・第三夜

「それじゃあ、けっきょく二週続けてその船員用宿に泊まったんですか! あははははは!」


 ここは本州と四国を結ぶ唯一の鉄道=〝マリンライナー〟の車内。四国でひと仕事終えたまちかりは同業のお得意様と一緒に本州に向かう途中、言われました。


 その時まちかりは別の事を考えていました。考えていたのはもちろん、なぜあの部屋だけが空いていたかです。


 観光業者の間には〝他館〟と呼ばれる宿泊場所があるそうです。それは一般のお客様で客室が埋まってしまった時、ガイドさんやバスの運転者の方を泊めるために〝開かずの部屋〟やワケ有りの部屋を開けて泊めることを言うそうです。


 確かに他のホテルや宿泊場所がいっぱいの中、あの一部屋だけ空いているなんて云うのはおかしな話です。まさに〝開かずの間〟そのものに違いないと実感しました。


「笑い事じゃありませんよ……あんな部屋に泊まったら、何が起こるか判ったものじゃありません!」

「確かにあの〝トリプルの部屋〟は気持ち悪いですよね……」

「え? あの部屋のことを知っているんですか?」

「ええ、やっぱりどうしても泊まる場所が無かった時があって、気持ち悪いけど泊まりました」

「な、何も無かったですか?」

「なぜか簡単には寝つけなかったですけど、なんとか眠れましたよ」


 まちかりは唖然としました。あんな霊安室みたいな部屋のベッドに横になれるなんて、信じられません!


「まちかりさん、気にし過ぎじゃありませんか? 確かに気持ちいい部屋じゃないですけど、取り敢えず幽霊とかは出てきませんでしたよ」

「そうおっしゃいますが、私は誰が何と言おうとあんな部屋には絶対泊まりたくありません!」


 まちかりはきっぱりそう言いますが、お得意様は笑って言います。


「まちかりさん、怖がりですね」


 そう言われると、まちかりも不安になります。確かに不気味な雰囲気ではありましたが、怪奇現象に遭ったわけではありません。不気味な部屋だと感じてしまって臆病風にふかれたと思うと『怖がり』と言われても返す言葉がありません。まちかりはもやもやした気持ちのまま、マリンライナーで瀬戸内海を渡り本州へ着いたのでした。


   ◇


 次の仕事の待つO市に到着したまちかりとお得意様は、取り敢えず滞在するホテルにチェックインします。


 このホテルも実は変な間取りでして、路地に入ったところに大通りと平行に建物が建てられており路地側に入り口、そして通路を挟んで大通り側と山側に部屋が並ぶ奇妙な造りです。ただ、幸いなことに恐怖を感じるような部屋には当たったことはありません。


 フロントでカギをもらい、部屋のあるフロアに向かいます。


 お得意様と同じフロアだったのですが、到着したエレベーターホールでお得意様がカギを見つめて立ち止まっています。不思議に思ったまちかりは声をかけます。


「どうかしましたか?」


 お得意様が微妙に当惑した顔をまちかりに向けます。


「まちかりさん、部屋は道路側ですか? 山側ですか?」


 まちかりはエレベーターホールの部屋の配置図を見ました。


「ええと……〇15室なので……道路側ですね」


 するとお得意様が申し訳なさそうに言います。


「すいません、まちかりさん。部屋を交換してもらえませんか?」


 突然の申し出にまちかりは面食らいました。


「はあ? いったいどういう事ですか?」


 お得意様が照れくさそうに言います。


「実は……このホテルで山側に寝ると寝つきが悪いんです。道路側だとよく眠れるのですが……」


 はにかんだ表情で言うお得意様に向かって、まちかりは言いました。


「怖がりなんですね」


 まちかりはそう言うと、お得意様のカギを自分のカギと交換したのでした。


     了

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空いていた部屋【実話怪談】 まちかり @kingtiger1945

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