誤解
「あ、正多じゃん」
いつの間にかコートから消えていたミソラを探しにふらふらと周囲を歩いていた彩里は並んで歩く二人の姿を見つけると、
「……おっと、こりゃお邪魔しちゃいましたなぁ」
ハッとした顔で口元に手を当てながら言って、そういう事なら言ってくれればよかったのに~と笑みを浮かながらクルリと二人に背を向けた。
二人は何言っているのか分からずにお互いに顔を見合わせて首を傾げたが、少し考えてからやっとその意味を理解した。
「誤解よ!」
「誤解だ!」
二人は焦るように彩里の誤解を解いた。
「あの先生、千崎さんのお父さんなんだ」
「知られたくなかったのに……」
この調子じゃ大半の人に知られてしまう、とため息混じりにもう半分諦めたような感じで言った。仕事の時といい、もしや何か隠そうとすればするほど秘密が周囲に暴かれるジンクスでもあるのではないか、とミソラは訝しみながら警戒した。
三人がコートに入るとロッテが「おーい!」と手を振っていた。
「助っ人囲いA先輩! 待ってましたよ!」
ついでにその隣にいる勇矢が言う。
「かこい?」
ロッテがそれってセータ君のあだ名? と勇矢に尋ねる。
「こら勇矢!」
正多の隣にいた彩里が勇矢の方に駆け出す素振りを見せると、彼は一目散に逃げていって、周りの部員たちが勇矢の奴また怒られてやんの、と笑いながら言っていた。
「まったく、いっつもあんな調子なんだから」
「あの子が、ロッテのファンの子?」
「そそ、私のバカな幼馴染で弟分」
勇矢のことをすでにロッテから聞いていたミソラは、自身の好意をアピールできる自分とは正反対な彼の存在にかなり警戒していた。しかし、どうもあの調子なら大丈夫だな、と安心感を覚えたミソラはライバル候補から外すことに決めた。
「ところで、なんで一年の勇矢がキャプテンなんだ?」
「そりゃ、俺が一番上手いからですよ」
しばらく逃げた後に戻ってきた勇矢は自慢げな顔でキャプテンマークぽんぽんと叩く。正多はサッカー部から貸し出されたユニフォームに着替えていて、今は部員たちと打ち合わせをしていた。
正多は初めこそ一度練習しただけだったので自身のブランクや連携面を不安がっていたが、勇矢たちに試合に出ても全力でフォローすると念押しされて、気が付けばすっかり部員たちの空気の飲まれその気になっていた。
とそんな時、史家がやっと到着した。
「んで俺が一番遅いんだ!」
広い広い北円の敷地に迷いながらもやっとの思いでコートにたどり着いた史家は自分より先についていた正多に対して不貞腐れるように言う。
「奈菜先生が送ってくれたんだ」
「え? 先生いるの?」
なぜか驚くように言った史家。その後ろから「いるよ~」と手を振りながら奈菜がやって来る。
「休日だけどせっかくの機会だからね~」
いつの間にか入手していた缶ビールを手に持ちながら言った。高校の一体どこで入手したのか気になる正多を横目にビール飲んで観戦だ、と意気揚々な奈菜だが、
「先生、帰りも車では?」
「はっ!? 忘れてた……」
と正多に指摘されて膝から崩れ落ちた。
一方なんだか様子がおかしい史家はずっと奈菜のことをみて首をかしげている。
「先生の車、駐車場にありましたっけ」
「え? 今さっき乗ってきたけど……もしかして盗まれた!?」
「いやそうじゃなくって、桜鳥の駐車場ですよ。教頭先生の車しかなかったと思ったんですけど」
「ん? えーっと、私、今日は学校に行ってないけど……」
「だって……えっ、いましたよね?」
二人はお互いに顔を見つめあって困惑した顔を浮かべあった。
「俺、キツネにでも化かされた?」
どうも史家は嘘をついていないようだが、奈菜が学校に行っていないというのも本当らしい。三人の間には軽い怪奇現象に出くわしたような空気が流れていた。
そうこうしている間に試合が始まろうとしていて、正多含めた桜鳥チーム全員がコートに上がり相手チームと軽く挨拶を交わす。そのままレギュラーの11人——と言っても桜鳥側は正多含め12人しかいない――がポジションに付き、正多は一人ベンチに戻った。
「やっぱり変わったフォーメーションですよね。相手は驚いてるんじゃ」
正多が宗谷に言った。桜鳥は4-6-0を取っている。これは攻撃役であるフォワードを置かない守備的な0トップフォーメーションと呼ばれるもので、今時プロ試合でもまず見ないような珍しい陣形だ。
ちなみにキャプテンである勇矢のポジションはボランチだった。
「それこそ桜鳥サッカー部の秘策。こっちが珍しい形を取れば、相手はノウハウがない分対応しずらいはずだろ? そこに勝ち筋を見出すって訳だ」
「サッカーの話はようわかんね」
正多の隣に座って観戦してみたはいいが、話に全くついていけないし試合の流れもよく分からなかった史家は少し散歩でもすることに決めて席から立ち上がった。
周囲を眺めるがロッテとミソラの姿はなく、居たのは彩里だけ。
「あ、いいとこに」
史家は彩里のことがはっきり言って苦手で、無言で彼女の前を通り過ぎようとしたのだがあっけなく捕まってしまった。
「ロッテちゃんとミソラは?」
「今は北円マネージャーたちと準備しに行ったよ」
「準備ってなんの」
「両校の親睦会。わざわざ用意してくれたらしくってさ~微力ではあるけどこっちも協力しないとってことで、二人に行ってもらったの」
「うちの部員をパシリに使ったのかよ!」
「ふふふ。私の本業はサッカー部のマネージャー。対して二人は手伝いに来た人助け部だからね、パシられても仕方ないのさ……」
彩里は不敵な笑みを浮かべた後、
「っていうのは冗談で、手伝いも三人はさすがに過剰だからって、一人が残されただけ。別にパシリってわけじゃないよ」
肩をすくめながらロッテはお手伝いにノリノリで、千崎さんはロッテにべったりでさ、私が残らざるを得なかったの、と付け加える。
「で、録達史家にも手伝ってほしいことがあるんだけど、いい?」
「いいけど、手伝いは人員過剰なんじゃなかったのか」
「別のことだよ、もっと人助け部らしいこと」
彩里の言う手伝いとはお迎えだった。彼女によればもう一人桜鳥の生徒がここに来るそうだ。
「高校生なんだから一人でも来れるだろ――俺はだいぶも迷ったけど――わざわざ案内なんぞしなくても、地図を見りゃいい」
「そうなんだけどさ、そうじゃなくって……」
彩里はここに来る途中でロッテが男子生徒に声をかけられたことと、その桜鳥生徒が女子であることを伝えた。
「ああいうことがあったらさ、やっぱ心配じゃん。一人で来させ――」
「えっ!? それってつまりナンパか! ナンパなのか!?」
「さぁどうだろ。話を聞く前に千崎さんがこう、ぐいっとロッテのこと引っ張ってきたから」
「ぐぬぬ、ひとだすけ部のヒロインたるロッテちゃんをナンパするなんて許せん!」
怒り心頭な史家を呆れたように見つつ、
「で、分かった?」
「声かけてきたら俺が睨んでやるっ」
がるるるる、と犬のような声を出す史家に、全然怖くないけどねと軽く笑いながら彩里は言ってデバイスのカメラを史家の方に向けた。
「なんだ?」
表情を戻して言った直後にパシャリとシャッターの音がした。
「これでよし」
画面の方を見せると、そこには間抜けな顔をした史家が写っている。
「急に声かけてきたらビビるでしょ? だから迎えに行く奴の写真を送っておこうと思って」
「ならもっと写りのいい写真にしてくれ!」
「もう送っちゃった」
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