キック・オフ
それからすぐに後半が始まって両チームの選手たちはコートに戻っていった。
「なぁ、結月ちゃん……いまのは……」
ベンチに腰かけた史家は隣に座る兎衣に尋ねるが、彼女は俯いたままだんまりを決め込む。
「あぁ、気にしないで。いつもの事だから」
代わりに彩里が返事する。
「兎衣ったら最近素直じゃないの。昔はあんなんじゃなかったのにさ。思春期ってやつ? それとも反抗期?」
「彩ちゃんうるさい!」
怒られた彩里は呆れたような笑みを浮かべた。
後半も半ばが過ぎたころ、北円チームが一斉に攻撃に転じた。桜鳥側は自陣営に必死で戻っているがその攻撃速度に追いつけず、間もなくゴール前まで突破された。そのまま鋭いシュートが炸裂し、ボールはネットを揺らす。
その瞬間「「あぁ!」」と思わず桜鳥ベンチに者は皆声を出していた。
試合はそのまま0-1で終わった。桜鳥側も最後まで粘ったものの、逆転のチャンスは与えられなかった。
「ぜー、ぜー」
戻ってきた正多は珍しく息を上げ、そのまま芝生の上に転げ落ちた。
「おいおい、生きてるか?」
史家は寝転がっている彼の上から顔をのぞき込む。
「ひさしぶりにこんなに動いた……」
「ダイジョブっすか先輩」
心配そうな顔をした勇矢も小走りでやって来て、起き上がった正多にドリンクを渡しながら言う。
「すいません、無理させちゃって」
「大丈夫だ。しかし強かったね北円山」
「食らいつけただけ御の字、そうだろ勇矢?」
「もちろん。負けちゃいましたけどそれでもゼロイチ、みんなよく頑張ってくれました。正多先輩もブランクとか言ってた割には強くてビビりましたよ」
「追いつくので限界だったけどね」
「サッカー部来ません?」
「正多はウチのもんだ!」
史家が即座に勧誘を拒否した。
正多を含む部員たちが制服に着替え終わったころ、校舎の方から十数人ほどの人だかりがやって来た。多くが北円山の女子生徒でいくらか男子生徒の姿も見える。休憩所でだべっていると彩里がそちらへと向かっていく様子が見え、コートの入り口辺りで何やら話し始めた。
なんだなんだと、首を傾げつつそちらを見ると史家はふとその中の一人が北円サッカー部にいた奴であることに気が付いた。
「おーい、準備できたってー!」
彩里が手を振りながら辺りで休んでいた桜鳥の部員たちに声をかける。
「あれロッテじゃない?」
人だかりの中から、ひょこんと金色の髪をした頭の天辺が見えて正多が指をさす。
「あー! セータ君! シカ君! こっちこっち!」
その声に気が付いたのかは定かではないが、ちょうど人だかりの真ん中にいたロッテはぴょんぴょんと跳ねながら二人の方へ手を振っていた。
「いないと思ったら、ロッテ何してたの?」
「こんしんかいっていう交流パーティーの準備だよ~。キタマルの人たちと一緒にお皿並べたりしたんだー」
「ロッテの社交力が恐ろしい……」
ふと気が付くと何処からともなく、すこしげっそりしたようなミソラが現れた。
「ロッテちゃーん行くよー!」
と手を振りながら言ったのは北円山の女子生徒だった。一足先にロッテが生徒たちの方へ行って、それに続く形で三人も会場である校舎へと向かった。
会場となっている教室の真ん中には机が並べられて、その上には2Lジュースやお菓子、サンドイッチなんかの軽食が並べられていた。パーティーとは一切縁のない人生を送ってきた史家からするとその光景はなんとも物珍しい。
桜鳥サッカー部の何人かは既に北円サッカー部との交流があるようで、会場に入った時には既にコップを手にした生徒たちが話し込んでいた。ロッテ、勇矢、彩里もその中心にいる。
「なんか人多くないっすか?」
入ってすぐ名も知らぬ学ランの人からコップを渡されて、とりあえずジュースを注いでもらった史家は会場内にいる北円生の数が明らかに多いことに気が付く。教室いっぱいにいる生徒の数はどう考えても、サッカーコートにいた全員を足したって足りないだろう。
「これってサッカー部の交流会ですよね?」
「あぁ。そうなんだが、なんだか他からも人が集まってきてしまって。みんな目当てはあの子だよ、ほら」
その先にいたのは絶えず北円生に声をかけられているロッテだった。始業式の時にも同じような光景を見たことがある。人気者と言うのは何処に言ってもあんな感じなのだろうか、と思いつつジュースをすすった。
社交力なんて必要最小限しか持っていない史家は状況説明に感謝して、そっと教室の端っこへと向かい、他の人たちが何をやってるのか観察してみることにした。
正多は桜鳥のサッカー部員と話している。また勧誘でもされているのか、それとも助っ人としての活躍を褒められているのだろうか。
ミソラは準備で相当疲れたようで隅っこでちょこんと椅子に座っていた。近寄るなオーラを出しているせいで一切声をかけられていない。そんな様子に彩里が気が付いて、二つ目のコップを持ちながらそちらへと向かう姿が見えた。
「わー、ほんとそっくり!」
不意に教室の入り口から声がして、そちらへと視線を移す。のぞき込んでいるセーラー服の女子生徒がロッテの方を見ながら言って、そそくさと廊下を駆けて行った。
何の事だろう、なんて思っていると、
「先輩」
振り返ると隣には兎衣の姿があった。
「こういうのは苦手ですか?」
「あぁ、まぁ、社交力なんて持ち合わせてないもんで」
「みんな悪い人じゃないですよ?」
「別にそういうんじゃなくってだな……そういう結月ちゃんは俺なんかにかまってていいのか?」
「顔なじみとは一通り話してきたんで、今は休憩中です」
兎衣は手に持ったサンドイッチをつまみながら言った。
「先輩は……その、ひとを助ける部活の人なんですよね?」
しばらく黙々と食べた後、意を決したように言う。
「それって……こっそり依頼を受けてくれたりします?」
「はい?」
「だから……そのぉ……」
兎衣がちらりと勇矢の方を見たことに気が付いて史家はなるほど、と声を上げた。
「もちろん、依頼主のプライバシーは守るぜ」
「じゃぁその、ちょっといいですか」
「えっ今?」
「今しかないんです」
史家は手を引かれて会場を後にした。
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