10話 地鶏と絵文字と足

 私――オーカ・リン・フラーは日本の遺物解析を行っている。

 異文明の遺物解析をする者――、Anolystアナリストだ。


「ねぇジェーン、鶏肉と豚肉と牛肉ならどれが好き?」

 私はディナープレートを片付けている友人のジェーン・リン・ケイシーに向かって話かける。

「どれも貴重じゃない。培養肉じゃないのよね?どれも美味しいとは思うけど……私は牛肉かしら」

 一度文明が滅び、肉と言ったら培養肉となっている現在ではどれも貴重な品だ。

 旧アメリカ、旧ヨーロッパ諸国、旧中国では家畜が絶滅し、肉は高級品である。

「旧日本人は鶏が好きだったみたいよ。私も鶏肉かしら」

 現在の旧日本列島では人がいないものの、家畜などの動物は溢れるほどいるらしい。

 放射線の影響からか、姿形が変わっている種類などもいるみたいだ。

「鶏肉も良いけど、サッパリしているじゃない」

「それが良いのよ」

 ジェーンとしては味がしっかりしている方が好みらしい。

「SNSで地鶏という鶏を撮るのが流行っていた……らしいわ」

「鶏を!?ペットなのかしら」

 私は首を横に振った。

「けれど地鶏の写真を見かけないのよ」

「オーカ、それ流行ってないわよ」

 ジェーンは首を横に振って可哀想な子を見るような眼差しを私に向けた。

「地鶏はよく食べられていたらしいし、地鶏棒とかいう商品があったらしいわ」

「それは……串焼きかしら」

 確かに……それは焼き鳥だ。

「旧日本の料理に“焼き鳥”というものがあるわ。地鶏棒は焼き鳥の事だったのね!」

 それなら納得がいく。

 焼き鳥は人気料理でお酒と一緒に食べていたらしい。

「焼き鳥って鶏を串に刺して食べるだけ?」

 ジェーンは「それだけなら再現出来そうね」と付け足した。

「焼き鳥は奥が深いらしいわ。塩味とタレ……オリジナルソースの2種があるの。ソースは店によって門外不出とされていたりするのよ」

「どれだけ機密事項なのよ」

 ジェーンが「大袈裟ね」と笑っていたが、各店でタレ壺の成分が違っているという研究結果が出ている。

 それの結果でさえ「腐敗によって成分が変わっただけ」という派閥と「元々店で味を変えている」という派閥に分かれている。

 私は後者の意見に賛成している。

「だからオリジナルソースが再現出来ても、一つの店しか再現出来ていないって事になるのよ」

「それは奥が深すぎるわよ」

 笑い終えたジェーンが涙を拭いながら答えた。


 現在では味アレンジが可能になってきている。

 これまでは、料理ごとの味は決まっており、ただ食すだけだったという。

 今では色々な調味料が増えて料理一品一品によって味が変えられる。

 だからこそ、この遺物である「味」は私達にとって奥の深い発見なのだ。

 それも「仮定」に過ぎないのだけど。


「しかし、旧日本では鶏も豚も牛もいるらしいじゃない。楽園よね」

 ジェーンは旧日本の地図を眺めながら言った。

「昔の資料でも旧日本が“黄金の国”と呼ばれていたらしいわ」

「遠いものね。夢見ちゃうのもわかるわ」

 探求者は船を乗り継ぎ、陸路で横断して旧朝鮮半島から渡る。

 行くだけでも大変だが、行った事のある探求者は口々に「宝石箱」と言うのだ。

「今では旧日本人がいないだけで、歩けば遺物は見つかるし食料も見つかるしで凄いらしいわよ」

「是非持って帰って来て欲しいわ」


「そういえば、鶏じゃないけど旧アメリカ人は兎のエモジが好きよね」

 何かある度に兎のエモジが見えた。

「鶏よりは可愛いし、マトモよ。旧日本人が鶏好きなのが異常なのよ」

 確かに。もう少し可愛げのある動物が選ばれるだろうに、何故地鶏なのだろうか。

 地元愛が強すぎるのだろうか。

「エモジで思い出したけど、エモジって何の略語なの?エモーションはわかるけど」

「何だろう。Emotion……Jím-dándyとか? 」

「それは良いわね」

 ジェーンと私は顎髭あごひげを触るような仕草をしてからキメポーズをした。

「紳士淑女のエモジとかあったからそうかもしれないわよ」

「それだったら凄いわ」

 テキトーさが可笑しく、笑い合う。


「ねぇジェーン、鶏、豚、牛でどれが足が早いと思う?」

 私はついでに、日本語解析で気になっていた事を聞いてみることにした。

「どれも現実で見たことがないからわからないけど……そうね、鶏かしら。小回りがききそう」

 私はそれに頷いた。

「それには私も同じ意見よ。じゃあ、モヤシって足が早いと思う?」

 ジェーンは一瞬口を開こうとしたが、言葉が口から出て来なかった。

「オーカちょっと良い?モヤシって、“Bean sprouts”の事で良いのよね?」

「そうよ」

 私が頷くとジェーンは眉間に皺を寄せた。

「あのね、オーカ。植物に足は無いのよ」

 小さい子をたしなめるように、優しい言葉をかけられた。

「ジェーン違うのよ。旧日本でモヤシやトーフの足が早いって文章があるのよ」

「……」

 すぐにジェーンは黙った。

「あー、ノイズじゃないの?」

「結構数が多いからノイズじゃないわ」

 それから沈黙が流れる。

「旧日本って植物が歩くのかしら」

 私がそう呟くと首を横に振りたそうなジェーンを見たが、絶対とも言えないので私から目を背けた。

「そしたら旧日本はコミックの世界よ」

 今では跡形もないが、ニューヨークシティを駆け回るヒーローのコミックを思い出した。

 ヒーローには特殊な能力があって敵役を倒すのがテンプレートだ。

 特殊能力じゃないけど、旧日本には植物に足が生えた生き物でもいたのだろうか。

 現在では昔の文献とは違う生き物が闊歩かっぽしているのだけど、そこまで違うのだろうか。

「もしかしたら、旧日本は今の方が安全かもしれないわね」

 ジェーンの言葉に私は頷いた。

 旧日本は、おとぎ話のような国だったのかもしれない。

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