転生部 3課
赤佐田奈破魔矢
転生部 3課
対決するべく、主人公は歩みを進める。
自分が正しいのかは分からない。
だが、それでも自分を信じて、世界の流れに立ち向かおうとしている。
椅子に座ったまま視線を僅かに上げる。
主な色は明るい青。
どこまでも続いているようなその空間を白、青、黄といった無数の星の光が泳ぎ回っている。
『万華鏡の内部』。人間なら、この光景をそう言い表すだろうかと、ふと思う。
事務机を挟んで数メートル正面に、パイプ椅子が一つ浮かんでいる。
正確には、空間内に作られた足場の上に立っているのだが、足場は透明で、視認することはできない。
椅子の上に1人の若い男が座っていた。
知らない場所で迷子になった子供のように、男は顔に焦りを浮かべ、キョロキョロと当たりを見渡している。
視線を本に戻す。
こういった時に説明を始めても、さらに動揺を大きくさせ、進行が遅くなるばかりである。
下手に話しかけず、向こうから、話しかけてくるのを待つ。
結果的にはそれが、最も効率が良く、何より楽な対応だ。この仕事を続ける中で学んだ経験則である。
3ページほど読み進めたところで、おずおずと男が口を開いた。
「な、なあ!」
顔を上げる。
「ここは一体......?」
周囲を見ながら男が呟く。
語尾が曖昧な辺り、まだ混乱しているらしい。
「ここは、狭間だ。あらゆる世界の境界に面している空間」
最低限の言葉で返す。
知る必要の無い情報は極力与えない。それがこの仕事を円滑に進めるコツだ。
「えっと、よく分からないんだけど......俺、トラックに引かれたはずなんだよ。もしかして、ここって『天国』なのか?」
片手で頭を抱え、直近の記憶を探るようにして、男が言う。
男の情報は既に頭に入っている。
西野和正。享年17歳。国籍日本。身長174cm体重65kg。
家族構成。父、母、弟一人ずつ。
死因。トラックにはねられたことによる頭部外傷及び内臓損傷。
国籍が『日本』であるとを知った時、内心『おっ』と呟いた。
日本人。特に、若い男の場合、説明をある程度省けることが多いからだ。
「『天国』の定義によるだろうが。そう考えて貰って構わない」
再び、本を読み始めつつ、答える。
「じゃあ、もしかしてアンタは神様?」
「私はクロイだ。『神』かどうかもそれぞれの定義によるが、好きに想像すればいい」
これもまた伝える必要の無い情報だ。
立場上、嘘を言うことはできないし、かといって詳細を説明すると、長くなる。
適当にぼかしておくのが、無難だ。
クロイというのは、自分でつけた名である。
彼らには、生まれながらの名が無い。
互いを呼ぶ時には、基本的にお前や君、あんたなどの二人称を用いる。だが、それでも極々稀にではあるが、個々を識別しなくてはならない場合もある。そのため、以前になんでもいいから呼称をつけろと上から言われた。
その際に、当時からとっている姿の髪の色が黒だったことからクロイと名乗ることにした。
彼らは、自由に外見を変えることができる。
仕事の都合上、皆人間の姿を取っていることは同じであるが、頻繁に外見を変えて、人間のように、着飾ることを楽しむものもいれば、そういったことに無頓着で、一度形作った外見を全く変えないものもいる。クロイは後者だった。
クロイは、二十代前半の青年の姿をしている。
背は高めで、容姿も平均以上には整っている。
最も、外見を変えられる以上、容姿の良さなんてものはあってないようなものであるのだが。
「なあ、クロイさん。俺は、今からどうなるんだ?」
自身に下される判決を待つ罪人のような、面持ちで和正が聞いてくる。
本のページをめくりながら、クロイは言葉を継いだ。
「転生というものを知っているか?」
「え......ああ、生まれ変わりのことだろ」
逆に質問をされ、不意を突かれたように、和正は目を丸くする。
「お前には、前世の記憶を保持したまま別の世界に転生してもらう」
「え? それって、もしかして、あれか? 最近よくある。神様からスキル貰って、異世界に転生するとかいうやつ......。弟がラノベとか好きで集めてるから、俺もちょくちょく読ませて貰ってたんだけど」
「まぁ、そういうことだ」
言って、肯首する。
どうやら、詳しい説明をする必要は無いらしい。
仕事の負担が減って、少し気が楽になった。
仕事が楽なのは素晴らしいことだ。
クロイは、生まれながらに組織に所属している。その組織の理念は、より多くの世界を繁栄させることだ。
とはいえ、繁栄させると言っても、基本的に世界に対して直接介入することは禁じられているため、善行を積んだものを、恵まれた力ある存在に、悪行を起こしたものを矮小な存在へと転生させることで、世界がより良い方向に向かうよう調整を行っている。
だが、それにも限界がある。世の中、善人ばかりではないし、なにより、単純に進歩の遅い世界も存在する。
多少その世界に生きる者達の運命を捻じ曲げるくらいのことならできるが、それもあまり多用はできない決まりだ。
そこで、肉体を失った
クロイの所属する『転生部 3課』は、他部署が選定した魂に対して、転生先の世界などに関する説明を行う役目を担っている。
「お前が転生する世界には、業魔と呼ばれる存在がいる」
「業魔?」
聞き覚えの無い言葉に、和正はオウム返しに声を上げる。
「人間の負の感情が集まることによって生じる生物のことだ。お前からしたら荒唐無稽な話だろうが、その世界では、珍しくも無い一般的に知られている自然現象みたいなものだ」
「世界が変わればその法則も変わるって事か......」
顎に手を当て、和正は呟く。
「業魔は人を襲う。今は勢力は拮抗しているが、このまま放って置けば、次第に人類は劣勢になり、世界は衰退に向かってしまうだろう」
「じゃあ、その業魔ってのを倒して人類を絶滅させないようにするのが俺の役目ってことか。はぁ~! そういうファンタジーっぽい話って本当にあるんだなあ~!」
「別に、必ずしもお前が表立って戦う必要は無い。役立つ発明をしたり、役人になって国を動かしたり、世界を発展させる方法はいくらでもある。それに、業魔の発生は自然現象だ。勝利というものは存在しない」
「なるほど。でも、正直そういう頭使うのはなあ......。向いてねえよ。戦うのが一番性に合ってそうだ」
腕を組んで、和正は繰り返し頷く。
しかし、急に動きを止め、クロイに向かって首を伸ばした。
「それにしても、どうしても俺なんだ? 俺は普通の一般人だぜ? もっとこう、前世で偉大な功績を残した人とかを送った方が確実じゃないのか?」
「さあな。ここに来る魂の選別と転生先への振り分けは、他の部署の担当だ。私の知る所ではない」
「え? 知らないのか?」
「仕事をするのに、支障は無い」
クロイがそう答えると、和正は首を傾けた。
「うーん。でもさ、例えば、俺が、世界のこととか考えずに、自分のためにだけに生きようとしたら、どうするんだ?」
「その時は、また別の魂をその世界に転生させるだけだろう。それに、転生した後の人間の管理は私の仕事ではない」
「また、それかよ」
「仕事だからな。必要以上のことはやる必要は無い。やるつもりも無い」
「ただ、仕事だからやってるってことか? でも、そういうのって虚しくならねえの?」
「ならお前達は違うのか?」
「え?」
「好きというわけでもない。かといってやりがいを感じているわけでもない。ただ、落ちぶれたくない。周りから怠け者と思われなくないから、とりあえず日々仕事をこなし生きていく。少なくとも私の知っている人間というのはほとんどがそうだったがな」
「う~ん。まあ、そうかもなぁ」
クロイの返答に、眉を寄せつつ、和正は頷く。
そして、思い出したように声を上げた。
「あ。っていうか、俺、なんかのスキル......っていうか才能貰えるんだろう? どんなのが貰えるんだ?」
クロイは机の引き出しを開ける。
そこには、色の違う縦長の紙が10枚入っていた。
そこから、ピンク色の紙を取り出し、和正に放る。
紙は、地と平行になって、真っ直ぐ和正の方まで飛んでいった。
和正は両手で紙をキャッチする。
紙には、『~の才能』という風に、2列に分かれて才能の名称が、びっしりと書かれていた。
「そこに書いてあるものから好きに選べ」
「え? 選べるのか?」
紙を受け取った、和正が意外そうに声を上げる。
「面倒臭ければ、こちらで適当に選ぶが」
「いやいや、選ばせてくれ」
そう言って和正は、再び紙を見る。
「みんなこの中から選んでいるのか?」
「いや、選べる才能はお前の前世での行動による」
「行動?」
「どれだけ、自身を磨いていたかとか、世界に対して働きかけていたかとかだな。それらによって、生き方に対する評価が付けられ、与えられる才能のランクが変わる」
おそらく、この評価が、魂の選定する際の基準の一つとなっているはずだ。
だが、選ばれるのは、必ずしも高い評価を受けた魂のみというわけではない。
さほど珍しくも無い才能しか与えられない程度の評価であるにも関わらず、ここに送られてくる魂も中にはある。
そのため、詳しい選定基準は不明だ。
最も実際に選定を行っている『2課』の者に聞けば教えてくれるだろうが、そこまでするほどの興味はクロイには無い。
「この紙に載っているのっていい方なのか?」
紙に目をやりつつ、和正が言う。
ランクは全部で十段階で、ピンクの紙は上から四番目のランクであった。
クロイは、頭に入れた和正の前世の情報を引き出す。
「まあ、いい方だな。勉学はほとんどしてないみたいだし、肉体的にもさほど他と比べて研鑽していたわけではないようだが、いじめを止めたことと、死ぬ直前、トラックに引かれそうになっていた子供をかばったことで大きく加点されたようだ。やったな」
「真顔で言われてもな......」
和正は頬を引きつらせて、言葉を返す。
『お前はもう少し感情を顔に出した方がいい』
同僚の言葉をクロイは思い出す。
表情の表現が乏しいと、クロイは周りからもよく言われていた。
しかし、顔に出すも何も、外見そのものを変化させられる自分達が顔面部の筋肉の伸縮運動による非言語コミュニケーションを行うことに意味があるのかとクロイは、思わずにはいられなかった。
「そういうのって高い評価がつくのか」
和正の声に、クロイは思索を止める。
「そうだな。いじめを止めるのは大きな存在────社会などへと立ち向かう気概。他人を助けて死んだのもとっさにそういう行動を取ることができる人間という指標にはなるからな。逆に学校を辞めず、完全にいじめを撲滅できていれば、更に評価は上がっていただろうな」
「俺も辞めるつもりは無かったんだけどな。嵌められたんだよ。アイツら卑怯なんだ。取り巻きの女子に俺にセクハラされたとか言わせて、退学になっちまった」
苦々しく、和正は呟くが、その内容にはさほど興味が無かったので、言葉を返すこと無く、クロイは、本に意識を戻した。
しばらくして、和正が声を上げる。
「えーと、じゃあこれで」
紙をこちらに向け、和正は、そこに書かれている才能の内の一つを指差す。
文字は小さく、普通の人間ならば、間近で見る必要があっただろうが、クロイには問題は無かった。
「分かった。転生する際に授けておく」
左手に本を持ったまま、クロイは右手を上げる。
すると、ピンクの紙が和正の手から離れていき、引き寄せられるようにクロイの手に収まった。
引き出しを開け、紙を元の位置に戻す。
本を読みながら一連の動作を行ったクロイを見て、和正が眉を上げた。
「ところで、アンタ。さっきから何を読んでるんだ?」
「伊坂幸太郎。魔王」
「......神様の目から見ても人間の書いた小説って面白いのか?」
「小説は、人間が生み出した最も偉大な発明だ」
「その割には、チョイスが読書始めたてっぽいな......」
和正は思わず苦笑いを浮かべる。
「伊坂幸太郎は読書始めたてっぽいのか」
「いや、まあ、別に悪い意味で言ってるわけじゃねえよ? 俺も好きだよ。2、3冊くらいしか読んでないけど。面白いよな」
確かにこの小説は面白い、とクロイは胸中で返事をした。
最も、実際のところ、クロイは作者やジャンルに関わらず小説全般────というより小説そのものが好きであった。
クロイに限らず、人間の作った文化を好む同僚は多い。
それは音楽、映画、ファッションであったりと人間同様それぞれ嗜好は異なる。
それらを自分達で生み出すこともできなくはないが、彼らの作るものと人間の作る物では、表面的には同じであっても、その実全くの別物であった。
どちらが優れているというわけではない。日本語訳された外国語のような、違和感に近い、違いが両者の間には確かに存在する。
だから、もしかすると、面白いという感覚そのものも、自分達と人間とでは異なっているのかもしれない。
同じものを見て、面白いと共に感じていたとしても、実際に面白いと感じている部分は全く異なる。
そう考えると、なんとも滑稽な話に思えてくる。
最もそんなすれ違いは同族同士であっても、当たり前のように起きていることなのかもしれないが。
「......そろそろ転生してもらおうか」
顔を上げ、和正の方を見る。
「とはいえ、さっきも言ったが。お前がどう生きるかは私には関係が無い。世界と対決するなり、自分の事だけ考えて生きるなり好きにすればいい」
「......なぁ。また俺が死んだら、その時もアンタのところに来るのか?」
「知らない。お前がまた、世界を発展させるための存在として選ばれるかは判らないし、例え選ばれたとしても私が担当である保証はない」
「じゃあ、ゼロではないのか」
「ゼロではないな」
「そっか......まぁでも良かったよ」
「何がだ?」
「死ってさ。寂しいものだと俺は思うんだよ。そりゃあ、今は家族とか友達とかは悲しんでくれてるだろうけど。百年後にはそもそも俺を覚えてくれてる人は1人もいなくなっている。そうなりゃ、俺と言う存在は地上から永久に消失してしまうわけだ」
クロイは、ジッと和正の顔を見つめる。
「転生したって同じことさ。例え俺の中に前世の記憶が残っていても、俺以外に以前の俺を知っている人がいなければ、それは忘れられているのと変わらない。でも、アンタが覚えていてくれるのなら、少なくとも今の俺という存在はアンタの中で生き続けるだろう?」
「私は、今まで多くの人間を見てきたし、これからも見続けていくだろう。お前のことを忘れるのに、そう時間はかからない」
「ひっでぇな」
そう言って、和正は明朗な笑みを作った。
それと同時に和正の座っているパイプ椅子の真下が白く輝き始める。
転生の始まりだ。
和正の体が徐々に白く、薄くなっていく。
「お~! こんな感じなのか!」
自身の体に起きるどう考えても異質な変化にも動じず、和正は呑気な声を上げ、足元と消えていく体を交互に見つめていた。
そうして、最後に顔を上げクロイの方を向いて、言った。
「それじゃあ、まあ。百年後くらいに、ご機嫌よう」
足元の光が、強さを増し、一瞬空間を埋め尽くした。
視界が青に戻った時、既に和正はいなくなっていた。
灰色のパイプ椅子だけがそこに取り残されている。
クロイは本を読むのを再開する。
章が変わり、主人公の弟が新たな主人公になった。
ほどなくして、再び光が生じる。
光の中から新たに人の像が浮かび上がる。
像は次第にくっきりと明確になり、赤みがかった肌と金髪を持つ、額の広い中年の男になった。
この男は和正と同じ世界に住む人間だ。国籍は英国。
名前は憶えていないが、確か、あの世界で有名な宗教の敬虔な信者だったはずである。
ブンブンと風を切る音が聞こえてくるような勢いで、男は首を左右に振っていた。
そんな姿を見ながら『やれやれ』とクロイは、心中で呟く。
何らかの信仰を持っている人間が相手だと、その教えによる死生観の違いから説明に苦労を強いられることが多い。
とはいえ、嫌なことでもやらなくてはならない。それが仕事である。
クロイは、視線を本を転じた。
話しかけられるその時まで、ゆっくりとページをめくっていく。
転生部 3課 赤佐田奈破魔矢 @Naoki0521
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