たぶん誤解

 史家は一度来た道を反対側に進む。心配性な彩里は件の女子生徒を一人で校内にすら入れたくないらしく、待ち合わせ場所は最寄りのバス停となったのだ。

 到着した時にはちょうどバスが到着し車内から人が下りたり、並んでいた学生たちが乗ったりしている。桜鳥の制服を着た少女はそんな波の中一人でベンチに腰かけデバイスを眺めながら足をぶらぶらさせていた。


「結月ちゃん?」


「そうですが……」


 とデバイスに向かっていた顔を上げた。


「彩里から頼まれて――」


 そこまで言って気が付いたようで、すっとベンチから立ち上がる。


「録達先輩……でしたよね。結月ゆづき 兎衣ういと言います。よろしくお願いします」


 ふわりとしたモカブラウンの明るい茶髪と、ゆるく着こなす制服姿から彩里と同類の――つまりは”チャラい”――女子高生かと思いきや、真面目そうな顔で丁寧に一礼する姿を見て、人は見た目で判断しちゃいけないなと史家は改めて思った。


 挨拶もほどほどにして二人は正門の方へを歩き出す。


 史家よりも二、三歩ほど後ろを歩く兎衣はデバイスのチャットアプリを開いて、彩里に対し「彩ちゃん! もっとマシな写真送ってあげてよ! 先輩かわいそう!」と送られてきた写真でツボっていた兎衣は笑いをこらえながら打ち込む。

 史家が真面目そうな顔と思っていたのは笑いをこらえている時の顔だった。


「ところで、どうして彩ちゃ……彩里先輩はお迎えを頼んだんでしょうか?」


 やっと真面目に話せる程度には笑いの波も収まった兎衣がひょいっと史家の隣まで歩み出て問いかける。


「まぁ、迷子になるからだな。端的に言うと」


 はてさて彩里の過保護について話していいものやら、と史家は微妙にはぐらかすような言い方をしつつ、


「彩里とは仲いいのか?」


「幼馴染なんです」


「はぇ~幼馴染って概念実在してたんだ……」


「してますしてます」


 兎衣は頷き、自分と彩里と勇矢の三人は幼馴染であることを教えた。なんでも家が近所で同じ小学校に通っていたとのこと。


「へ、へぇ……」


(同い年の女の子と、一つ上の姉貴分が幼馴染!? 嘘だろ!? アイツどこの漫画の主人公だ!? 恵まれすぎだろ!)


 実は子供の頃からベタなヒロインキャラの一角”幼馴染”に憧れていた史家はそれまでの北円生徒に対する怒りをすっかり忘れ、気が付けば勇矢の方へとすり替わっていた。


(くそう……悔しいがめっちゃ羨ましい……)


「先輩?」


 突如として、なんだか悔しそうな顔を浮かべ始めた史家を見て、もしかしてあまり近寄らない方がいい人かもしれないと思い、兎衣はそっと横に一歩分距離を取った。


「部室出禁にしてロッテちゃんに二度と合わせないようにしないと……」


 ペンダント探しの一件の後、勇矢がひとだすけ部の部室に来たがっていたため、史家はお礼ということで「部室への出入り自由権」を勝手に贈呈していたのだが、さっそくその権利を没収することに決めた。


「そんでさらにサッカー部のキャプテンとかマジでどこの主人公だよ。どーせモテモテで、恋人とかもいるんだろうな。はぁ、うらやま」


 後輩に嫉妬だらだらでは先輩としての権威が危うい……と最初から存在していなかったメンツを気にし、史家は兎衣に聞こえないように小声で言う。


 しかし、兎衣には聞こえていて彼女は足を止め「えっ」と声を上げた。


「勇矢……彼女いるんですか?」


 史家は困惑しながら振り返り、


「ん? え、いや、しらんけど……」


 北円山高校のど真ん中で二人は足を止めていた。兎衣はしばらく無言のまま固まっていたがハッとした表情で、


「いやっ、その、なんでもないです!」


 ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。

 史家は眉をひそめ首をかしげた。僅か10秒にも満たない間で、彼が頭の中に入っていると自称するスーパーコンピューターが導き出した答えは――


「もしかして」


「ちっ、違います! 勇矢のことなんて好きじゃないです!」


「いやまだなんも言ってないんだけど……」


「えっ!? いやっ、ほんと違うんですっ! 勇矢のことが昔から好きとかそういうのじゃないんです! それは完全に先輩の勘違い! 誤解です! 子供の頃は友達だったけど最近急に意識し始めたとか、そういうのは全くありません!」


「俺まだなんも言ってないって」


 史家が口を開くよりも先に、怒涛の勢いで言い訳し始めた兎衣には彼の声などさっぱり聞こえていないようで、ついにバレてしまったぁと声を上げながら肩を落とし、


「うぅ……そうです……。先輩の言う通り、わたし勇矢のことが好きなんです……」


「だからなんも言ってねぇ!」

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