属性
そこからしばらく二人で歩いたが兎衣は史家の顔も見てくれなかった。
「あ、あのぉ、結月ちゃん?」
「……」
自分から暴露したのになんでこうなったんだ、と史家は心の中で頭を抱えた。
とりあえず、もうこの子と良い先輩後輩関係は築けないであろうことは明らかそうだったのでその辺はもう諦めることにして、今はこれ以上悪い印象を与えない事に尽力しようと決める。
(逆恨みされて彩里にあることない事言われたらどうしよう。女子高生コワイ……)
無言のまま歩いて、歩いて、ようやくサッカーコートのフェンスが見えてきて、フィールド上で争っているであろう両者の声も聞こえてくるようになってくる。ここまでの時間が余りにも気まずすぎて史家は北円山高校の敷地面積をとにかく呪った。
「ほ、ほらぁ、これで到着ぅ……」
「ですね……」
なんとも言えない空気の中二人はフェンス越しにコートの様子を見ることにした。
ボールは桜鳥のゴール前まで到達していたが、
そんな様子を兎衣はキラキラを輝くような視線で見つめている。史家はやっぱり反撃できている以上のことはよく分からなかったが、勇矢が活躍している事だけは何となく理解できていたので、彼女がどこを見ているのかだけは明らかだった。
「勇矢、すごいな」
会話が無いままなのは気まずかったので、少々露骨ではあったが呟くような感じで言ってみることにした。
「は、はい! すごいんです! 昔からサッカーだけはうまくて……」
自分が褒められるよりも嬉しそうにきらびやかな笑みで言う彼女を見て、素直な子だなぁと思い、その恋を応援したくなった。
(ともあれ、この調子じゃ付き合うまでは時間の問題って感じだな。協力するまでもないだろう)
恋の応援はひとだすけ部らしい活動なのでロッテちゃんが喜びそうだな、と頭の片隅で考えていたもののあの様子じゃその必要もなさそうなので史家は要らぬおせっかいを焼かぬ事に決める。
二人はそれからしばらくの間その場で試合を観戦していた。最初こそ応援するのは兎衣だけで、史家はぼーっと眺めているだけだったが途中、桜鳥側ボランチが正多と交代したことで、彼も共に応援し始めた。
試合は両者一進一退の状況。共に応援しているうちに兎衣は史家に気を許したようで、サッカーの知識がない彼に状況の説明をしてくれるようになっていた。
彼女曰く運動部では北海道有数の強豪校である北円山高校、そんな高校のサッカーは当然実力もかなりの物で、設立したての桜鳥サッカー部は失点を抑えているだけでも十二分にすごいのだという。
それから史家はもう一つ面白い話を聞いた。勇矢は父親の影響で幼少期からサッカーをやっており、プロを目指し高校の進学先も元々はスポーツ推薦で北円に行く予定だったのだという。しかし、どういうわけか中三のギリギリで桜鳥に進学することを決め、文字通り必死の受験勉強を経て入学したそうだ。
「北円だったら、プロ選手だって夢じゃないだろうに、なんでまた」
「大学に行きたいからって本人は言ってました」
「確かに北円よりも偏差値高いけど、別に受験勉強すればどのみち変わらんだろ。なんでまた夢を捨てるようなことを――」
ふと、そこで史家の恋愛センサーが反応を示した。実際の経験は皆無な彼だが、日ごろ漫画だの小説だのアニメだのを見ているのでそういう事には鋭い。
「きみが桜鳥に進学したのは勇矢の影響?」
「私は彩ちゃんと同じ高校に行きたくって桜鳥に決めたんです。勇矢はそのあとですよ。ほんとギリギリな上に突然でみんなびっくりしたんですから」
「ほほーん」
あたりだ。と史家は腕を組んで頷いた。てっきり勇矢の方が鈍感系主人公なのかと思えば、兎衣の方も案外と鈍感な子の様だ。きっと夢と幼馴染とを天秤にかけ、最終的に桜鳥に行くこと決めたのだろう。彼女の言った必死の努力とやらも進学目的ではなくきっと兎衣目的に違いない。
(ここで笑ったら勇矢の気持ちに気が付かれるかもしれない。ここで気が付くよりも、ふとしたことで気が付く方がきっといいはずだ)
あんまりにも純粋な二人の関係になんともヤキモキしながら、史家は思わず笑みが漏れそうになって必死にポーカーフェイスを作る。
(勇矢め、お前の事は羨ましいが幼馴染に免じて今日のところは許してやろう)
とりあえず史家は勇矢の事を許すことにした。
「そういえば結月ちゃんは彩里と同じくマネージャーなの?」
「私は……まぁ、マネージャーの補佐的な。一応部員ではあるんですけど、兼部してるので普段はあんまりって感じです」
桜鳥は生徒数が少ないので、人数不足を補うために部活や同好会への兼部を理事長が推奨しており――生徒向けの予算を確保する都合だそうだ――実際にそういう生徒が大半を占める。むしろ一つの部活にしか参加していない史家たちの方が珍しい。
ちなみに史家とミソラは言わずもがなだが、正多やロッテはちょくちょく勧誘を受けてるそうだが、断っているとのこと。
サッカー部員の中にも卓球部や野球部、写真部等々に入っている生徒がいる。今回正多が助っ人として呼ばれたのもこれが理由で、卓球部と兼部している部員が大会の日程と被ってしまったので休まざるをえなくなった、という事情があった。
(そういや理事長が大会に付いていってるんだっけ。桜鳥は部活数に対して明らかに人手不足なんだよなぁ)
兎衣はサッカー部のほかに文芸部と軽音同好会に入っているとのことで、今日の試合に途中から来たのは午前中は文芸部に顔を出していたからだった。
「兼部ってめんどうというか、大変そうだよな」
「そうでもないですよ。どの部活もそれほど活発に動いている訳じゃないですから、軽音なんてメンバー私含め二人ですよ、二人。文芸部だって今日はちょっと用事があっただけですから。普段はちゃんと部ごとに日程ずらしてます」
小さな高校ではあるが自分の知らぬ、そしておそらく縁もないだろう世界を聞いて史家は興味深そうにへーっと頷いて見せる。
と、そんなときホイッスルが響いた。
「いまの、何の笛?」
コートではそれまでボールを追いかけていた選手たちが立ち止まり、そのまま端へと避けていく。
「前半が終わったみたいです」
二人は観戦をやめてコートの中へと入っていった。
「いつまで観戦してるの、まったく」
「ごめんごめん、あっちの方が試合見やすくって」
彩里にどやされながら兎衣は笑って答える。
「とにかくほら、スポドリ配るの手伝って」
「おっけ~」
「んじゃ仕事終えたんで俺は――」
「あんたも手伝ってよ、助っ人なんでしょ?」
逃げ出そうとしたのもつかの間、両手にスポーツドリンクを持った彩里に引き止められ、配って来るように言われた。
「助っ人は正多なんだが……」
ともあれ文句を言っても仕方ないので、史家はマネージャー二人と一緒にスポドリを配った。
「お、囲いB先輩、あざっす!」
史家から渡されたドリンクをいかにもスポーツ選手っぽく自分の頭にかぶった勇矢が「正多パイセンけっこうやりま――」と史家に正多の事を褒めようとしていたが、
「おいこれ水じゃないぞ……」
と頭から砂糖入りのスポドリを頭にかけた事に驚く正多に言われより先に、当人も匂いで気が付いたようで、
「うわっ! これスポドリだった!」
と慌てた様子でタオルを取りに走って行った。
「おっちょこちょいな奴だなぁ」
「くっそう、あざとい! そういうところがモテるのか!」
何の話してるんだ、あとたぶん素だぞ、と呆れるように正多は史家の方を見ながら言った。
周りの人たちに何やってるんだよ、と笑われる勇矢に「はい、これ」とタオルを差し出したのは兎衣だった。
「おぉ、兎衣」
受け取って濡れた頭を拭き始める。
「おぉっと、いいもん見れそうだぜ、正多」
そんな様子が目に入った史家ははてさてどんなラブコメ展開が見れるのかと期待して眺め始めた。
「さんきゅー。マジ助かった!」
(いいぞ、勇矢、笑顔で感謝は大事だ。さてこれに結月ちゃんはなんて返すのかな)
「まったく、いっつもアンタは。確認ぐらいしなさいよ」
(あれ?)
「あはは、わるいわるい、体動かしたら熱くってさ」
「ほんとにそんな調子でキャプテン務まるの? 皆の足を引っ張ってるんじゃないの?」
「俺だって結構頑張ってるんだぞ! ……まぁ、みんなに補佐してもらってるのは大きいけどさ」
「ふーん」
「今だって、俺はドジしたけど兎衣がタオルくれたおかげで――」
「別にアンタのために用意したわけじゃないし。自分で使おうと思ってただけだし」
(あっれぇ?)
「あぁ、まぁ、でも兎衣のおかげでいっつも助かってるよ」
(待て待て待て! 何か結月ちゃん変だぞ!)
「はぁ! 助けてるつもりなんてないし! 勘違いしないでよね」
(あああああああああああああああああああ!)
「あああああああああああああああああああ!」
「うわっ! 急に叫ぶな!」
史家は叫びながらその場に四つん這いになった。
「あ、あ、あ、あの子、
前言撤回。ツンデレヒロインの幼馴染がいる勇矢の事が”死ぬほど”羨ましいのでアイツの事は絶対に許さない――史家は固く誓った。
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