消えた二人とその他諸々

 サッカー部員たちとの交流もひと段落したころロッテに袖を引かれ正多は驚いた。今さっきまで北円生たちの中心にいたと思ったら、気が付くと直ぐ隣にいたのだ。


「ねぇねぇ、セータ君。シカ君の事見た?」


 ロッテは小声で正多に問いかける。


「いいや……って、あれ、いない」


 教室をぐるりを見渡すと史家の姿が無かった。少数派である桜鳥のブレザー制服は人の多い会場内でも目立つのだが、何度見直してもやっぱり彼は居なかった。なんならミソラと彩里の姿も見えない。


「実はね、さっき聞いちゃったんだ」


 ロッテはこそこそ話を続ける。


「メガネの桜鳥生徒が手を引かれてどこかに行ったんだって」


「どういうこと?」


「ははぁん、先輩鈍いっすねぇ」


 勇矢が話に割り込んできた。


「そりゃぁ、もう、あれですよ、あれ」


「あれ?」


「告白に決まってるじゃないですか。史家先輩も隅に置けないなぁ!」


「どうせ誤解じゃないか? ところで、その子って北円山の」


「ううん、桜鳥の子だって。ほら、一年生のウイちゃんって子で――」


「ブフッー! 兎衣!?」


 その名前が出た瞬間、勇矢はジュースを吹き出した。


「え! は?」


 まき散らしたことはお構いなしに、ロッテの肩を掴む。


「それ、どういう事ですか! 兎衣がなんて!?」


「うわぁぁぁ! セータ君たすけてぇぇ!」


 そのままぐらんぐらん揺らされるロッテを勇矢から引きはがして救出した正多は、人の多い教室から二人を連れて廊下へと向かった。


「で、その子が史家を連れていったと」


 廊下でロッテから改めて話を聞いて状況を整理する。


「ご、誤解なんじゃないですか? それとも人違いとか。そんなホラ話を言うやつは一体どこの誰です?」


 ロッテがあの子だよ、と言って廊下から会場にいる北円生の一人に手を振る。


「あいつ中学の……」


 勇矢は手を振り返した子をみて愕然とした。あの子は兎衣と同じ中学校に通っていたそれなりに仲の良い子で、自身とも顔見知りだった。顔を間違えるはずがないことは直ぐに分かる。


「そもそも桜鳥の制服を着た女子って四人しかいないし、間違いようもないような」


 正多の冷静な一言で勇矢はその場に崩れ去った。


「だ、大丈夫?」


 ロッテがしゃがんで問いかける。


「くっ、お、おれ、兎衣のこと探してきます!」


 勢いよく立ち上がると勇矢はどこかへと行ってしまい、唖然とした様子で置いて行かれた二人はその背中を眺めることしかできなかった。


「だから、そっくりな子が居るんだって! ほらほらー!」


 勇矢が向かった方向とは反対の廊下の先から声がする。


「ね、エーリカとそっくりでしょ!」


 振り返えると、腕を掴まれたギターバックを背負うブロンド少女の姿があった。

 その少女は淡い砂色のブロンドをポニーテールにしており、脇に立っている北円生の言う通りその見た目と顔立ちはどことなくロッテに似ているような、でもやっぱり似ていないような感じだった。


 ロッテはギターバックの少女の事を見るや否や、


「エーリカ!? なんでここに!」


 と勢いよく彼女に抱き着いた。


「うわっ、ロッテこそ。なんでここに」


 抱擁する美少女二人という光景に廊下の周囲ではきゃーという歓声とも何とも言いがたい女子生徒たちの声と男子生徒たちの騒めきが響く。廊下には教室から出てきた生徒たちによって人だかりができていた。


「それと、こういうスキンシップは日本じゃナシでしょ」


 ロッテの頭をぺちぺちと軽く叩きながらもまんざらでもない様子で行った。


「えーっと……」


 二人が知り合いであること以上に状況が呑み込めない正多が呼びかける。


「うぇ、あっ、ごめんごめん」


 ロッテはエーリカと呼ばれた少女の抱擁から抜け出した。


「紹介するね。こちらはエーリカちゃんです!」


「もしかして例のいとこ?」


「……ん? 違う違う! エーリカはナガサキで一緒の学校だった子なの」


「初めまして。エーリカ・フォーゲルです」


 エーリカは握手を求め、正多はそれに応じる。

 隣に立った二人のブロンド少女を同時に見ると、やはりエーリカはロッテとは似ていないというか全体的に雰囲気が異なることが分かった。まずエーリカはロッテより背が高い。顔立ちもロッテのような可愛らしさと言うよりは、むしろ凛々しさが際立つような感じがして短く結ぶポニーテールもその印象を強調している。


 ロッテは続いて正多の事を彼女に紹介した。


「ロッテのお友達なんですね」


 どうもどうもと挨拶していると、教室の中から宗谷が出てくる。


「こりゃなんの集まりだ?」


「あっソータニ先生! この子……」


 ロッテが今日までに桜鳥であったことを一通り説明し終わった頃には、会場に人の姿がまばらになっていた。桜鳥サッカー部内でも徐々に帰路に就く人も出始めたため、懇親会もお開きとなる。宗谷は帰る生徒たちを見送りつつまだ会場に残り、ミソラの父である城森と部活顧問のアレコレについて話し込んでいた。


 正多は一度その場を離れて、勇矢に電話をかける。


《……あ、パイセン》


「いったいどこまで行ったんだ?」


《学校を一通り走ってみたんですが兎衣はどこにも……っていうか、史家先輩に連絡してくださいよ! 二人は一緒にいるんでしょ!》


 だがなぁ、と正多は諦めの声を出す。

 史家に今どこだとチャットアプリ連絡したのは勇矢が兎衣を探しに行った直後の事。数分後、彼から来た返信には「用事が出来たから先に帰ってる」とそれだけあり、場所を尋ねたがそちらの方にはまだ既読も返信もなかった。


《それってつまり場所を知られたくないってことじゃないですか!》


「あいつのことだし、見てないだけだと思うけどな。ともかく、懇親会も終わったし一旦合流しよう」


《了解です。正門近いんで、そこで待ってますね》



「……と言うわけで、今日はサッカー部のお手伝いをしに来たんだよ~」


「そっかそっか。ちゃんと人助けしてるんだね。じつのところ長崎を出てから、ロッテがひとりぼっちになってないか心配してたけど、その様子じゃ大丈夫そうだ」


「セータ君たちのおかげで何とか馴染めてるって感じ……かな」


「話してる時もなんだか楽しそうだったし、ほんとうよかった」


「シカ君やみっちゃんの事も紹介したかったな」


「またこんど紹介してね」


(相変わらずなんでドイ……南ドイツ人は日本語ペラペラなんだろう)


 戻ってきた正多はごく当たり前の様に日本語で会話する二人を横目にそんな疑問を抱きつつ、史家、兎衣、ミソラ、彩里と皆はどこに行ったのだろうと考えていた。


(ってあれ? 奈菜先生もどこ行ったんだ?)


 そういえば奈菜の姿もしばらく見ていないような、と正多は気が付いた。


「そういえば、なんでエーリカはキタマルに?」


「ノイマンのハーメルン奨学金だよ。知らなかったの?」


「えっ、うん……。あと、そのギターバックは?」


「私ね、ここじゃ軽音部に入ってるの」


 エーリカはギターバックをポンポンと軽く叩いた。


「ねぇロッテ、そろそろ勇矢のとこに行こうと思うんだけど」


 二人の話が一通り終わった頃を見計らって正多が言う。

 そうだね、とロッテは同意して名残惜しそうにエーリカに別れを告げた。

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