気づいた肉の為に、わざわざ此方から出迎えねばならないのですが、今回は違うのです。

 今回ばかりは、向こうから走って近付いてきてくれるのです。


 何とも雄雄しく猛々しい姿、竜に臆する事なく、ギラギラと輝かせる竜殺しの瞳。この剣士は上質な肉質に違いないと、竜の興奮は最高潮に高まっています。

 そしてこんな相手は、今まで生きた中で指の数程しかいません、しかし“単体”で考えるならば――こんな相手はいま目の前にいる剣士ただ一人だけでした。


 竜は漆黒の剛腕を振り上げます。

 鋭い爪を尖らせ、足元に来た剣士へと力任せに落としました。


 ――爆発でもしたかの様に轟く大気、飛び散る草と土、揺れる木々、地面に出来上がる大きな窪み。

 竜の仕業と一挙に知らしめるであろうその行いは、地形を容易く変えます。絶大な暴力を振るう竜は、快感の表情で狂い笑っていました。


 しかしそれは、剣士を粉微塵に叩き潰した余韻からではなく――真横に回り込まれ、且つ斬り込まれる寸前まで許していたからなのです。


 いつも一撃で終わっていた殺し合い、でも今回はまだ続いており、しかも此方が手傷を負わされようとしている状況。竜は…、いつも達しない心が満たされていくのを感じていました。


 人とは思えないその速さ、殺し合いに慣れたその動き、躊躇いを持たないその眼。

 竜は剣士が並の相手では無いと今一度理解して、興奮しながら迎撃しました。


「っ――」


「クカカッ、いい動きだ人よ――!」


 弾かれた剣士の大剣。

 回避も反撃も許す筈が無かった一撃が、当たり前の如く竜の爪によって吹き飛ばされてしまいました。

 決め手を一つ逃した為に、剣士は舌打ちをして距離を取ります。


 幾らふざけたように狂っていようと、竜は虐殺と惨殺と鏖殺に身を置いてきた存在。

 例え一方的な戦局しか体験した事が無くとも、一万を超えた歳月から得た経験則、そして天性の闘争能力の前では、そんな不意打ちは通用しないのです。


 ……ですが、ただでは転びません。


「……?」


 剣士の斬撃を防いだ左手の爪、五本ある筈の内三本が綺麗に切り飛ばされていたのです。

 溶岩に触れても簡単には溶けないその漆黒は、一度の触れ合いで断面を露わとされたのです。


「……カ――――カカカカカカカカカカ!! 人よ! 竜殺しよ! ワレを傷付けるとは…その剣、只の刃では無いな!?」


 呆然と爪を眺めていた竜は、再び両頬を吊り上げました。

 散眼はまた眼窩の中で狂喜乱舞し、何千年ぶりの傷を体感した竜は、とても愉快に狂い笑いました。


「その剣! その才! その眼! どうやら其は、竜殺しの天命を受けし人なのだろうて。そしてワレと出逢うのはまさに宿命――なんと…なんと興が乗った世界だろうか!? ただ食物に溢れた物だとばかりに思っていたが、こんな愉しみが残っていようとは、なあッッ――!」


 抑えきれない竜は突進して、剣士との距離を瞬時に詰めます。今度は拳を握って、溜めた力を一気に解放しました。


 ――再び轟く大気、抉れる大地。

 土埃など起たず、その衝撃は全てを吹き飛ばします。

 直撃した相手もバラバラに粉砕するその一撃、しかし相手は、またも紙一重に生き残っていました。


 ゆらりと輝く竜殺しの瞳…、

 ゆらりと亀の如く鈍さで身体を捻って…、

 真横で地面に突き刺さる腕に向かって…、

 隼の如く速さで大剣を斬り上げました――。


「カッ――!?」


 寸断される腕の感覚、先程まで続いていた肘から向こうは、自分の物で無くなったオモチャの様。

 暫くの静寂の後、一気に流血が始まり、半分になった腕の先は赤い噴水となり果てます。


 あまりの速さから、痛みは遅れる所か到着さえしません。

 正直、竜自体もまだ理解が届いていません。

 亀が隼になったかと思えば、気付いた時には己の腕が断ち切られていたのです。

 初めて見た光景と初めて経験した消失感に、ただ呆然と笑い声を止めるしかありませんでした。


「……お喋りが好きな竜だな、貴様は。ちっとは沈黙を学んだらどうだ?」


 大剣を地面に突き刺し、仰ぎ見る竜滅し。

 返り血を浴びたその顔は、人を思わせるものではありませんでした。


 ――例え同族同種でも、一瞬だけ相手を疑う時は一生に一度はあります。


 自分が何年も懸けて手に入れた物を相手が数分で物にした時。

 自分が苦手とする物を相手が何とも思わないとする時。

 自分には真似出来ない物を相手が容易く成し遂げる時。

 社会が認めないモノを当たり前に実行する時。


 それらを行った対象を、同族同種はどんな目で見るでしょうか。同じ仲間か、と一瞬でも疑うのではないでしょうか。

 ――剣士の顔は、まさにそんな目で見られるようなものでした。気怠いのに隙が無く、殺し合いの中に余裕を保つ、そんな顔つきでした――。


「――……ッッ――ギャカカカカカカカ!!? 人よ、人よ人よ人よ!?ワレを断ち切ったか、ワレの腕を断ち切ったか、ワレを隻腕と成すか。なんと剛気な事よ其は!? この様な高ぶり…幾星霜を振り返ろうと、一度としてありはしなかったぞ。ギャカカカ――!」


 腕を切り落とされた竜は、怒り狂う所か笑い狂っていました。未だ止まらない流血など気にせず、剣士の所業を褒め称えていました。

 治らない程の深い傷を負うと云う事象は、この者にとってはただの至福の時。半ば諦めていた願いを叶えてくれた事への、狂喜の表れでした。


 ――すると突然。

 先程まで高らかに笑っていた竜は、翼を羽ばたかせました。生まれた爆風にたじろぐ様子も無く、剣士は宙に浮かび上がる竜を見つめ続けます。


「……人よ? 竜の炎とは何ぞ理解しているか?」


 不気味な笑みで剣士を見下ろして、竜は何故かそんな事を問いました。


「竜の炎とは炎に非ず、竜の炎とは息吹に在り……臭うか? 人よ?」


「…っ――!」


 一瞬考え込んだ剣士、しかし気付いた時にはもう遅く、既に“それら”に囲まれていました。


 ――狂った笑いから吐き出された、大量の唾と吐息――。


 言われてから気付かされる狡猾な微臭、よく確認してみれば、自分を中心に唾が周囲に付着しています。ゆらゆらとそれから陽炎が上がり、気体を周りに充満させている事が理解出来ました。


 しまった…、と剣士は思います。

 竜の炎――息吹の構造は、僅かながらにも知ってはいました。


 取り込んだ空気を肺の中で別の存在へと変異させ、吐き出す時の摩擦熱で炎と成すその仕組み。

 生きた年数が多い程に炎が強くなるのは、成長するに連れて変化する生理的な臭いが、更に肺の中の空気を可燃性の強いものにしている為――謂ってしまえば、人の加齢臭と同じ。


 つまり。

 竜は炎を吐いているのではなく、炎になる前の空気を吐いているだけなのです。

 故に、いま剣士が置かれている状況――その変異した可燃性の強い空気が充満しているこの状況は、非常に危険だったのです。


 炎など、吐き出す前に顎を断ち切るか首を別つか腹を穿つか、そんな浅はかな考えだった剣士。

 空気より比重が重い事を知りません、中々その場から離れようとしない事を知りません、最早逃げようの無い程に充満している事を――剣士は知りませんでした。


 フッ……、と竜は小さな息を吐きました。

 それはとても小さな火の粉となり、ひらひらと雪の様に舞い落ちていきます。

 とても愛らしい動きで下へ落ちていくそれは、剣士を包む何かの揺らぎと触れた瞬間に、雷鳴じみた轟音で大爆発を引き起こしました。


 ――吹き飛ばされる植物、捲れて飛ばされる土。

 巻き起こる熱気の衝撃は辺りの水分を奪い取り、乾いた空気を後に残します。

 ぼたぼたと土塊が落ちていくそこには、剣士の姿などありはしませんでした。


「――…しもうた。姿形ごと消し去ってしまっては、肉を味わえぬではないか…」


 死体さえも残らない爆砕の跡を見て、竜の熱は冷めてしまいます。

 折角巡り会えた極上を失ってしまったのでは、流石の竜も大人しくなってしまいました。


 だから飛び出して来た陰影に、対処が遅れました。


「――――!?」


 突如として、爆砕の跡から宙に浮かぶ自分へと向かってくる影。恐ろしい速さで迫り来るそれは、竜の翼を切り裂いて通り過ぎていきました。


 ――浮力を失う竜、しかし大して痛がる様子もなく、呆然とした表情で着地しました。

 そして散眼する瞳で、その影を見据えます。


「あ、チ…、竜の息にはあんな使い方もあんのか…」


 熱でボロボロになった甲冑と着衣を剥ぎ取り、投げ捨てる剣士。

 爆砕に巻き起こまれ筈のその人物は、屈強な身体に軽い火傷を負っただけで、ちゃんと健在でした。


「……人よ、あれをどうやって凌いだ…」


「穴掘った」


 大剣の切っ先で指し示した先は、剣士が消え去る筈だった場所。そこに、人一人分が入れる程度の窪みがありました。


 竜はそれを暫し見つめ、両頬を吊り上げます。

 そして、


「――クカ…カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!! 穴を掘るか。土竜の真似事とは、何とも面白い事か。カカカカカカ!」


 …やはり笑い狂いました。

 真っ二つとなった翼の事など気にもならず、剣士の所業にただ愉快を示しているだけでした。


「…変態だな。貴様」


「何を言う、人よ。生在りし者には必ず欲が付く、欲望に身を任せずして何が命か。ワレはワレであるが故に――みなごろしを愉しみ、全てを破壊し、全てを食らう。それが愉しくて愉しくて仕方が無いのでなぁ??? グカカカカカカカカカ!!!」


「……っ…胸くそ悪ぃヤロウだ…」


 竜の笑いを不快に感じた剣士は、舌を打って睨みを一層に深めました。

 音が鳴る程に柄を握り締め、竜に向かって疾走しました。


「ッ――」


「クカカ――!」


 竜は片腕で剣士を迎えます。

 地面に指を突き刺し、力任せに土を掘り起こし、剣士に向かって撒き散らしました。


 飛び散ってくる土塊の霰、それに視界を封じられた竜滅しは、在ろう事か大剣を正面に投げ飛ばしました。相手の眼眩ましを逆手に取り、自分の眼眩ましとして利用したのです。


 当然に、竜は喫驚しました。

 土塊を切り飛ばした瞬間に炎を浴びせてやろうと思っていたのに、何の迷いも無い投擲だけが間髪入れずに姿を現したのです。

 人の身で投げたとは思えない速さの大剣は避ける事が困難であり、竜は急いで片腕を前に構えるので精一杯でした。


 ――鈍く上げる肉の音。

 どんな刃も通さなかった漆黒の腕に、蒼色の刃が容易く鍔元まで突き刺さり貫通します。


 …しかし当の本人は頬を吊り上げるのみ、痛みは愉悦によって塗りつぶされます。

 人の範疇を超えたその動きと力を前にして、愉しみ以外は何も感じません。


 腕の感覚に構わず、竜は息吹を吐きました。

 全てを燃やし尽くしてきた一万六千八百年の炎、その軌道にある物体の原型を無に帰す、この世で一番熱い炎。

 土も草も大気も燃えて、何も残さない絶対の攻撃でした。


 故に、炎が収まった後では、そこには黒ずみ以外に何もありません。燃えた物はその時点で尽きている為に、その跡から燃え広がると云う情けない事象さえ引き起こしません。

 ――そして、無論に剣士の姿もありはしませんでした。


 しかし、竜はこれで終わりなどとは思っていません。何故なら、突き刺さっていた大剣が独りでに回転したからです。

 再び失う片腕の感覚…ずり落ちた腕の先から現れたのは、大剣を掴み取る竜滅しの瞳。

 投擲によって開いた土塊の風穴を通ってきた、剣士の猛々しい姿でした。


 ――竜は笑います、そしてまた炎を吐きます。

 でもこの近距離では、剣士の獣じみた速さに軍配があります。

 だからまた躱され、今度は胸に大剣を突き刺されました。


 好機と思ったか、剣士は一度では済ましません。二度――三度――四度――五度――六度――――計六回、竜の胸に大剣を差し込み、肉をグズグズにして大きな穴を開け放ちました。


 ――竜は血を吐いて笑います、そして剣士に噛みつきました。

 けれどそれはまたもや躱され、牙同士が擦れて火花が散るばかり。

 竜の胸を蹴って後退した剣士は、地に着地した瞬間、今度は高く跳躍しました。大剣を両手で掴み、刀身を下に向けて、竜の顔面目掛けて落下します。


 散眼する瞳は愉しさのあまりに眼窩で暴れ狂っていましたが、確かに剣士を仰ぎ見ていました。

 その切っ先が愉快であり、剣士の迷いの無さが嬉しくて仕方がありません。

 迎え撃つ竜は、息吹を形成する為に息を吸うのですが――空気は溜まってはくれませんでした。

 剣士が抜かりなく両の肺にも穴を開けた為、吸った空気はだらしなく躯の外に出て行ってしまうのです。


 迎撃が出来ない竜。

 何を悟ったか、ただ笑うばかりで、何もせずに落下してきた大剣を眉間で受け止めました。


「――――……………………グギャギャギャギャギャガガガガガガガガガガガガガガ――!!!」


「!?」


 …竜は笑います、深々と刀身の半分が頭の中に入っているのに、竜は笑い狂います。

 流石の剣士も、そんな姿を零距離で視認した為に、初めて悪寒を感じ、眉を顰めました。


「人よォォォォォ――! ワレは愉しい、愉しいぞ! グカカカカ、ワレを此処まで蹂躙せしめるとは、なんとも天晴れよなァァァ!? なぁヒトヨォ!?グギャギャギャギャ――!!」


 眉間から夥しく、間欠泉の様に吹き出す血。

 剣士はそれを全身に浴びながら剣を引き抜こうとしますが、中々抜けません。

 己の断末魔を刻み込む為に、竜が筋肉に力を入れていたからです。


「此処からは! 此処からはどうするのだ!? まだまだワレを愉しませてくるのだろう?? 早よう、早よう見せいッッッ! カカカカカカカカカカカカカカカ!!」


「っ、化物が…。さっさと―――おっ死ねやぁぁぁぁ!!」


 両腕に力を入れ、剣士は引き抜くのを止め、そのまま大剣を脳天に向かって切り出します。


 ――飛び出す多量の血飛沫、目を開けるのが困難な状況でも、頭蓋ごと頭を分断された筈の竜が、まだ笑っている声が聞こえます。

 鮮血を浴びる剣士は高々と大剣を上段に構え、両腕に力を込めます。

 そして笑い狂うその顔面をきつく睨み返し、剣の重みに任せ、最後の一撃を一気に振り下ろしました――。






















「……っは…、はぁ…はぁ…」


 剣を杖代わりにして休む剣士、大量の汗から疲労の色は明白であり、全身から蒸気がゆらゆらと立っていました。


 ――目の前には、やっと殺せた竜の姿。

 顔を半分にされても両頬は吊り上がっていましたが、両眼は別々の方向を見つめたままに静止しています。

 暫くはまだ何かを喋っていたのですが、もうその命は途切れたようでした。


「はぁ…はぁ……ぁー、かったりー…」


 呼吸が落ち着いた剣士は、怠そうに身体を起こして、空に向かって感想を漏らしました。


 その時、空に一頭の竜が見えたのですが、もう体力の残っていない剣士に闘う気力はありません。

 好きにしろといった感じで、大剣を引きずりながら、町に帰る為に歩き出しました。


 背中が痒かったのか、ボリボリと掻くと、ひらひらと貼り付いていた葉っぱが落ちました。


 

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とある竜の物語 えら呼吸 @gpjtmw

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