最終話


 ――――国から離れた森の中。


 生い茂る植物は今日も日の光に照らされて、蒼々と辺りを埋め尽くしていました。

 その中では小動物が餌を探したり、兄弟で追いかけっこをしたりと、いつもと変わらない、いつもの日常を送っていました。


 川のほとり、いつもは動物達の水飲み場となっているその場所に、一人の騎士がいました。

 分厚い甲冑は着ておらず、必要最低限の軽装をして、頭には兜を装備していません。

 竜も姿を現すこの一帯でそんな頼りない格好をしている騎士――見れば少年は、どうやら水浴びをしているようです。


 掌で掬った川の水を頭にぶち撒け、頭皮にへばり付いた汗を洗い流していました。

 指で大雑把に頭を掻き、水を弾いて、綺麗な銀色の髪を風に靡かせます。


「――はぁ…、さっぱりした。けど、かったりー…」


 ――まだ幼さが残る顔立ちの、気怠い表情をした少年。

 重く腰を上げ、直ぐに後ろの岩に腰掛けました。


「ったく。竜退治っつーから最初は心が躍ったが、何だよ…全然いやしねーんだけど」


 零れる日の光に舌打ちして、少年は腰掛けている岩を踵で蹴っていました。


 少年は、騎士団長より命を受けていました。

 国を襲った、深紅の体躯を持つ竜を探し殺せとの命令です。


 日頃から竜と一戦交えたかった少年は勢いよく笑顔で返事したものの、もうかれこれ一日が過ぎていました。

 深紅の体躯の竜が見つからなければ、他の竜とさえ出会しません。

 それに呆れた少年は、元々飽き性という事もあり、最早命令などどうでもよくなっていました。


「大体あの人は警戒し過ぎなんだよなぁ。態勢を整えてまた攻め込んでくるだろー、なんてよ。そんなに根性据わった竜なのかねぇまったく」


 団長の発言を馬鹿にする少年。

 更に踵で岩を蹴りつけました。


 聞いた話によると。

 その竜は地上で騎士達と奮闘していた中、突然に驚いた様な表情で城の方角を見つめ出し、牙を剥き出しに血の涙を流すほど怒り狂った後、飛翔して国から去ったそうです。


 そして十四年、始めこそは何も起こりませんでしたが、最近になって竜達の姿をあまり見かけなくなったのです。

 団長はそれが報復の準備ではないかと判断して、十五歳を迎えて、丁度初陣させようと決めていた少年に調査を命令した次第でした。


「…はぁ。じっとしてても始まらないな…、行くか――」


 少年は立ち上がりました。

 そして横に置いておいた――金の柄に幅広な刀身の大剣を担いで、森の中を進み出しました。


























「――――?」


 暫く森の中を探索していると、開けた場所に出ました。


 まるい円の中心に、巨木が一つだけ。

 その中には巨木以外に木々は無く、代わりに白い花が、日の光で輝いてきらきらしていました。

 そこだけが一層輝いて、まるで天国の公園を思わせる、とても神秘的な場所。


「へぇー。緑ばっかだと思ってたけど、こんな所もあるんだなー。あの木陰で昼寝でもしよっかな」


 足が疲れていたので丁度いいと、少年は巨木の下まで歩いていきました。

 担いだ大剣を降ろして、木陰の中で腰を下ろして凭れます。


「おお、中々気持ちいいなここは。竜の探索は夜にするとして、今日はここでぐっすりと眠るかっ。何だか花の匂いも心地いいし、それに懐かし――………えっ…?」


 目を瞑りかけた少年は、再び目を開けました。

 何かが腑に落ちない表情で、上体を起こして周りを見渡します。


 ――何故だか、少年はこの場所に見覚えがありました。

 初めて訪れた筈なのに、前にも来た事がある感覚があるのです。


 白い花、小鳥の囀り、燦々と降り注ぐ日の光。

 そして、何だか楽しかった様な気持ち。


 その理由を探ろうとゆっくり視界を動かしていると、一匹の猿が目に入りました。


「……何だあの猿。ずっとこっちばかり見やがって…」


 その猿は、木の上で少年の方を見ていたのです。何やら細めで此方を眺め、警戒というよりも、調べるといった眼差しを向けていました。

 そして何を思ったのか、急に少年に向かって喚き散らしたのです。

 挑発する様な落ち着きのないそれを少年は不快に感じて、尻の近くにあった小石を掴んで投げつけました。


 ――小石は猿の頭に当たりました。

 これで喫驚して逃げ去るだろうと思った少年ですが、猿はまだそこにいました。

 確かに喫驚した表情をしていましたが、何故か少年を見る事を止めようとはしません。


「っ、苛つくなぁ…。――どっか行けってんだよ!」


 今度は拳大の石を投げつけました。

 流石に猿も、その投擲には驚いて森の奥へと消えていきました。


「何なんだよあの猿…ったく………あれ、何だかあの猿も見たことがある様な…………あーくそ!知らねぇ知らねぇ、もう寝よっ!」


 茶色い毛に見覚えがあった少年ですが、考えれば考えれる程にわからなくなる為、ぶっきらぼうに振り払って巨木に凭れました。

 苛立たしげな表情で目を瞑り、昼寝を開始します。


「…………」


 すると、意外にも眠気は直ぐに襲ってきました。それほどまでに疲れていたのだろうと、少年は深呼吸をして、そのまま身を委ねました。





 ……少年は気付いていませんでした、この場所があまりにも落ち着くと云う事を。

 城の中に設けられた自分の部屋の、上質なシーツと高級な羽毛に挟まれるよりも、ここで凭れる方が心地いい事を。


少年は気づかずに、眠りにつきました――。

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